第三章「誤解に次ぐ誤解」

第1話

「シュン……とか言ったな。お前、さっきのは本当だろうな?」

「さっきのって……ミリアのこと? ボクとミリアは夫婦でも恋人でもないよ。単なる付き添いみたいなもので……って、これ八度目なんだけど」

 酒場での騒ぎのあと、酔いつぶれたミリアを酒場から連れ出すため、ボクらを助けてくれた狼男――ヴァスが協力してくれることになった。

 ミリアを背負った彼は、どういうわけか、ボクとミリアの関係に疑いを向け、さっきのような問答を繰り返している。ミリアに一目惚れ――それも泥酔状態しか見ていないのに――したとはいえ、ずいぶんと熱心なことである。

 彼のビジュアルだが、最初こそ驚いたものの、街の中を見渡せば、そういう人外の人間はたくさんいた。むしろ狼の頭というのは、まだマシなほうだろう。

 豚とか牛とか鳥とか……はたまたボクらの世界では見たことがない生き物の姿で歩き回る人型の生物もいる。

 そうした生き物にボクが目をパチクリさせていると、ヴァスが質問してきた。

「なんだお前、『亜人』を見るのは初めてか?」

「え、ええ……割と普通なのかな? こう、動物の顔をした人って」

「ここでは、な。居住してる地域がハッキリ分かれてる場所だと、人間と亜人はあまり関わらねぇ。そのほうがトラブルが少なくて済むんだよ。だが、ここ〈リィンバーム〉は、大陸一の交易都市だ! 諍いやら小競り合いやらは多いが、人間だろうが亜人だろうか、お構いなし。ていうか、お前はそんなことも知らないで、ここに来たのか? どこの出身だよ」

 ボクは地球から来ました……とはとても言えない。そもそも地球の存在なんて知らないだろうし、異世界から来た人間というのが、ここでどういう扱いを受けるのかもわからないからだ。本当ならミリアに上手く仲立ちしてほしいところだけど……。

「ぐぅぅぅっ……すぴーーーー……むにゅむにゃ……」

 彼女は今、ヴァスの背中で気持ちよさそうに眠っている……ふかふかの毛並みに顔をうずめながら。肝心なところで役に立ってくれないよ、まったく!

「そう……だな。え~っと、どこから来たか……それが問題だ」

「なんだ、そりゃ。まあ、言いたくないなら構わねぇよ。ここにゃ、訳アリの連中もたくさんいるからな。事情はどうあれ、こうして会ったのは何かの縁だ。仲良くしようぜ、シュン」

「そう言ってもらえるとありがたい……かな。ところで、さっきからどこに向かってるのかな? どこか行き先があるみたいだけど」

 ヴァスの足取りには迷いがない。ミリアとはぐれるわけにはいかないので、ボクもそれについてきた。だが、ヴァスが急に狭い路地へと入ったため、不安になってくる。

「ん? ああ、そういや言ってなかったか。ミリアさんもこんな感じだからな。今日は俺の住処で休ませてやるよ。宿代も馬鹿にならねぇからな、もちろん金はいらねぇよ!」

「それはまた、ずいぶんと気前のいいことで……」

「もちろん、そこはあれだ。惚れた女にいいところを見せたいっていう下心はあるけどな、はっはっは!」

 当の本人は爆睡中で、何も見てはいないと思いますけど。とはいえ、右も左もわからない状態である以上、手助けが得られるのはありがたい話。ここはお言葉に甘えておこう。何かあっても、今のボクならどうにかなる……みたいだし。

 ヴァスに連れられて、暗くて細い路地を抜けると、急に視界が明るくなった。

「これは……木? でっかい木だなぁ。これは……なんだ?」

 周りの建物よりも高くまでそびえたつ樹木は、樹齢数百年……いや千年はありそうな佇まいをしている。どういうわけか、その樹木は、内側から光を放っているようだった。あまりの大きさと明るさに、ボクは口を開けたまま見上げてしまう。

「なんだって、こいつが俺らの住処さ。ほれ、ぼうっとしてないで行くぞ」

 ヴァスはそのまま巨大な木に向かって歩き出す。ボクもそれを追いかける。

 気の根本に近づくと、根元に扉があることがわかる。ヴァスがその扉を思いきり開くと、その中は広い空洞になっていた。

 そこにはたくさんのテーブルとイスが置かれ、酒場のような雰囲気の場所。だが、さっきまでいた酒場とは違い、もっと和気あいあいとした感じがする。実際、そこにはたくさんの人がいたが、誰もが楽しそうに食事をしたり、お酒を飲んでいたりしていた。

「お~い、てめぇら! 今帰ったぞぉ!」

「んん? お~! ヴァスさんじゃないッスか! 仕事、無事に終わったんスか?」

「あったり前だろ! 俺を誰だと思ってやがんだよ! たんまり稼ぎを持って帰ってきたぜ。あ、ちろっと帰りに飲んできちまったがなぁ」

 ヴァスは腰に掛けてあった布袋を持ち上げ、テーブルの一つに置いた。そして、袋を縛っていた紐を解くと、中から金貨らしきものがどっさりと姿を表す。

「ひゅ~! コイツはすげぇなぁ……さすが三等級の案件だけある!」

「なんだよ、結局今回もヴァスの旦那が一番か。今月こそ、ティーネの勝ちかと思ったのによ!」

「でも、これでまた、ウチのギルドは有名になった! また仕事が増えるぜ!」

 ヴァスの出した金貨に、部屋の中にいた人がどんどん集まってくる。よく見ると、そこには〈人間〉の姿がない。誰も彼も、動物だか未知の生物の顔をした二足歩行の生き物――亜人ばかりである。

「おりょ? ヴァスの旦那、何ですかい、その小僧は? それに女なんか背負って……まさか、それも今回の報酬ですかい?」

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