第34話 戸惑いの戦い……蘇るかつての敵!
「クリプティ! 僕だよ、ケア・ラベンダーだ!」
薄暗い石の通路の中央に、ひときわ黒く咲き誇る花に、美鈴は呼びかける。普段の冷静さをかなぐり捨てて、声も枯れよ、とばかりの叫びが、ダンジョンにこだまする。
生き物のように身を蠢かす不吉で巨大な花と、流麗な衣装に身を包んだ紫色の魔法少女との対面は、何か、御伽噺の出来事のように、異様だった。
「まさか、倒したはずのメノンタールにダンジョンで再会するとはね……しかもクリプティ」
花乃華が、黒い花を見上げて独白する。その横顔に、ひいなは問う。
「メノンタールって、パナケアの敵だよね? しかも、かなり強い奴? 因縁ある奴?」
「まあね。あいつはメノンタールの四天王って呼ばれる幹部のひとりで……人間の姿をして、人間界に何度も現れたの。そのときに、美鈴と出会って……」
いろいろあったみたい、とだけ、花乃華は言った。詳しいことは、彼女も知らないのかもしれないし、知っていても言いふらすことではないのだろう。
ひいなも、あえて聞き出したりはしない。
美鈴のあの張りつめた表情と声を聞けば、だいたいは察しがつく。魔法少女が仇敵に対して、あんな表情で語りかけるときには、よほど複雑で重たくて、切ない事情があるものだ。詮索すべきじゃない。
「結局、ラベンダーと対決して、クリプティは感情を取り戻して浄化された……はずだったんだけど」
「……浄化、って雰囲気じゃないね」
花乃華とひいなは、そろって黒い大輪の花--クリプティを見据える。
クリプティは、人が乗れそうほどの大きな葉を、翼のように上下させている。花を支える太い茎の根本からは、さらに太い根が床の上をのたうつように広がり、今にも床を埋め尽くそうとしている。
そして、花弁の奥からは、異様な声。
<ベギャアアアアアアアア!>
「どうしたの、クリプティ! 僕が分からないの!?」
美鈴の呼びかけに、クリプティは反撃で応じた。
黒い葉が高く振り上げられ、美鈴の頭上めがけて叩きつけられる。美鈴は呆然とそれを見上げたまま、身動きひとつしない。
「ラベンダー!」
花乃華が走る。
美鈴の腕を鷲掴みにし、投げ飛ばすような勢いで彼女をその場から引き離す。
すんでのところで、ふたりは黒い葉を回避した。床に叩きつけられた葉から、風圧と、黒い魔力の渦がわき上がる。ひいなは両腕で身を守りながら、クリプティを睨む。
「こいつ……!」
ひいなはエモーショナルスターロッドを構える。そこへ、美鈴の横やり。
「やめて! あれはクリプティ、僕の大切な……」
「言ってる場合じゃないよ! 襲ってきてたじゃん!」
たとえかつては心の通じ合った相手でも、邪悪な心にとりつかれれば、敵になる。それが魔法少女の戦いってものだ。
だから、いざというときには容赦できないし、すべきじゃない。気を抜けば、こちらの心が食われる。
そんなことは、パナケアだって分かっているはずだ。
「でも……」
なおも美鈴は逡巡する。すがるような目は、ずっとクリプティの花弁のほうを向いたままだ。そうして視線を通じ合わせれば、魔法みたいに、気持ちが伝わるはずだ、と信じているかのよう。
さっきの衝撃でずれていた美鈴の眼鏡が、かちゃり、と、傾く。
「ひいな、やっちゃって!」
花乃華が叫ぶ。
黒い花が、もだえるように左右にうてなを揺らす。張り巡らされた根が、大蛇のようにのたうち、ダンジョンの床を揺さぶる。すでに根の一部は床の内部へともぐり込んでいるのか、みしみしと、硬質な床に亀裂が走り始めていた。
亀裂から、蒸気のように、黒い魔力が吹き上がってくる。
クリプティの花の内部、子房と雌蕊を覆うようにして、魔力が渦を巻いている。すでに、魔法少女たちに狙いを定めているはずだ。
美鈴が何と言おうと、これはもはや彼女たちの敵。
「どうして……ただ、会いたかっただけなのに……」
花乃華のそばに座り込んで、美鈴がかすかにうめく。彼女の背中を、なだめるようにさすりながら、花乃華は彼女の耳元に告げる。
「だめだよ、美鈴。あれはもう、あのときのクリプティじゃない」
「でも……どうして……」
ふたりの姿を横目に、ひいなは、エモーショナルスターロッドをふたたび両手で握りしめる。
美鈴の気持ちは、ひいなにだって多少は分かるつもりだ。変わり果ててしまったかつての知己の姿は、心を締め付け、迷いをもたらす。
でも、それを振り払って、戦わなくちゃいけない時だってある。
エモーショナルスターロッドに、鋭利な光が宿る。
「ディサイド・ディバース・デストラクション!」
カッ、と。
目もくらむような光輝が、ダンジョンの中を一直線に駆け抜ける。
次の瞬間。
クリプティの巨体が、数百の断片と化した。
エモーショナルスターロッドから発せられた、研ぎ澄まされた格子状の光の筋が、鋭い刃となって敵の体を裁断したのだ。
「クリプティっ!」
美鈴の悲鳴。
同時に、黒い花の断片が、甲高い破裂音とともに砕けた。元の形状を失い、黒い煙と化したクリプティは、ダンジョンの空気の中へと拡散して、消えていく。
ひいなは、流れる黒い霧を振り払うように、ロッドを一振りした。
どこか居心地の悪い、勝利だった。
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