第30話 先輩の意地! 負けるな、エティカル・ひいな!

 愛甲美鈴の使う魔法は、第16階層に潜む敵や罠を軽々と追い払っていく。彼女が繰り出す不定形の魔力は、時に身を守る盾となり、時に隠れた敵を探知するレーダーともなる。樹木でふさがれた道も、その魔力によってすいすいと踏破できてしまう。

 美鈴に導かれるようにして、3人はまとまって進んでいく。自然、花乃華と美鈴が先に立ち、後ろからひいながついて行く状態になった。


「そんだけ強かったら、ひとりでここまで来れるのも納得だよ。すごいねぇ、美鈴ちゃん」


 後ろからひいなが話しかけると、花乃華が眉をひそめて振り返った。


「何、突然太鼓持ちになっちゃって」

「褒めても何も出ないですよ、先輩」


 一方の美鈴は、平然とした態度でちらりとひいなを見るだけだ。褒められ慣れている、という感じ。学校では優秀な生徒で、先生からも信頼されて、同性異性問わず人気を集める、というタイプの子だ。魔法少女ユニットには、そんな子がひとりくらいいておかしくない。

 なら、どうして。


「どうして私たちと一緒に探索しようって思ったわけ?」

「前も言いましたけど、探索に行き詰まってるんです。ふたりなら、何か打開策を見つけられるかも、と思って」

「そんな強敵がいるの?」

「敵、というわけではなくて……」


 美鈴は言いさして、前に向き直る。花乃華が、あきれたように傍らでため息。


「ダメだよ、ひいな。こういう時の美鈴は、何も話してくれない。隠し事の多い人なの」

「人のことは言えないだろ、花乃華。出会った頃のキミは、自分のことなんて何も喋らなかったじゃないか」

「あれは……あの頃は、わたしも頑固だったから」


 ぷい、と拗ねて顔をそむける花乃華。ひいなの前でもときおり見せる、稚気のある仕草だ。


「今の僕も、あの頃のキミくらい頑固だって?」

「違う?」

「さあね」

「そうやってはぐらかす所。わたしより巧妙だし、たちが悪い」

「今日の花乃華はずいぶん手厳しいね。先輩の手前かい?」

「そんなんじゃない」


 テンポのいい会話を続けるふたりの間に、ひいなは入り込めなくて、黙り込んでしまう。なんだか花乃華を取られてしまったような気がして、ちょっと悔しい。

 けど、ほんとうは、花乃華は美鈴たちの側の魔法少女だ。ひいながその関係に立ち入ること自体、本来は、出過ぎた真似なのかもしれない。


「っと」


 ひゅん、と、鋭い風のような音。

 美鈴の展開している魔力の霧が、ざわっと波打つ。


 通路の上空を縦横に巡る蔓草から、紫色の細長い花が垂れ下がっている。風もないのに左右に揺れるその花弁の奥から、真っ赤にうごめくヒルのようなクリーチャーが顔を出していた。


<手を触れないで ただよう花に>

<冒険の果て   彷徨う魂>


「うえ」


 花乃華がうめき、美鈴も忌々しそうな顔をした。

 ひいなは、ふたりの盾になるように前に進み出て、エモーショナルスターロッドを構える。蔓草から生える幾輪もの花から、クリーチャーの細長い頭部が這いだしてくる。


「任せといて」

「ひいな大丈夫?」


 思いっきりしかめ面する花乃華は、ああいう類には触れたくなさそうな様子。ひいなは笑う。


「虫は平気なほう。うちの田舎じゃよくミミズを捕まえたもんだよ」

「そんな自慢いらない」

「ともかくふたりは下がってて!」


 ロッドを見据え、集中する。背中に感じる少女たちの気配が、ひいなを鼓舞する。友達にはなれなくても、いざ戦闘となれば頼れる仲間でいたい。

 いや、いられるはず。

 ぱぱぱっ、と、ロッドの先端を、白い光の粒が円周状に囲う。


「プラウド・スプライト・スプラッシュ!」


 しゃっ、と、無数の光の粒が射出される。美鈴の展開した魔力の霧を突き抜けて、白い光が螺旋を描く。

 その光の粒は、過たず敵クリーチャーの頭部へと直撃ーー


<その死が撒き餌 ごちそうさま!>


 歌声と同時。

 クリーチャーの頭部の先端が、ぱっくりと開く。口の中は、重なり合った細い牙で覆い尽くされている。奥の方、同じような牙の構造が何重にも敷き詰められているのを、ひいなは目の当たりにしてしまった。


 そして、クリーチャーは、その口で光の粒を飲み込んだ。

 ばくん、と、クリーチャーの体が膨らんだ。蛙を丸飲みした蛇のような巨体となったクリーチャーは、重みに耐えかねたように花弁から滑り落ちる。

 魔法を飲み込んだクリーチャーは、次々とダンジョンの床に落下。

 真っ赤な肉体を、ぬらぬらした粘液で覆ったクリーチャーの全体像が露わになり、さすがに花乃華も顔をしかめる。そんなのが、いくつもいくつもわき出してくるのだから、たまらない。


「先輩、下がって!」

「でも」


 美鈴の声に、弱気に反論しようとしたひいな。

 その肩を、花乃華が思い切り引っ張った。たたらを踏んでよろめくひいなの脇から、花乃華は前方に飛び出す。


「いいから! ラベンダー、援護!」


 美鈴を魔法少女の名で呼び、花乃華はヒル型クリーチャーめがけて飛び出していく。

 ヒルは、その頭をもたげ、新たな獲物めがけていっせいに襲いかかる。


「ラベンダー・アスフィクシア!」


 美鈴の放つ魔力が、霧状のままヒルの口へと流れ込んでいく。


<大いに食らえ 愚か者の霊!>


 好物はいくらでも食べる、とでも言わんばかりに、ヒルは魔力の霧を飲み込んでいく。クリーチャーの旺盛な食欲の前に、魔力は瞬く間に食い尽くされそうに見えた。

 しかし、その魔力は簡単には尽きない。それどころか、ヒルの体内でさらに膨張し、その柔軟な体をまるで風船のごとく膨らませていく。


<ググググググ……!>


 バン、と、耐えかねたヒルの一体が破裂した。血のような液体をまき散らし、ヒルはその場に倒れる。

 他のクリーチャーも、破裂こそしないものの、膨張する魔力に踊らされてその場を這い回るばかり。まともな身動きがとれない。


 そこへ飛び込んでいった花乃華は、魔力のこもった打撃でヒルを一気に片づけていく。


「ジュニパー・スマッシュ!」


 ばちん、ばちん、と、連続する花火みたいにヒルの体が次々爆発して散る。はねる血のような液体を拳に受けて、花乃華は顔をしかめるが、しかし攻撃はやめない。

 ヒルを制圧した花乃華は、ついでとばかり、発生源である花々をも立て続けに攻撃。


「ジュニパー・ストライク!」


 花弁は無抵抗に倒され、紫色の花弁だけがそこに残された。ヒルが残したギザギザの牙と、その花びらが、今回の素材収穫、というわけらしい。


 ふう、と、最前線に立って、花乃華は吐息をつく。両足を広げて仁王立ちするその背中は、たとえ血塗れでも凛々しくて、やっぱりひいなは一瞬、見とれてしまった。

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