第13話 どっちが出口? 困惑の変形ダンジョン!
ひいなと花乃華に第15階層の洗礼を浴びせたクリーチャーは”シークレットヘッドハンター”という名称らしい。壁に潜んで、というより壁と一体化して、標的が射程内に入ると口を開けて攻撃を放ってくる。
知らないまま、そして気づかないまま進めば一発で首を狩られていただろう。
「初見殺しだね」
花乃華の使った言葉が、ひいなにはぴんとこない。聞けば、アクションゲームとかで、知らなければ絶対にクリアできない類の仕掛けをそう呼ぶのだそうだ。
「でも逆に、分かってれば恐くない」
まっすぐ遠くまで伸びる通路は、今も何食わぬ顔で探索者を待ち受けている。しかし、壁の内側にはなにが潜んでいるか、知れたものではない。ほの暗い直線通路に、待ち伏せする肉食獣にも似た殺気が漂っているようにも感じられた。
その目に見えない気配に向けて、花乃華が構える。
「ジュニパー・エクストラストライド!」
だん、と重い一歩を踏み出した花乃華の体が、分裂した。
もうひとりの花乃華は、本体と同じ姿形をしていたが、その体は淡い緑の魔力の光に覆われている。その分身が、ダンジョンの通路を駆け抜けていく。
分身の気配に反応し、壁に同化していたシークレットヘッドハンターが口を開ける。
「そこっ!」
花乃華が叫ぶ。ひいなはとっさにエモーショナルスターロッドを振った。
「ストーキング・スターダスト!」
杖の先端のクリスタルから、星形の弾丸が放射状に撃ち出される。弾丸は空中で弧を描いて左右に枝分かれし、シークレットヘッドハンターの口のひとつひとつに正確に飛び込んでいった。
悲鳴すら上げる間もなく、壁の口はつかのま煙を吐いて、力つきたように閉じる。
「今のうち、走るよ!」
「うん!」
花乃華が走り出し、ひいなも後に続く。ふたりを先導するのは、花乃華の分身だ。
分身が通路の罠を察知し、それを花乃華とひいなが撃退する。そんな調子で、ふたりは駆け抜けていく。
「その分身、便利だねぇ」
「ほんとは敵を挟み撃ちにする技なんだけど。こんな風に使えるなんてね」
3メートルほど先を走る自分の分身の背中を眺めて、花乃華が目を細める。「何でも発見だな……」と、彼女は小声でつぶやく。
そんな花乃華の魔法少女らしいポジティブさを見るにつけ、ひいなも心に温かいものを感じる。こういう前向きさこそが、魔法の力の源泉だったりする。
それこそ、無限の直線を臆さず走り抜ける、みたいな強さだ。
「にしても、これずいぶん長いね、どこまで……」
ひいながつぶやいた直後。
どすん、と、前方で鈍い音がして、急に視界が暗くなる。
さっきまで先を走っていた花乃華の分身が、両側からせり出した壁に阻まれて立ち往生していた。
ふたりは同時に足を止める。花乃華の分身がぱっと消えて、あたりは急に静かになる。
眼前に立ちふさがった動く壁を、花乃華とひいなは油断なく見据える。またいつ動き出して、こちらに牙をむくか分からない。
壁は、まるで最初から行き止まりだったかのごとく、ぴったりとくっついたまま微動だにしない。気まぐれに転がって、気まぐれに動きを止める、人里離れた孤島の巨大生物と言った趣だ。
「……刺激してみる?」
ひいながロッドを振って言ってみるが、花乃華はいい顔をしない。
「手を出したら、よけいに反撃されるだけかも」
「でも、このままじゃ」
逆戻りするしかない。
そう言い掛けたその時、ふたりの背後から低い音がする。
振り向けば、ふたりの背後、通路の壁が両側からせり出してきていた。ひいなたちの来た道が、閉ざされようとしている。
「閉じこめる気!?」
「急ぐよ!」
ひいなの悲鳴の直後、花乃華は叫んで駆けだしていた。駿足で一気に壁と壁の隙間を駆け抜けて、その向こうからひいなを呼ぶ。
「速く!」
「分かってるって!」
ひいなも走るが、彼女の素の脚力は花乃華よりずっと遅い。ばたばたと、生まれたての子鹿のようなへろへろのフォームで、数メートル先の壁の隙間を目指す。
張り出してきた両側の壁が、ひいなの行く手を阻む。
「ひいなっ!」
花乃華が手を伸ばしてくる。ひいなはヘッドスライディング並の勢いで、その手にしがみついた。
「たっ!」
一声発し、花乃華が巴投げの要領でひいなを壁の奥に引っ張り込んだ。「ひゃあっ」と、ひいなは空中に投げ飛ばされ、そのままくるくると回転。
このままだと背中から落っこちそうだ、と直感した。
「ホップ!」
一声上げてロッドを振ると、一瞬だけ発せられた魔力が落下直前のひいなを支える。サッカーボールみたいにバウンドして、空中で後ろにでんぐり返ったひいなは、両足でどうにか着地。
「おお……」
思わず驚愕の声を上げるひいなを、花乃華が首をかしげて見つめている。
「そんなに感動するとこ?」
「いや、今のは我ながらジャストタイミングだった。あんなうまく着地したの、それこそ10年ぶりだもん」
「あのくらい、受け身取れてふつうじゃない? 変身してるんだし」
「3メートルは飛ばされたよ? 受け身取れるわけないでしょ。花乃華ちゃんと違って、変身してもそんなに身体能力上がらないの」
ひいなの抗弁に、花乃華は「何のための変身なんだか」とあきれたつぶやき。魔法使うために決まってる、と突っ込みたかったが、やめておいた。
それより、ひいなは今の自分の反応に我ながら感心している。
「でも、これは調子いい証だなぁ。体がいつになくキレてる気がする。今ならバンバン動けそう」
「ほんとに?」
「任せて。先輩魔法少女にどんどこ頼っちゃいなさい」
ひいなは胸を張る。しかし花乃華はやっぱり「不安しかない」とこぼす。独り言が多いのは、どうやら花乃華の癖らしい。
「何がそんなに心配かなぁ?」
「調子に乗ってるときは失敗するとき、って相場が決まってる」
「クールだなぁ。調子に乗ってるうちにがんがん進んどかないと後で悔やむことになるよ。さ、行こ!」
びしっ、とロッドを構えて、海賊船のリーダーのごとく指示するひいな。しかし、花乃華の声は冷たい。
「どこへ?」
「え?」
言われて、気づく。
真っ直ぐな通路だったはずの場所は、今は、四方を壁に囲まれている。見上げても、10メートルはあろうかという天井のてっぺんまで、壁に塞がれてしまっていた。
袋小路どころか、完全な密室だ。
花乃華はひいなの横で、眉をひそめる。
「通路が全部、こんな感じで小部屋にされちゃったみたいね」
ひいなの脳裏に、昔見た映画のワンシーンが思い浮かぶ。外敵の進入を阻止するために、通路の緊急用シャッターが立て続けに降りてくる場面。あの、シャッターで閉ざされた区画のひとつに閉じこめられた、ということらしい。
「そんなぁ。何のためにわざわざ狭い壁を通り抜けたわけ?」
「それより、ダンジョンの壁がこんなに動きまくることを心配しようよ。帰り道が塞がれちゃったし、ゲートに戻れないでしょ?」
「あ、そうか」
ここにくるまでは一本道で、その行く手も帰り道も壁で封鎖されてしまったわけだ。にっちもさっちも行かない、とはまさにこの状態。
小部屋に、花乃華のため息が派手に響きわたる。
「そういうのを早めに察するのが、先輩の存在意義なんじゃないの? 経験値、ちゃんと活かしてる?」
「うぅ、面目ございません」
うなだれるひいなに、花乃華はさらなるお説教を重ねようとしていたようだった。
しかし、花乃華の声より先に、別の声。
<お入りなさい 薄かげの道の その果てへ>
<暗いより暗い 色なき心地を たずさえて>
下の階層のクリーチャーの唄とは、少し趣の違う旋律の響きだった。童謡のようでもあり、あるいは、お経にも似ていた。
そして、唄とともに、鈍く重い音を発して壁が動く。ふたりの右側に位置していた、まっさらだった壁の一角に裂け目が生じ、その向こうに細い通路が続いているのが見える。
あちらが閉じれば、こちらが開く。まるで生物の呼吸のように、ダンジョンが脈動している。そんなふうに、ひいなは感じた。
「行ってみる?」
「他に手はないでしょう」
ふたりの意見は、確かめるまでもなく一致した。
たとえ罠でも、飛び込んでみなくては先はない。それに、ふたりの魔法があれば、たいていのことは乗り越えられるはずだった。
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