第12話 いざ行け、第15階層へ!
次の週の土曜日も、ひいなと花乃華は一緒にダンジョンに挑むことにした。
最寄り駅の改札前で待ち合わせ、とりとめない話をしながらダンジョンに向かう。週末のダンジョン横町は探索者たちで賑わっていて、ひいなと花乃華もその中に埋没していた。
けれど、かすかに届く人々の雑談の端々に、”魔法”とか”少女”とかの言葉が聞こえるたび、ひいなは敏感になってしまう。先週、ダンジョンの床をぶち抜いて一気に上層へ駆け抜けていったコスプレ女子たちのことは、探索者の間ではホットな話題らしい。
「変身、バレないようにしないとねぇ」
小声で花乃華に話しかけると、彼女はあきれた顔でひいなを見た。
「当たり前。そんなの慣れてるでしょ」
「そうだけど、こう、久々だし」
「街の噂になるくらいで今さら浮かれてるの? 魔法少女さん」
「だから現役じゃないんだってば。それに浮かれてるわけでも……」
「顔、笑ってるよ」
「そう?」
言われて、自分の顔に手を当てるひいな。たしかに、心なしか唇の端が浮いて、目尻も柔らかい。顔が自然に、笑みの形になっている。
あまり自覚はないけれど、ひょっとしたら、気分が高ぶっているのかもしれない。
「あんまり調子乗らないでよね、足下すくわれるよ」
「花乃華ちゃんが落ち着いてるし、大丈夫」
「年下にそういうの頼らないでよ」
幸い、普段着のひいなたちを魔法少女だと見破られることはなかった。
入り口ロビーで、「管理人」こと管理妖精マクリーにあいさつする。今は人間姿のマクリーは、半ば顔パスに近い単純な手続きでふたりを通してくれた。
「次は15階層だね。他の層とは毛色が異なるから、歯ごたえがあるよ」
「ふうん」
マクリーの言葉も軽く聞き流し、ふたりは、うっすらと光るゲートを通過してダンジョンへと乗り込んでいく。
第15階層に降りたったひいなが、最初に気づいたのは、階層全体を覆うかすかな重低音だった。足下、壁、そして天井、あらゆるダンジョンの構成要素が微妙に震動しているかのようにも感じられる。古いビルのエレベーターに似ているな、と思った。
音の出所を探してひいながきょろきょろしている間に、花乃華は準備をすませていた。
「ケア・ジュニパー!」
変身して、ポーズを決める花乃華。私服のスマートな装いもいいけれど、華やかなフリルとリボンをまとった魔法少女の衣装も、端整な顔立ちとほっそりした体格を絶妙に飾って、彼女の美貌を強調している。
「いいなぁ、美少女は。何着ても様になるよね」
「何、藪から棒に」
言いながら、花乃華はちょっと目を泳がせる。賞賛の言葉をうまく受け止められずに、戸惑っているみたいだった。
「んー、やっぱり10代の女の子はいいなぁ、って」
「おっさんみたいなこと言ってないで。ほら、ひいなも変身」
「はぁい」
言われるままに、ひいなも変身する。
「エティカル・ひいな、チカッと参上!」
せっかくなので、決め台詞とポーズ。先週以来の魔法少女の衣装は、まだちょっと落ち着かないところはあるし、サイズも微妙だけれど、だいぶ慣れてきた。
はだけた胸の前を一生懸命に合わせつつ、カラフルな衣装を身にまとった自分を、改めて見下ろす。
「……こうしてみると、私も、まだまだいけるかなぁ?」
「ひいなくらいの年なら、老け込むことないんだよ。調子に乗られると困るけど、自信はあっていいんじゃない?」
「そっちこそ年寄りみたい」
花乃華の老成した台詞に苦笑しつつ、ひいなは改めて視線をダンジョン内に向ける。
「こっちに行けばいいのかな」
ふたりの前方に伸びる通路は、どうやら一直線のようだ。奥の方は明かりが届かなくて様子がうかがえないが、特に複雑な構造ではなさそうだ。
そして、気になるのは、敵の存在、というより不在だ。あの、真黯城のクリーチャーが放つ独特の歌声が、まったく聞こえてこない。
「敵はどこにいるんだろうね」
「ゲート周辺は、基本的にクリーチャーは少ないよ……とはいえ、こんなに何もいないのは珍しいかも」
「他の探索者もいないしねぇ」
一般的な探索者なら、第5階層くらいで満足してお小遣い稼ぎに精を出すらしい。第10階層を越えるとなれば、それなりに腕に自信があるか、本気で一攫千金を狙っている人々だ、という話だ。
「人がいないのは助かるけどね。身バレの心配もないし」
「変身してるんだから心配はないでしょ?」
「万が一、ってこともあるじゃん」
いかに魔法少女といえど、魔力が切れたら変身は解けてしまう。変身しているかぎり正体がバレる心配はないが、もしも人前で変身の解けるところを見られてしまったら、ちょっと困る。
この年で魔法少女やってるなんて職場の人々に知られたら、退職して逃げるしかない。とはいえ、どこまで逃げてもSNS越しに身元を暴露されるこの時代、もはや俗世と隔絶した世界に隠居することしかできないかもしれない。
「隠れ住むなら山奥か、港町かなぁ……」
勝手な妄想に浸っていたひいなの背中を、花乃華がバシンと叩いた。
「ほら、行くよ」
「はーい」
うなずきあって、ふたりは並んでダンジョンの通路へと歩み出る。
とはいえ、しばらくは何もない通路が真っ直ぐ続いているだけだ。
気を抜くつもりで、ひいなは花乃華に話しかける。
「花乃華ちゃん、2週も続けて夜中にダンジョン探索とか大丈夫だったの?」
「ひいなと違ってちゃんと疲れは取れてるから。平気」
「私だって疲れなんて残ってないよ、絶好調!」
ひいなは自慢げに自分の二の腕を叩いてみせる。実際、今日は調子がいい。久しぶりの変身もやっと体になじんできて、魔法の使い方を体が思い出してきているように感じられる。衣装に慣れてきたように思えるのも、そのせいかも。
「私の心配より、花乃華のことだよ。自分の戦いの方は平気なの?」
花乃華は現役の魔法少女で、敵との戦いも佳境に近いらしい。ダンジョン攻略している余裕なんてないのでは、とひいなは花乃華の身を案じてしまう。
しかし、そんな懸念も、花乃華は気にしていない様子だ。
「今週は何もなかった。毎週律儀に攻撃してくるような敵でもないし」
「ならいいけど。無理な時がきたらちゃんと言ってね」
「自分の調子くらい弁えてるよ。まったく、みんな心配性……」
花乃華の言葉がとぎれる。ひいなも、反射的に足を止めた。
ダンジョンの空気が変わっている。さっきまで、まるきり感じなかった敵の気配が、辺り一帯に充満している。
しかし、敵の姿はどこにも見えない。代わり映えしない通路がふたりの前後に延々と続くばかり……
嫌な予感。
「ひいな!」
花乃華が叫ぶ。
その瞬間には、ひいなは予感に突き動かされて、その場を飛び退いていた。
何かが通路を右から左に突き抜けた。
一瞬前までひいなの頭があった空間を、真っ黒い物体が通過していったのが、かろうじて確認できた。あのまま歩いていたら、直撃を食らっていたかもしれない。
「クリーチャー?」
ひいなのつぶやきに答えるように、声。右から。
<こっちの水は 甘くて苦い>
左から。
<一口すすりゃ 腑がズラリ>
また右。
<欲に釣られて さぁお行きましょ >
そして左。
<ほら括られて ソッ首がチョン!>
声と同時に、ふたたび黒い物体が、今度は左から右に突き抜けていく。一瞬だけ見えたその形状は、どうやら、平たい三日月型の刃のようだった。
見れば、左右の壁に、ぽっかりと四角い穴が開いている。黒い何かは、左右の壁の穴を往復しているらしかった。
「なるほど、罠ね」
油断した探索者の首を一発で刈り取る、危険な罠だ。ひいなは内心、ひやっとしたものを感じる。
「けど、罠なんて見えちゃえばどうってことない」
花乃華はつぶやき、ぽっかり穴の開いた壁をにらむ。
と、ひとつだけだった壁の穴が、一気に増殖する。ふたつ、よっつ、10、20、とにかくたくさん。
<さあご招待>
<お首を頂戴>
壁の穴から一斉に発した声が、不協和音となってひいなたちの耳をつんざく。
そして、左右の壁から射出される無数の刃。
その瞬間には、もうふたりの役割分担ができあがっている。
花乃華が右、ひいなが左。
「ジュニパー・インフィニットスマッシュ!」
「テリブル・タブレット!」
花乃華の繰り出す連撃は、放たれた刃の腹を打ち抜き、そのまま射出点へと弾き返す。
ひいなが展開した魔力の盾は、刃の勢いを反転させて、やはり元の場所へと押し戻す。
<ギュギュギュ!>
自分の放った刃を飲み込んだ壁の穴が、嘔吐にも似た悲鳴を上げた。
無数に開いていた穴から、どろりと暗い色の液体が流れ出る。それは空気に触れて固まり、お祭りの夜の水飴のように不規則な形状で硬化した。
「これも『素材』かな」
「何か気持ち悪い……」
いいつつも、ふたりは「素材」を回収する。作業の合間に、ひいなは壁を見据える。
「つまり、罠が満載……ていうか、罠状のクリーチャーが潜んでる階層ってことか」
マクリーが言っていた「毛色が違う」とは、そういうことらしい。
見えない敵が、ダンジョンの通路全体に潜んで、探索者たちを待ち受けている。ここは、そういう階層らしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます