第29話 頼れる仲間、ケア・ラベンダーの実力!

 第16階層の探索は、ダンジョン攻略と言うより、探検のような気分だった。

 あたりに満ちる木々の濃厚な匂いは、ひいなが小学校の頃に見学に行った植物園の温室を思い出させる。高い気温と粘っこい湿度、非現実的に成長した花々と木々の圧力は、感動というよりも畏怖のようなものを呼び起こした。

 そういえば、植物園でいちばん大切にされていた木が、闇の魔力で暴走して大変なことになったな、と、ひいなは昔の戦いの記憶を呼び起こされる。


「何これ、行き止まり?」


 花乃華が声を上げる。

 3人の目の前の通路を、太い樹幹が塞いでいる。寝そべるアフリカゾウのような風情だが、高さは人の背丈の3倍ほどもある。見上げれば、上に張り巡らされた蔓が行く手を遮っている。

 道は奥に続いているようだが、はっきりとはうかがえない。


「こういうの、越えていかなきゃいけないのがいちいち面倒なんだよ、この階層」


 美鈴はそう言いながら、その右手から魔法の霧を生み出す。3人の前に立ち上った霧は、階段状の形をとった。古いアニメに出てくる、天国へ通じる雲の階段を思い出させる。

 花乃華と美鈴は、迷わずその階段に足をかける。それから、花乃華がこちらを振り返った。


「心配しなくていいよ、ひいな。美鈴の魔法だから」

「いきなり消えたりしない?」

「そんな意地悪しませんよ、先輩に」


 変身しても眼鏡をかけたままの美鈴は、そのフレームをきらりと光らせて微笑する。彼女がそう言うなら、信じるしかないだろう。


 霧の階段に足を乗せる。思ったよりもしっかりとした感触が、ソールの下から伝わってくる。

 おそるおそる足を踏み出すと、すんなりと上れた。


「空飛ぶのより、ずっと楽だね」


 言いながら、ひいなは階段の上から左右を眺めてみる。高い、といってもせいぜい4、5メートルだけれど、そこから見るダンジョンの風景は、また別の雰囲気。大きなホールをテラスから見下ろすみたいで、爽快な気分になる。


 行き止まりを越えると、その先は一本道だ。細長い蔓が頭上に幾筋も垂れ下がり、がさがさと揺れている。ぱらりと落ちてきた葉っぱを、ひいなは何となく摘まむ。奇妙に折れ曲がった葉っぱの形は特異で、たぶん外の世界のどこにも存在しないものだ。

 こういう植物は、どこから来るのだろう?


「ひいな、何してるの」

「置いてきますよ、先輩」


 ふたりの声に、我に返る。ひいなは前を向いて、ふと顔をしかめる。一直線だったはずの通路のどこにも、花乃華たちの姿がない。


「ふたりともどこ?」

「こっちこっち」


 見れば、通路の右側、壁際にひしめく樹幹の隙間から白い手がのぞいている。

 花乃華がそこからちょこんと顔を出した。


「ここ、道あるから」

「うわ、ぜんぜん気づかなかった」

「こういうのもよくあるんですよ」


 花乃華の後ろから、美鈴が言う。


「道がふさがれてたり、隠されてたり。逆に蔓を伝っていかないと通れないルートとか……下の階層とかまた別の複雑さがあるんです」

「なるほどねぇ」


 花乃華たちに追いついて、ひいなはきつきつに密集した樹幹をエモーショナルスターロッドで押しのけながら、脇道に入った。隠れた入り口の奥には、細い通路が続いている。


「美鈴ちゃんがいてくれて助かるよ」


 第16階層に慣れた彼女がいなければ、ひいなたちはてきめんに迷ってしまったに違いない。美鈴はひいなに微笑だけで応える。


「美鈴におんぶに抱っこじゃダメだよ。せっかく来たんだから、わたしたちも協力しなきゃ」

「わかってるけど」


 花乃華にたしなめられ、ひいなは肩をすくめる。


「私の魔法、割と攻撃的なのばっかりだからなぁ。探索とか、発見とか、そういうのはあんまり……」


 ぼやくひいなの言葉尻に、ざざっ、と葉擦れの音が重なる。

 頭上に生い茂った枝葉を揺らし、何かの気配が駆け抜けてくる。


<吊せ! 吊せ! 客人まれびと吊せ!>


 早いリズムに乗った、テンションの高い唄が鳴り響く。その陽気さ故に、歌詞の不穏さがよけいに恐怖をかき立てる。

 ざっ、と、枝が揺れる。


 四方から同時に飛来する、幅広の刃を構えた猿のようなクリーチャー。両腕そのものが鎌となっていて、その切っ先は血に汚れている。


 ひいなはロッドを構え、呪文を口に乗せようとする。

 が、それよりも前のふたりが速い。


「ラベンダー・ウィップ!」


 ひゅっ、という風切り音と同時に、目にも留まらぬ速度で放たれた紫色の鞭が、瞬く間にクリーチャーを打ち付け、地面にたたき落とす。同時に、鞭は両腕の鎌を縛り上げて猿を拘束する。


「ジュニパー・ストライク!」


 そこへ花乃華の一撃。


 あっという間の連携で、襲ってきたクリーチャーは片づけられた。後に残ったのは、薄茶色の毛皮の形をした素材だけ。花乃華と美鈴はそれをさっさと回収していく。


「先輩もいります?」


 美鈴が、毛皮の一枚を差し出す。獣臭さの残る素材は、まだ生ぬるく、ちょっと手を伸ばすのがはばかられた。


「甘やかさなくていいよ、美鈴。ひいな、ぜんぜん役に立ってなかったじゃん」

「あー、うん」


 花乃華の厳しいコメントに、ひいなは同意してしまう。


「私はいいよ。ふたりの成果なんだし」

「そうですか」


 あっさりうなずいた美鈴は、素材袋に毛皮を放り込んだ。それから再び正面に向き直って、通路の奥を見据えた美鈴は、右手を前にかざす。


「警戒してた方がいいかな。ラベンダー・ウェブ」


 彼女の手から、紫色の霧がわき上がる。通路全体に浸透した魔力の霧は、微妙な濃淡をもって彼女たちの視界を染め上げる。

 と、一瞬、霧にひときわ濃い一点が生じた。


<ギィィ!>


 次の瞬間には、霧は大きな塊となって、そこに潜んでいたクリーチャーを瞬く間にとらえて縛り上げた。ばちっ、と電気のような音を立てて、クリーチャーが消える。


 どうやら、探知能力も抜群に優れているらしい。頼りになる、と思いつつ、ひいなは、内心でちょっと冷や冷やするものを感じた。


(これ、美鈴ちゃんひとりでいいんじゃないかな……?)

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