第2話

 見知らぬ森の中を歩くというのは、案外に大変なものである。小さい頃には山の中を駆け回ったりした記憶もあるが、さすがに高校生ともなれば、山遊びなんてしない。

 目の前の草木をかき分けていくと、ようやく道らしい場所へとたどり着いた。まぁ、道とはいっても舗装されたアスファルトなどではなく、人が歩いて草が生えなくなっただけの、文字通りの山道だ。

「ちょっとぉ、待ってくださいよぉ!」

 後ろからついてくるのは、ボクを召喚したという女性。六度も断ったにもかかわらず、いまだに勧誘を続けようとするとは、訪問販売員もびっくりのしつこさである。

「一体いつまで追いかけてくるつもりなの? もうさ、諦めたら?」

「そういうわけにはぁ、いかないんです~! アナタには~世界征服してもらわないとぉ、困るんですよ~」

「なるほど~そういうことだったのか……あ、あれはなんだ!?」

「え? えぇ? え~? な、なななんですかぁ?」

 ボクが遙か彼方の空に向けて指を指すと、その女性の視線はそちらに向けられた。その隙をついて、ボクは猛烈にダッシュ! 山道を下っていく。

「何もないじゃないですかぁ……あれぇ? あぁ! ず、ずるいですよぉ!! 待ってくださ~い!」

 冗談じゃない。ただでさえ、まったく知らない世界に呼び出されて――これについては、ちょっとワクワクする部分もあるけど――さらに世界征服をするなんて、そんなバカげたことができるわけがない。

 まずはきちんと話ができる人間を探そう。少なくとも、「世界征服をしてほしい」なんてことは言わない、常識的な会話ができる人を。

 ドカンッ!

 勢いよく山を駆け下りていると、急に繁みから影が現れ、激突してしまった。ボクはその反動で、後ろに倒れ、尻餅をついてしまう。

「あぁ? なんだ、デメェは?」

 見上げると、そこには三つの人影。いで立ちは……どこからどう見ても『山賊』である。

「いやいや、失敬失敬。ちょいと急いでいたもので。今後は気をつけますんで」

 一体誰だよ……と、咄嗟に出てきた自分の言葉に心の中でツッコミを入れつつ、ボクはすぐに立ち上がると、彼らの前を通り過ぎようとした。

 ガシッ!

「おいおい、ちょっと待ちな!」

 襟元を後ろから掴まれた。そりゃあ、簡単には逃がしてくれませんよねぇ。

 まじまじとボクのことを見てから、先頭にいたオールバックの男が睨みつけてきた。

「どこの誰だか知らねぇが、運がなかったなボウズ。ここいらは、俺らの縄張りよ。命までは取らねぇからよ……身ぐるみ全部置いていきな」

「うわっ、本当に言うんだ……そんな三文芝居みたいなセリフ」

「ああ? なんだって?」

 しまった、思ったことが口に出た。普段なら、こういうのは頭の中で再生するだけなのに。異世界なんてところに来て、思った以上に動揺してるらしいな、ボク。

「アニキ~、もう面倒ですよ~。こんなヤツ、さっさとブッ殺して、アジトに戻りましょうよ~」

 三人のうちの一人が言う。手足が異様に細く、目がギョロッと出ていて、スキンヘッド。明らかに何かをキメてますって感じの、ヤバいビジュアルをしている。

「ちょ、ちょっと! 殺すなんて……冗談でしょ?」

「あぁ!? テメェ、誰に向かって口利いてやがんだよ! こちらにおわすお方はな、何を隠そうあの……イデェ!!」

「バカ野郎! 盗賊が簡単に名乗ってどうすんだよ!」

 アニキと呼ばれた男が、ハゲ男の頭を殴る。どうやら、そういう上下関係があるらしい。

「ん~、しかし何だ。テメェ、見たことのねぇ風体をしてやがるな。一体どこから来た?」

「さぁ……どこでしょうか。ボクにも説明できません」

「冗談にしちゃあ、面白くねぇな。まぁいいか……とりあえず、身に付けてるもん、全部よこしな」

 結局、そこに話が戻ってくるのか。まぁ、山賊だからね。そうなるよね。

「ちょっと~、待ってくださいってばぁ! 待って~く~だ~さ~い~!」

 あ、忘れてた。

 ボクを追いかけて、例の女性も山道を下ってきた。大きな声を上げながら。

 当然、山賊たちもそちらに気づく。三人が一斉に女性のほうを向き、ボクは顔を手で覆った。

「なんてタイミングの悪い……」

「おい、おいおいおい! このガキ、まさか女連れかよ!! しかも、こいつはなんちゅー別嬪さんよ!」

 ハゲ男の鼻息が一気に荒くなる。今どき、好奇心旺盛な男子中学生だって、美人一人でこうも興奮したりはしないよ。

「げっへっへ! あ、アニキ! どうせだから、あの女も、いただいちまいましょうぜ!」

「バカかテメェは! 女に手を出すなんざ、男のすることじゃねぇぞ!」

 どうやら、アニキという男は多少まともな感性を持っているらしい。とは言っても、あくまで『山賊として』という接頭語が付くけれど。

「あ、アニキがいらないなら! 俺が貰う! 俺ぁずっと、ああいう別嬪さんを嫁にしたかったんだよぉ!」

「え~っと、これは~いったいどういうことでしょうかぁ?」

 はい、状況が読めてないですね。

 さっきはタイミングが悪いと思ったけど、ボクにとってはチャンスじゃないか?

 今、山賊たちの意識は、完全にあの女性に向かってる。アニキさんもハゲ男も、もう一人の大男も、ボクから視線が外れた状態だ。今なら、隙をついて走って逃げられるかも。

「げっへっへっへ! どういう状況かって~? そりゃあな、オメェが俺の女になるってぇ状況なんだよ!」

 ハゲ男が女性に襲い掛かろうとする。その姿を見た瞬間を見計らって、ボクは一気に駆け出した。

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