第31話 魔法のためなんだからねっ!

「どうしたのよ、ひいな」


 ヒル型のクリーチャーを叩きのめした花乃華は、散らばる素材の真ん中に立って、ひいなを振り返った。


「どう、って、何が」

「さっきの攻撃。何なの、あの甘っちょろい奴」

「ごめん、まさかあいつらが魔力を食べるとは思わなかった」


 花乃華と美鈴の前に立ち、ヒル型クリーチャーに対抗しようとしたひいなだったが、彼女の放った攻撃はヒルに食われ、逆に敵を利するような結果になってしまった。結局、美鈴と花乃華のコンビネーションで倒せたからよかったものの、ひいなはいいところなしだ。

 勇んで前に出たのに、みっともない。

 魔法ですら役に立てないんじゃ、魔法少女のいる意味はない。


 花乃華は「そうじゃなくて……」とつぶやき、ぶんぶんとかぶりを振る。髪の毛にまとわりついた敵の血の滴が、ひゅん、と飛んでしたたり落ちる。


「あんなのに食われる程度の魔力じゃないはずでしょ、ひいなの力は」


 じっ、とひいなを見据える花乃華の視線は、まっすぐで、険しくて、まるでギザギザの刃のようだ。それをまともに受けたひいなの心が、一瞬、乱暴に削られる。


「ひいな、気持ちが揺らいでるんじゃない?」


 ひいなの魔法は、感情によって左右される。うれしいときには喜びの力、悲しいときには嘆きの力。

 感情が魔法にうまく乗れば、途方もなく強い。

 反対に、感情が高ぶりすぎれば、制御に失敗する。感情と、使いたい魔法がかみ合わなければ、その威力は弱まる。

 不安定で、危うい力だ。


 プラウド・スプライト・スプラッシュは、自負を源に繰り出す魔法。

 自分に自信がないときには、弱くなる。


 思わず、目を伏せた。花乃華のひらひらした胸元のリボンが、ひらりと揺れる。彼女の気高さを象徴するような輝きが、ひいなの目にはひどくまぶしい。


「しゃんとしてよ、ひいな。あなたがその調子じゃ……」

「まあまあ、花乃華。あんまり大人の女の人を責め立てるもんじゃないよ」


 お説教し始めた花乃華を、美鈴がなだめにかかる。年下の子にかばわれるのは、いっそうみじめだ。


「美鈴はちょっと黙ってて」


 花乃華がぴしゃりと告げる。美鈴は無言で、一歩退いた。

 ひと呼吸、花乃華が間合いを取った。彼女のことだ、美鈴にたしなめられるまでもなく、自分の態度をコントロールできているのだろう。花乃華は強い子だ。


 かつん、と、ブーツが力強い足音を立てる。

 花乃華が歩み寄ってくる。また、以前みたいに「邪魔するなら帰れ」とでも言うのだろうか。今回はちょっと、うまく言い返せる自信がない。だって美鈴がいれば、ひいながついていく必要はないし。


「……ほんと、しょうがないんだから」


 そっと。

 優しい手のひらが、ひいなの頭を両側から包んだ。指先が、頭の後ろのすこしへこんだところに沿って、緩やかに曲がって、ぴったりと寄り添う。


 目の前に、花乃華の苦笑がある。

 こつん。額がぶつかった。

 柔い吐息混じりの声が、花乃華の唇からあふれて、ひいなの顔をなでる。


 たったそれだけ。

 近い距離に、花乃華がいるだけで、ひいなの心を濁らせていたものが浄化されていく。

 自然と、ほっぺたがゆるんでくる。

 ひいなは笑っている。


 キスしそうな距離。


「わたしがぎゅっとしたら、ひいなは元気になるんでしょう?」


 花乃華の問いかけは、なぜだか、すこし困ったような声に聞こえた。自分のしている行為がうまくいきすぎていることに、むしろ戸惑っているみたいな。

 大人のくせにチョロすぎる、とでも思われているのかもしれなかった。


「うん」


 ひいなは、子どもみたいな声でうなずいてしまう。実際、我ながらとってもかんたんだな、と思う。

 花乃華のおかげで、ひいなの中身は、とてもかんたんになった。


 それに応える花乃華の声は、余裕ぶって、大人びて、落ち着いている。

 ちょっと前まで距離感に遠慮していたのに、今では、恥ずかしげもない。

 大人の余裕なのか、子どもの遠慮なさなのか。

 どちらでもいい。


「こんなことなら、いつでもしてあげるから」

「うん」

「暗い気持ちになったら、思い出して、元気でいてよ。でないと、ひいなの魔法、頼れないから」


 きゅっ、と、一度、手のひらが強くひいなの頭を抱く。

 花乃華は「よし」とつぶやいて、ひいなから離れた。


 ひいなは顔を上げる。

 こっちを向いたままの花乃華が、両手を後ろ手に回し、いたずらっぽく左右に体を揺らして、スキップするみたいに後ろ歩き。

 顔には、満面の笑み。


「戦える?」

「任せて」


 くるっ、とエモーショナルスターロッドを一振りする。あふれ出した魔力が、ロッドの軌跡にあざやかな光を残す。


 その光を眺めて、花乃華はうなずく。

 彼女の背後で、ざわりっ、と、黒い影がうごめいた。ダンジョンを埋め尽くす木々の間から、ぬっと這い出てくる不気味なクリーチャー。

 樹皮に覆われた体、赤子のように大きすぎる丸い頭、枝の生えた手足。

 人の姿をしていながら、それは余りに異形。


<食べちゃえ 食べちゃえ>

<種まで   骨まで  >


 がばぁ、と、頭が左右に割けて、口が開く。数百年を生きる大樹の虚(うろ)のように、どろりと樹液を垂らして、牙をむく。


 ひいなはロッドを一振り。


「プラウド・スプライト・スプラッシュ!」


 さっきは不発だった魔法。

 でも、今は、その輝きは先ほどの数倍。

 ダンジョンそのものを明るく照らすほどの光量を孕んだ光の粒、いや、光の榴弾が、クリーチャーめがけて発射された。


 クリーチャーの巨大な口に飛び込んだ光は、そのまま、敵を頭から足まで一気に貫く。

 そこへさらに、周囲の四方八方から攻撃が襲いかかる。


 じゅっ、と。

 圧倒的な熱量が、クリーチャーを、悲鳴すら上げさせずに焼き尽くした。


「よぉし、調子出てきた」


 自分の放った攻撃の威力に、ひいなは満足してロッドをおろす。

 ずっとこっちを向いたままだった花乃華に、微笑みかける。


「ありがとね、花乃華ちゃん」


 花乃華が敵の方を一度も見なかったのは、ひいなに対する信頼の証だ。ひいななら、花乃華に傷一つつけさせずに倒してくれる、という確信がなければ、あんな風にはできない。

 それは花乃華にとっては信頼であり、挑戦だったはず。


「でも、危ないから。あんまりそんなことしないでね」

「そうだね。わたしが見てた方が、ひいな、強くなりそう」


 図星かもしれない。ひいなは、ほっぺに手を当てて、苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る