第4話
痛い。
痛いけど……なんだろう。デコピンを一発、おでこに食らった程度の、軽い痛みがするだけだ。
恐る恐る目を開けてみると、そこには呆然と立ち尽くすハゲ男の姿が。彼は自分の『折れた剣』をまじまじと見つめている。その直後、悲鳴を上げだした。
「ぎ、ぎぃぃやぁぁぁぁ!! あし、脚がぁぁぁ! お、俺のアシがァァァァ!!」
どうやら、折れた剣先が男の太ももに直撃したらしい。そのまま倒れ込んで、のたうち回り始める。
ボクは自分の頭に手を当てる。たしかに、ハゲ男の剣はここに直撃した。痛みもあった。それなのに、ボクの頭は割れず、なぜか相手の剣が折れてしまった。
「あれ? ボクってこんなに石頭だったっけ?」
「だから~、言ったじゃないですかぁ。だいじょ~ぶだって。通常の攻撃では~アナタを傷つけることは~できないんですよぉ」
「え、マジで? それ、なんていう主人公補正? ま、まぁ……おかげで助かったけど」
「まったく、このバカが! 調子に乗るから、そういうことになるんだ!」
さっきまで黙っていたアニキさんが、鬼のような形相でハゲ男を睨んでいる。
「だが……どんだけバカだろうが、コイツは俺の弟分だ。この落とし前は付けてもらうぞ、ボウズ!」
そして、今度はこちらに鋭い眼光を向けてくる。
「うわっ! めっちゃ怒ってる! ボク、何も悪くないですよね?」
「いい悪いじゃねぇんだよ。これは、男のケジメの話だ!」
なんか、カッコいいこと言ってるけど、要するに八つ当たりじゃないか!
だが、そうだとしても、ボクがピンチなことに変わりはない。どうしたものかと思案していると、後ろから女性が指示を出してくる。
「ワタシの~言う通りに、続けてくださ~い」
「はい? キミ、一体何を言ってるの?」
「いきますよ~」
こっちの質問に答える気はないんですね。せっかく助けてあげたのに、ちょっとは感謝をしてもらいたいものですが。
だが、ここで文句を言っても仕方がない。一縷の望みをかけ、ここは言う通りにしてみよう。
「わかったよ!」
「コモンスキル発動~! ウィンドクラスター!」
「こもんすきる発動? うぃんどくらすたー」
ブフゥゥゥゥオオォォォォォンッッッ!!!
次の瞬間、ボクの目の前から、まっすぐに強烈な風が吹いた。いや、吹いたなんて生易しい話じゃない。なにせ、その風はアニキさんと、後ろにいた大男を一緒に森の彼方へと吹き飛ばしてしまったからだ。
「え、え~っと。ええええええぇぇぇぇぇ!! 何これ、ナニコレ!!」
「そうですねぇ。すごいですねぇ! さすがは〈征服者〉様です~」
「いやいや、そういうことじゃなくて! なんて恐ろしいことをさせるのさ!」
「はい~? だってぇ、あの人たち、アナタのことを~殺そうとしてたんですよぉ?」
まぁ、それはそうなんだけど。あぁどうか、あの二人が死んだりしてませんように!
「い、いいイテェエエエ! あ、アニキィィ!! いてえええ!! あ、あにきーー!!」
「え~っと、とりあえず……移動しようか」
残されたハゲ男が、ずっと叫び続けている状態では、まともに話もできない。
「移動ですかぁ? それでしたら~一番近い街まで~いきましょうか~」
「街……うん、そうしよう。ここからどのくらいかかるの?」
「え~? どのくらいって……一瞬で着きますよぅ」
そう言うと、女性は持っていた杖を大きく持ち上げ、大声で叫んだ。
「パーソナルスキル発動~! トランスポ~タ~!」
女性がそう唱えた直後、大きな青い光の柱が現れる。
「さぁ、この中に入ってくださ~い! そうしたら~、すぐに街まで戻れますよ~」
「マジか、ワープまであるのか。便利な世界だ……」
天空高くまで立ち上がる光の柱に、ボクは呆然としてしまう。
「イテェよ~! アニキ……兄貴ィィィ!! どこだよぉ、痛いいたいよぉ~~……」
う~ん、さすがにケガ人を森の中に置いていくのは忍びないなぁ。
「え~っと、あの……あれ? キミの名前って聞いたっけ?」
「いいえ~まだお教えしてませんよぉ。アナタが~すぐに逃げてしまいましたから~。ワタシの名前は~、ミリオン=ブレイクリアと申しま~す。どうぞぉ、〈ミリア〉とお呼びくださいなぁ」
「え~っと、ボクは二階堂俊ね。友達からは〈シュン〉って呼ばれてるから。それでね、ミリア。あの人なんだけど……どうにかならない?」
「どうにか~? あぁ! トドメを刺されるんですねぇ?」
「違う! どうしてそうなるの! あの人のケガ、治してあげられないかな? 無理なら医者に見せるとか」
ワープがあるくらいだから、何か治療魔法的なものがあってもおかしくない。それに期待しての質問だったが、ミリアは首を傾げる。
「治すぅ? どうしてですか~? あの人、シュン様を殺そうとしたんですよぉ?」
シュン〈様〉って……違和感がハンパないんですが。いや、それよりも……。
「じゃあ、ミリアは見捨てたほうがいいって言うの? あんなに痛そうなのに……」
「自業自得じゃないですか~。足に剣が刺さったのだってぇ、シュン様のせいじゃないですし~」
「そりゃ、そうかもしれないけど……でも」
足の痛みに悶えながら、森の彼方に消えていったアニキさんを探してる。いい大人が顔を涙まみれにしている姿は、見ているこっちが悲しくなってくる。
彼を見ているボクの姿に、ミリアはため息を吐いた。
「わかりましたぉ。シュン様がおっしゃられるなら~、これを渡してあげてくださ~い」
ミリアは腰のポシェットから、小さな瓶を一つ取り出して、ボクに渡した。中には青い液体が入っている。
「これは……なに?」
「回復薬ですよぉ。それを飲んだら~、あの人も元気になるはずですぅ」
どこか不機嫌な感じで解説を受ける。けど、今は彼女の態度には言及しない。代わりに、ハゲ男のところに近寄る。すると、物凄い形相で睨まれた。
「お前……おまえのせいで、アニキたちはぁぁぁ……いってぇぇ!!」
「それはお互い様でしょ。こっちも怖い思いしたんだから。それよりも、これを飲めば、傷は治るって。ここに置いておくから、足から剣を抜いて……痛いだろうけど、それから薬を飲んでよ。そんで、傷が治ったら、仲間を探してあげて。それじゃ、ボクは行くから」
ハゲ男はポカーンとした顔でボクを見ている。あまりにも間の抜けた顔だから、ジッと見ていると吹き出しそうだったので、すぐに背を向けた。
そのまま、ミリアに従って、ボクは光の柱の中に身を委ねる。目の前が光で満ちたと思った次の瞬間、巨大な壁で囲まれた都市が眼前に広がった。
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