第20話 油断禁物! 第15階層の罠!
翌週の週末。
ふたたび第15階層を攻めるべく、ひいなと花乃華はダンジョン最寄りの駅前で待ち合わせた。
電車を降りたひいなが改札を出るか出ないかというところで、花乃華がいきなり食ってかかってきた。
「ちょっとひいな、どういうつもり? さっきの弱気なメール」
「あー」
さっき電車の中で送ったメールのことだ。『私よりパナケアのみんなの方がいいんじゃない?』とか『他の仲間を捜した方がいいかも』とか、そういう文面をつい、送ってしまった。
たぶん、それを見て、花乃華は怒り心頭に発したというところなのだろう。先に来て、改札前で待ちかまえて、いち早くひいなを見つけたわけだ。
変身前の花乃華は、まるで雑誌から飛び出してきたみたいなスマートなファッションがよく似合っている。ホットパンツにニーハイという足下はちょっと寒そうだが、彼女の表情は平然としたもの。
ただ、いつもよりつり上がった目と、険のある声が、花乃華の怒りを激しく主張している。
目をそらして、ひいなは小声で言う。
「いやぁ、ほら、先週のあれ、見てたらねぇ。パナケアのみんな、すっごいチームワークいいじゃない? 私じゃ花乃華ちゃんには力不足かなぁ、とか、そんな気分で」
先週のダンジョン攻略の後、花乃華の”魔法少女・パナケア”としての本来の戦いを目の当たりにした。それでひいなは、現役の魔法少女の戦いぶりに感激すると同時に、気後れも感じていたのだった。
ひいなは、第15階層でもうまく花乃華をサポートできなかった。危うく花乃華をスライムの餌食にしてしまうところだったのだ。そのときのことは、花乃華ともうまく話せていない。
今一つ気持ちがすっとしていない状況で、パナケアの息のあった戦いを見るのは、心地よくもあり、辛くもあった。
それを整理しきれないまま、一週間経って、つい花乃華に愚痴をこぼしてしまったというわけだ。
「それとこれとは別だよ」
花乃華は、すっぱりと言い切る。
「わたしはダンジョン攻略のパートナーにひいなを選んだ。後悔はしてない。それに、わたしたちの連携はこれから高めていくの。たった2回で万全になるなんて思ってたんなら、それは傲慢ってもんでしょ」
「うん……」
びしばしと正論を叩きつけてくる花乃華に、ひいなはうなずく。
正しいことを主張していれば、物事は順調に運び、すべてうまくいく。花乃華の態度には、そんな考え方が見え隠れしている。それは、正義の戦いをするのに必要な資質で、つまり彼女は立派に現役の魔法少女だ、っていうことだ。
優しい言葉をかけて慰めよう、なんて思わないあたりが、花乃華らしくもある。
「これから、ってことは、ずっとダンジョン攻略いっしょにやってくつもり、ってこと?」
「当たり前でしょ」
ひいなの問いに、憮然とした目で花乃華はうなずいた。
「さ、行こう。今日で第15階層、片づけるよ」
「はいはい、仰せのままに」
「からかわないで」
そんな一幕があっての、今日のダンジョン攻略。
前回同様、ゲートから第15階層に乗り込み、変身をすませる。
先週の攻略で、第15階層の第4ゲートに到達している。階層のボスに一番近いゲートだそうだ。
この部屋からは、放射状に複数の通路が延びている。右、真ん中、左、どれをとっても特徴はないし、目印や看板があるわけでもない。どうせ変形するのだから、無駄な装飾は必要ない、とでも言わんばかりだ。
石造りの壁に反響して、遠吠えに似た音があたりにこだまする。第15階層のダンジョン構造が、リアルタイムに変動している音だろう。
「急ごう。この辺もまた変形して、しっちゃかめっちゃかになるんだから」
「オッケー」
花乃華が仕切って、ひいながうなずく。この調子では、どっちが年上だかわからないな、と内心で苦笑する。
「とはいえ、どうする?」
ひいなは通路の入り口を順に見やって、首をひねる。何の目印もないのでは、判断材料がない。どうせなら「地獄へようこそ」とか「全ての希望を捨てよ」みたいなことが書いてあった方が、雰囲気も出るのに。
「ひいなはどう思う?」
花乃華が逆に問い返してくる。
「いや、どれでもいいんじゃない? 最後には結局、同じ所につきそうな気もするしさぁ」
「それは楽観的すぎない?」
「選ぶ基準もないんだし、そのくらい前向きでいいと思うよ」
ひいなの言葉は、花乃華の賛同を得られなかったようだ。彼女は何も言わないまま、順々に入り口を指さしながら「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」とつぶやきだした。そんな選び方するなら、適当でいいではないか、とひいなは思ったが、突っ込んだら花乃華はまた怒り出しそうだった。
「こういうとき、私たちの魔法って不便だなぁ、って思わない?」
花乃華は背を向けたまま答えない。
「道がぱーっと分かったり、マップにぴかーっと目的地が出たり、そういうの欲しいよね。マクリーに頼めばいいのかなぁ。花乃華もリランに頼んでみたら?」
ひいなの軽口に、花乃華は乗ってきてくれなかった。なんだか過剰に長々とおまじないの言葉を続けている。
「せ・の・せ・の・せ」
で、花乃華の指が右側の入り口を示した。そちらへ、花乃華が一歩踏み出す。
<お・い・で・ま・せ>
花乃華のおまじない歌のリズムを引き継いで、歌が聞こえた。
はっ、と、花乃華が体重を後ろにかけて自分の足を引き戻そうとする。
しかし、その前に、花乃華の足に渦巻き状の光が絡みつく。
<お入んなさい 愛なき世界>
<呼べど応えぬ 縁なき苦界>
調子外れの弦楽器に似た甲高い音。
次の瞬間には、花乃華の姿が、消えていた。
花乃華がいたはずの床のタイルからは、きらきら瞬く塵のような光が舞っているばかり。
あっという間の出来事に、ひいなは、何もできなかった。
ひいなをからかうように、ダンジョンの壁の一角がサイコロのようにくるりと回転する。
石の裏側に彫り込まれていたのは、糸のような目と薄い唇の、仏像のように冷たい顔。
その無機質な唇が、一斉に歌を奏で出す。
<たちまち涙の 夜来たり >
<神なき大地に 絆しもなし>
「……花乃華ちゃんを返せ!」
頭のどこかが、かっ、と激しく赤熱する。
両手で握りしめたエモーショナルスターロッドが、同じ色に光る。輝きは瞬く間に炎と化して、ひいなの手から躍り出る。その姿、まるで、荒ぶる竜のよう。
「リグレット・ブリゲイド!」
竜が、壁に生まれた顔どもに襲いかかる。悲鳴すら許されず、壁の顔は劫火に包まれ、焼き尽くされた。黒こげになって沈黙した壁は、そして、微動だにしない。新たな道を開くこともなければ、次の場所への導きを示すこともない。
つまり、花乃華は奪われたまま、ということだ。
ひいなは、きつく、ロッドを握りしめた。
「花乃華ちゃん! 聞こえたら返事して!」
張り上げた声は、長い通路の果てへとむなしく消えていく。
返事して、の余韻だけが、いつまでも響く。
答えはない。
花乃華は、ひいなの声の届くところにはいない。
「花乃華ちゃん……」
待っていれば、また戻ってくるだろうか。
そんな保証はない。
花乃華ならば、自力で生き延びられる。
そんな確信はない。
命の危険はない、とマクリーは言った。
あの胡散臭い妖精を、まだ、ひいなは信用していない。
探索者の陰もほとんど見えない、第15階層。
つい先週、花乃華だって肌を焼かれる傷を負った。
何が起こってもおかしくない。
すりつぶされるように強く噛みしめられた奥歯が、痛んだ。
花乃華を見つけなくては。
ひいなは闇雲に走り出す。花乃華の向かおうとしていた入り口とは反対側。根拠はない、ただ、きっと目的地から一番遠くに飛ばされるのではないか、という予感があっただけだ。
いずれにせよ、たとえどこに行ったとしても、必ず花乃華と合流する。
「ひとりにはしないよ!」
そう決意して、ひいなは走った。
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