第60話 戦いの場に記憶は残って
変身した3人の魔法少女は、押し寄せてくるクリーチャーと対峙する。ブレザーを着て、スカートを揺らし、靴音を鳴らしながら歩む女子高生の姿であろうとも、敵であることに変わりはない。
先陣は花乃華が切った。海面を裂いて走るヨットのように、銀色の魔法少女が灰色の波めがけて駆ける。地を蹴り、宙に舞い、右足を先端にして錐のように敵の群れを貫く。
「ジュニパー・ストーム!」
その一撃で、十数体のクリーチャーがいっぺんに吹っ飛ばされる。真横にはじかれたクリーチャーが別のクリーチャーを巻き込んで倒れ、空中に飛ばされたものはそのまま仰向けに地面に落下する。
ざざざっ、と、花乃華は地面をえぐって着地。次の瞬間には、すでに彼女はふたたび地を蹴って横に飛び退く。
「ブラストビート♪」
みなみがつま先で足元を軽くつつくと、ざわっ、と地面が揺れる。
震動はまたたくまに地面を走り、クリーチャーたちの足下に達すると、轟音とともに土が無数の剣に姿を変えて彼女らを下から刺し貫く。
<アアアアアアァァァァァ!>
はやにえとなった少女たちの悲鳴は、獣のそれだ。人の声とは決定的に異なる響きをもったその音が、一瞬、ひいなの背筋をぞくっとさせる。
「ひいな!」
花乃華の声を聞くまでもない。エモーショナルスターロッドは、ひいなの胸元で砲台のようにかまえられる。
「ハッピィ・ラッキィ・トルネードっ!」
ごう、と、光の波濤がクリーチャーの群れを焼き尽くす。声もなく、少女の姿をした化け物どもは光の中に溶けていく。
ひいなはロッドをおろして、一息。トルネードの出力は6割方、といったところだが、ふたりの露払いのおかげできれいに片づけられた。
花乃華が軽い足取りでひいなの隣に戻ってきて、笑う。
「機嫌よさそう。何かあった?」
「え、私?」
そんなつもりはなかったのだけれど、花乃華が言うなら、そんな顔をしていたのだろう。ひいなはふと、自分の心に理由を問い直してみる。
敵のいなくなった、学校の敷地の片隅は、静かな落ち着きを取り戻していた。校内の賑わいや喧噪には縁がないけれど、そういう中心部に居場所のない子たちがなんとなく集まってくるような、余剰の空間。幻の学校だけれど、その空間は、ひいなの性に合うような気がした。
高校時代は、たまに、こういう場所でひとりお弁当を食べていた記憶がある。
ひいなは目を細める。
「学校の中で魔法使うの、気持ちいいなー、って」
「そんなこと?」
「そんな、っていうけど、私の中では大事だったの」
ひいなの中では、学校と魔法少女とは相容れないものだった。だけど、いまこの瞬間は、そんな違和感を忘れることができた。ひいなの中にあったたくさんの現実が、トルネードの光の中で渾然一体となったように思えて、それがひいなの内側のごつごつした感覚をすこし溶かしてくれた。
「花乃華ちゃん、校内で戦ったことってある?」
「時々あるよ。調理実習のお菓子とか、サッカーやってる先輩とかが襲われてた」
「みんな忘れちゃうんだよね、そういうときのこと。やっぱりあれって、魔法世界の何かルールだったりするわけ?」
思いついて、みなみに訊ねてみる。
「どっちかっていうと、自然現象かな♪ 魔法のことは、魔法のない世界の人間はうまく覚えてられない仕組み♪」
「人間、自分の中で受け入れられることしか覚えてられないよね」
花乃華が知った風なことを言って、みなみは肩をすくめる。ふたりの言葉を聞きながら、ひいなは、ちいさくつぶやく。
「……そんなに都合よく、忘れられるものかな?」
「ひいな?」
花乃華がいぶかしげにこっちを見つめる。ひいなは、エモーショナルスターロッドを両手でぎゅっと握りしめながら、花乃華と目線を合わせる。ロッドの感触は手のひらになじんで、自分の一部であることを疑えない。変身している間だけかもしれないけれど、そのくらいフィットしている。
魔法の感覚は、変身が解けたって忘れたりしない。
「忘れた、って思ってても、頭の中、っていうか、脳の中っていうか……とにかく、記憶のあるところのどこかには、残ってるんじゃないかな? たまたま思い出せなくて、出てこないだけで。ひょんなことで思い出したりするんだよ」
「まあ、人によっちゃ魔法のこと覚えてる、って、よくある話♪ 突然思い出したりとかも、あるみたいだよ♪」
「なくした靴下の片っぽが突然出てくるみたいな?」
「ひいな、あの部屋で靴下なくすの?」
殺風景なひいなの部屋を思い浮かべたのだろう、花乃華はひどく不審そうな顔をする。
「いまの私の話じゃなくて……」
「ひいなの部屋みたいな頭の中だったら、魔法のこともかんたんに思い出せそうな気がするね。整然としてて真面目な人の方が、むしろ、忘れずにいそう」
「あるある♪」
何か思い当たる節でもあったのだろうか、みなみが何度もうなずいて笑う。誰にだって、何かしら戦いの歴史があるし、それぞれなりのエピソードがある。
さっき彼女がうっすら泣いたのも、追憶のせいらしいし。
「……って、立ち話してる場合じゃないよ。行かなきゃ」
ひいなは言って、古びた部室棟へと向き直る。もともとは、そこから何か脱出の手がかりを得られないか、というのが狙いだったのだ。魔法談義をしている場合じゃない。
うなずいた花乃華は、しかし、すぐに顔をしかめて別の方に目をやる。
視線の先は、白い校舎だ。グラウンドに面した窓辺には、生徒たちの影が見える。たとえ仮想の学校でも、そういう細かい設定は怠っていないらしい。
ふと、窓の奥で何かが光った。
「やばっ! コーダ♪」
最初に反応したのはみなみだった。彼女の放った魔法が、3人の周囲に薄いドーム状の壁を形成する。
壁の表面が、炸裂した。閃光と轟音が周囲をかき乱す。
「敵!?」
花乃華が顔をしかめる。彼女の鋭い視線は、校舎の窓へと向けられたままだ。苦い顔をしているのは、自分が反撃に出られないせいだろう。接近戦を専門とする花乃華は、長射程の攻撃には弱い。
「守りは苦手なの! センパイ、いけるっ!?」
「わかった!」
みなみの声に答え、ロッドをかまえる。花乃華の視線を追うようにして、ひいなは敵のいるはずの校舎の窓を見据える。
四階の端、窓の奥で、ギラリと何かが光る。
「!」
エモーショナルスターロッドから、細く引き絞られた白い光が、校舎めがけて発せられる。
同時に、窓から放たれた青い閃光がひいなたちに迫る。
空中で一瞬、光が衝突する。
次の瞬間には、ひいなの白い光が、青い光を引き裂いた。
窓辺にいた敵を、ひいなの魔法はあやまたず狙撃。
<……ぎぃっ!>
遠くからかすかに響いた断末魔。
同時に、校舎の窓が一斉に割れる。
そこから、クリーチャーが怒濤のようにわいて出る。さっきの女子高生と同じタイプのものもいれば、もっと別のものも混じっている。机、椅子、黒板、実験器具に三角定規、学校にまつわるありとあらゆるものが、クリーチャーと化して一斉にひいなたちに迫ってくる。
「うわ、どうする?」
花乃華がこちらを見て問う。ひいなもとっさに判断に迷い、みなみを振り向く。
肩をすくめて、みなみは親指で後ろを指さした。
「逃げられるかも♪」
「追いつめられるだけかも……」
「あの数、まともに相手にしてらんないよ♪ 戦うにしても、敵の数絞らなきゃ♪」
みなみの言うことも一理ある。部室棟の建物は頼りないが、とにかく逃げ込めば壁になるかもしれない。向こうが律儀に出入り口から攻めてきてくれれば、各個撃破も可能だろう。
よしんば、それが敵の罠だとしても、だ。
「追いつめられたら、壁を蹴り抜いた方が早い」
花乃華の勇ましい一言で、結論が出た。
3人はきびすを返し、おんぼろな部室棟の方へと駆け出す。背後から迫る、台風のようなうなり声を聞きながら、彼女たちは部室棟の適当な扉を乱暴に開く。
そして、3人は一目散に、扉の向こうに逃げ込んだ。
新旧魔法少女のゴリ押しダンジョン攻略 扇智史 @ohgi_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。新旧魔法少女のゴリ押しダンジョン攻略の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます