第33話 現れる因縁の花! ケア・ラベンダーの目的は?
突然、ダンジョンの上層から落下してきた得体の知れない巨大な物体。種子のように見えるそれを、3人は遠巻きに観察する。
「ひょっとして、これ、さっきの蔓草の種か何かじゃない?」
花乃華がそう言う。ダンジョンの通路を埋め尽くしていた蔓草を、ひいなが魔法で焼き尽くした結果として、これが降ってきたわけだ。つながりがあると考えるのが自然だろう。
「美鈴ちゃん、見たことある?」
ひいなは問う。第16階層については、ずっと前から攻略している彼女の方が詳しいはずだ。
しかし、その美鈴も首を横に振った。出現した種子のような物体は、蔓草の焦げた匂いが残るダンジョンのなかで、不気味な異物感を発している。美鈴はその存在に戸惑っているようだった。
いや、戸惑い、だけではないのかも。
美鈴は、ずっと物体を見つめている。目を逸らさずに、見開いて、次に起こる何事をも見逃すまいとしているかのように。
警戒、それとも、期待だろうか?
「蔓草をこんな風にやっつけたことはなかったですから。こんな現象、初めて見ました」
「ということは、正体不明か……」
「とりあえず焼いとく?」
ひいなはエモーショナルロッドを振って提案する。その気楽な態度に怒ったのか、花乃華が顔をしかめて、何か言おうとする。
その前に、美鈴がひいなの前に身を乗り出した。
エモーショナルスターロッドを、不躾につかむ。
「やめてください!」
「美鈴ちゃん?」
ひいなはきょとんと目を見開く。たしかに冗談が過ぎたかもしれない。けど、いくら何でも、そんなに目を三角にして怒ることはない……と思う。敵を警戒するなら、早めに倒した方がいい。何と言っても、ここはダンジョン。たとえのんきに探索できているように見えても、何が起きるか分からない危険な世界だ。得体の知れない脅威は、早めに倒した方がいい。
そんなの、美鈴だって分かっているはずなのに。
「美鈴、何そんなにムキになってるの?」
花乃華も、美鈴の態度に困ったように首をひねっている。
「ひいなはふざけてるように見えるけど、言ってることは一理あるよ。美鈴、まるでその変なのを庇おうとしてるみたい」
美鈴はしばし、自分で握りしめたエモーショナルスターロッドを見つめて、じっと佇んでいた。彼女のつり上がった目が、一呼吸ごとに、落ち着きを取り戻し、彼女らしいクールで静かな視線に戻っていく。
そうして、彼女はようやく、ロッドから手を離した。震える指先から、いまだ彼女の中で覚めやらない興奮と混乱がにじみ出ているようだった。
「……ごめんなさい」
「いいけど、でも、どうしたの美鈴ちゃん」
「初めて見たって言ってたけど、何か知ってるんじゃないの?」
ひいなと花乃華が立て続けに言い募る。美鈴の方を見ながら、ふたりはあの巨大な種子を視界から外さない。床に落下した勢いを残したまま、左右に揺れ動くそれは、何か見えない力で動かされているようでもある。
これが種子なら、中から何かが芽吹こうとしているのだ。
美鈴は、震える指先で、そっと自分の眼鏡を直して、花乃華を見つめた。
「気づけるはずだよ、花乃華」
「え?」
「これの正体……その可能性があるもののこと。あなたも見たことがある」
「見たこと……」
花乃華が息を呑んだ。
「……! え、でも、それって、そんなことって、あり得る?」
口元に手を当て、うろたえる花乃華。美鈴は、彼女の独白に応じるようにつぶやく。
「ダンジョンには、まだ未知のことも多いよ。僕らの感覚じゃ計れない」
あるいはそれは、単なる独り言の応酬だったのかもしれない。ふたりとも、目の前に起こりつつある出来事にうまく対応するために、必死に自分に言い聞かせているみたいだった。
「……植物で満ちた階層。なら、ひょっとして」
「うん。僕が第16階層にとどまっていた、理由のひとつだ」
「ずっと探してたのね、美鈴!?」
「可能性だけだったけど。どうやら、ビンゴだ」
「ちょっとふたりとも! 自分たちだけで分かる話してないで!」
ひいなは声を張り上げ、ロッドの先端を種子へと振り向ける。
種の表層から、みし、みし、と、音がする。芽吹こうとしている種、あるいは冷えてひび割れる鋼に耳を澄ませれば、こんな音がするかもしれない、という、かすかなクラックの音。それは、内なる命が自らの形を得ようとしている証だ。
種の上から下まで、長大なひび割れが走る。
表層に開いた隙間から、黒く重い煙が漏れ出てくる。空気よりずっと重く、形を持たない気体が、ダンジョンの床の上を染み渡るように広がって、黒い湖を形成する。
その湖から、まるで、逆再生のように、細くて黒い柱が立ち上がる。
いや、ただの柱ではない。枝を伸ばし、黒い葉を広げ、柱の頂点は膨張して黒く大きな球体となり、ついには
その先に出現する、漆黒のつぼみ。
「何なのこれ! 知ってるなら教えてふたりとも!」
ひいなの悲鳴にも似た声にも、花乃華と美鈴は立ち尽くすばかり。
「やっぱり! まさかこんな所で再会するなんて」
花乃華は明らかに、その”花”の正体を知っている。驚きを隠しきれない花乃華の唇が、ぴくりと震える。
そして、その傍らで。
美鈴はらんらんと、目を輝かせていた。
その表情は、歓喜。
「……もう一度、会えるなんて」
状況のまだ飲み込めていないひいなにも、ただひとつ、分かったことがあった。
美鈴は、これを探していたのだ。
3人に見つめられて、漆黒のつぼみが花開く。
花粉のように魔力の霧をまき散らし、大輪の黒い花は、その涙滴状の花弁を力強く広げた。左右に激しく揺れ、花弁の端がダンジョンの壁にぶつかり、さらに魔力を舞い散らす。ダンジョンには己の体は狭すぎる、と、抗議するかのようであった。
花弁の奥から、うなるような声。
<ベギャアアアアアアアア!>
その声を、ひいなも知っている。先週、ひいなが初めてパナケアと出会った夜。
パナケアが立ち向かった敵。確か、メノンタールといった。
花の発した鳴動は、そのメノンタールの声と同じだった。
「生きていたなんて……」
花乃華が、静かに、その花の名を呼んだ。
「メノンタール四天王のひとり、”孤立の種”のクリプティ!」
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