挿話 魔法少女パナケア「危険で芳醇!? 花乃華のヒミツの夜遊び!」(Bパート)

 甘利あまり檸檬れもん茶野ちゃの爽子さわこ蜂須賀はちすか花乃華かのか愛甲あいこう美鈴みすず

 同じ中学校に通う4人の少女は、ひょんなことから妖精リランと出会い、魔法の力を授かった。世界から彩りを奪おうとするメノンタールと戦い、世界の輝きを守るのだ。

 魔法の香りを力に変えて、4人の少女は悪に立ち向かう。


「ケア・カモミール!」

「ケア・タンジェリン!」

「ケア・ジュニパー!」

「ケア・ラベンダー!」

「「「「魔法少女・パナケア!」」」」


 この1年の戦いで、すっかり板に付いた決めポーズ。最初はすこし恥ずかしかったが、今ではもう、これがないと気合いが乗らない。


「行くよ、みんな!」


 いつものように、檸檬=カモミールがみんなの先頭に立ってメノンタールと対峙する。魔法のアロマポット”ハートフルウォーマー”から発する真っ白いエナジーが、カモミールの手の中で巨大なキャンドルの形を取る。

 そのキャンドルを大上段に構え、カモミールは大ジャンプ。

 メノンタールの頭部に、それを振り下ろす。


<ベギャアアア!?>


 ボン!

 キャンドルから放たれた炎が、メノンタールの体を爆発させた。さすが、酒瓶はよく燃える。

 しかし、その炎はよけいにメノンタールを激昂させたようだ。メノンタールの胴体が、肉食動物の口のように大きく開く。

 そこから、濃厚な臭いを放つ霧が噴出した。


「カモミール!」


 叫んで飛び出したのは、タンジェリンだ。彼女が両手を掲げると、オレンジ色に輝く円盤の盾が出現して、メノンタールの攻撃を防ぐ。最初に出会った頃は奥手で、なかなかうまく戦えなかったタンジェリンだけれど、パナケアとしての戦いの中で確かな勇気を身につけ、今は守りの要だ。


「ありがと、タンジェリン!」

「にしても、すごい臭い……」

「悪臭をばらまいて、ボクらの魔力を相殺しようとしてるんだ」


 顔をしかめるジュニパー=花乃華の隣で、冷静なラベンダーが解説してくれる。パナケアの魔力はアロマの形を取り、気体状になって力を発揮する。それに対抗しようと言うのが、酒のメノンタールというわけだ。


「でも大丈夫!」


 ふっ、と、ラベンダーが唇から息を吐く。その吐息は紫色の魔力になって、一枚の布のように広がっていく。魔力の形状を自由に操作するのは、ラベンダーの得意技。

 気球のように、ラベンダーの魔力が空気をはらみ、そのままメノンタールを頭上から包み込んだ。


<ベベベベベベ……!>


 メノンタールが手足をばたばたさせて暴れるが、布はボコボコと飛び出したり凹んだりするばかりで、一向に破れない。


「今のうち!」


 ラベンダーの声に背中を押され、ジュニパーはカモミールといっしょに飛び出す。布で拘束されてひっくり返っているメノンタールめがけ、一気呵成に攻撃を仕掛ける。


「カモミール・フローラルスマッシュ!」

「ジュニパー・スパイラルコンビネーション!」


 ふたりの息のあった攻撃が、メノンタールを滅多うち。ががががががが、と、堅い瓶の砕ける音が布の奥から立て続けに鳴り響く。


「はあっ!」


 同時に放たれた一撃で、メノンタールは地面を数メートルほど削り取りつつ吹っ飛んでいく。

 魔力の布がほどけ、その下から現れたメノンタールは、砕けた酒瓶そのままにジグザグにひび割れている。コミカルにぐるぐると目を回して、すっかりノックアウト状態だ。


 ジュニパーは、カモミールと視線を合わせて、嬉しそうに笑う。

 たとえあれほど口論を交わしても、相容れないところがあっても、そしてジュニパーがダンジョンでの戦いで消耗していても、いざ戦いとなれば呼吸はぴったりだ。

 こういう瞬間の信頼が積み重なっているからこそ、本音でぶつかり合えるし、背中を預けて戦える。


「よし! 行くよ、みんな!」


 そしてカモミールの号令で、パナケアの心がひとつになる。


 4人が集まって、ひし形の陣形を取る。その中心に、ぽっ、と、太陽の色の光が生まれ、それは大きな蒸留器の形を取る。つやつやと赤銅色に照り輝く蒸留器の底から、4人の香りをいっしょにして集めたような、虹色の魔力の煙が立ち上る。


「「「「レインボー・アランビック!」」」」


 虹色の煙は、4人の少女たちを乗せて、遙か高い空へと導いていく。

 まるで宇宙にいるような高度から、彼女たちは、倒れたメノンタールを見下ろす。4人が祈るように手を合わせると、目が覚めるような彩りと香りをまとった魔力が、あふれ出してくる。

 パナケアは、両腕を広げる。彼女たちの手のひらから噴き出す魔力が、仲間のそれとつながり、ひとつの輪になる。魔力は環流し、回転し、無限の螺旋のエネルギー、生命のエネルギーを生み出す。4人の心に、命の喜びが満ちあふれる。

 感情が、魔法になる。ジュニパーの脳裏に、ふとそんな言葉がかすめた。


 次の瞬間、4人の魔法は、ひとつになる。


「「「「パナケア・エッセンシャル・ユグドラシル!!!!」」」」


 スカイダイビングのように回転しながら、魔力の環とともに4人はメノンタールめがけて落下していく。輝く4人の魔法少女の軌跡が、4重の色とりどりの螺旋を描き、巨大な柱を打ち立てる。

 そして、パナケアは、最後の審判を下す天使がごとく、地面に降り立つ。螺旋の柱は、竜巻のように回転し、メノンタールをその魔力の渦の中に飲み込む。


 光の柱は、輝く大樹となった。

 太い幹に生命力を満ちあふれさせ、瑞々しい葉を茂らせた世界樹の頂点に、ぱっ、と、大輪の花が咲いた。

 大樹の魔力が、メノンタールを浄化する。金色こんじきに染まり、笑顔になったメノンタールは、夜の街の大気へと拡散して消える。


 街角に、そして人々に、彩りが戻っていく。

 人々は目を覚まし、一様に困惑していた様子だったけれど、次第に正気を取り戻していく。そして、襲撃前の自分たちのことを思い出したみたいに、彼らは騒ぎ、はしゃぎ、歩き出す。街が喧噪を回復していく。


 その様子を見て、パナケアの4人は満足げに、変身を解いてその場を立ち去る。繁華街の喧噪を離れ、まだ明かりの灯る住宅街の隅っこにあったコンビニのイートインコーナーに、温かいカフェオレを持ち込んで、一息つく。

 会話を切り出したのは、爽子だった。


「び、びっくりしたよ……花乃華ちゃん。まさか、ほんとに、ダンジョンに?」


 彼女が自分から話しかけてくるのも、近頃は珍しくない。不安や、喜びや、いろんな感情を、彼女はどんどん口にできるようになっている。


「もう、隠しても仕方ないかな」


 そう言って、花乃華は爽子に肯定の答えを返す。


「何で……と訊いても、答えてくれないのかな」


 けだるげな声で、冷めた言葉をつぶやくのは美鈴だ。年上で、ちょっと男の子っぽくて、超然とした彼女は、あまり人を叱ったりしない。それは感情に乏しいのではなく、人を大人として認めてくれている証だと思う。そのぶん、他人に深く立ち入ってこない。


「まあ、理由はもういいよ。とにかく心配だけかけないで!」


 結局、檸檬はそこに妥協を見いだしたらしかった。リランの言いつけを破ったことについては、不問に付してくれるらしい。品行方正な檸檬にしては、かなりの譲歩だ。そういうところは、たぶん、檸檬の成長なのだろう。


「うん……それは、ごめん。みんな」

「でも、ダンジョンって、怖いんでしょう? 大丈夫なの?」

「メノンタールより怖くはないんじゃないかな」

「そう。それに、仲間もいるしね」


 花乃華は言って、ふと、ひいなを置き去りにしてしまったことを思い出した。戻ってお詫びした方がいいだろうか、と思ったが、まあ、向こうは大人だから大丈夫だろう。

 と、花乃華のスマホに着信。見れば、ひいなからメールが届いていた。メールなんて使っているのは、花乃華の知り合いの中でも母親とひいなだけだ。母の事務的な言葉とは違う文面が、メールの形で届くのは、すこし新鮮だった。


『パナケアの戦い見てたら、血が騒いで来ちゃった。私もあの黒いのと戦っていいかな?』


 花乃華は、苦笑して返信。


『絶対禁止。ひいなの魔法は街で使っちゃいけない奴だよ』


「何々、誰から?」


 檸檬が興味深げに食いついてくる。最近、彼女は、人の交友関係にも興味津々だ。ひょっとしたら、恋愛にでも目覚めたのかも。


「さっきの女の人。ほら、一緒にダンジョンに行ってる」

「ああ、魔法少女の?」

「え、わたしたち以外にも、ほんとに、魔法少女って、いるんだ」

「どんな人?」


 美鈴が、珍しくそんな質問をしてきた。花乃華はちょっと考えてから、答えた。


「ダメな大人だけど、面白いヒト」

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