第10話 管理人の正体は妖精!?
第14階層を攻略したひいなと花乃華は、それを区切りに、今日のダンジョン攻略を切り上げることにした。解体姫との一戦で消耗しきったふたりは、さすがにこれより上の階層に進むのは無謀だと判断したのだった。
「夜も遅いしね。花乃華ちゃん、大丈夫? おうちの人は心配しない?」
通路を歩きながら、ひいなは訊ねる。
魔法少女をやっていると、トラブルは昼夜を問わずやってくる。無断外出や外泊なんて事態は珍しくないから、ひいなもかつては親をひどく心配させたし、言い訳を考え出したり友達と口裏を合わせたり、いろいろ面倒を背負い込んだものだった。
肩をすくめて、花乃華は小声でつぶやく。
「平気」
「……そ」
ひいなは、それ以上は踏み込まない。花乃華には、花乃華なりの事情があるのだろう。
ふたりが進んでいるのは、やってきたのとは別のルートだ。第14階層に到達する際には、魔法で床に大穴を開けてしまった。そこを通ればすぐに第1階層に戻れるが、それだと結局、第1階層に入って出てきたのと変わらない。
第14階層まで到達した、という確認のために、正規の出口を使って帰る必要があった。
「あった、ここだ」
花乃華が前方を指さす。ダンジョンの床から天井まで届く、光の柱だ。淡くぼんやりした光が、刻々と色を変えながら、柱の周りをたゆたっているように見える。
ダンジョンと外をつなぐゲートだ。探索者たちはここから各階層に出入りする。本来なら、下の階層で一定の戦果を挙げることで、上の階層に進む資格を得られるのだが、ひいなたちは特殊な事例だ。
はたしてちゃんとゲートを使えるのかどうか、ひいなはちょっと心配だった。
「まあ、とりあえず行ってみよう」
花乃華はあっさりと言って、ゲートの中に消えていく。
「あ、待って待って」
ひいなも、小走りに彼女の背中を追いかけた。
ふわっと足下が浮くような感覚。
そして、ふたりは地上にいた。
そこは、映画館のロビーのような空間だった。ゲートの周りには探索者たちがうろうろしていて、装備の具合を確かめたり、素材袋をのぞきこんで収穫を確かめたりしている。
隅っこにはビラを配布するラックが設置されている。ビラの中身は、パーティメンバーの募集とか、素材の取引とかだ。こんなのネットででもすればいいと思うのだが、紙媒体で勧誘するのが風情だ、という人もいるらしい。
「お疲れさま」
カウンターから「管理人」が声をかけてきた。無個性でのっぺりした顔の若い男が、こちらに微笑を向けてくる。
「そこのおふたり、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
言って、「管理人」はふたりをカウンターの奥、「OFFICE」と書かれたドアの向こうに誘う。
ひいなは一瞬、花乃華と視線を交わす。
「どうしよ」
「断ったらよけい面倒になるよ」
それもそうだ。「管理人」は、ダンジョンに挑む探索者に関するあらゆる業務を行う、まさにダンジョンのマスターだ。武器や防具の提供、素材の換金、探索者同士の交流の補助、ついでに不届きものの始末まで、何でもしてくれる。
「管理人」が言いたいことがあるなら、無視できない。ひいなたちには、無茶な手段で第14階層まで行ってしまった負い目がある。
ひいなたちは、周囲の探索者から好奇の視線を浴びながら「管理人」の後に付いていく。背中に集中する視線をむずがゆく感じながら、ひいなははっと気づく。
(そういや、まだ魔法少女衣装のまんまだった……そりゃ目立つわなぁ)
ひいなと花乃華は、こぎれいな事務室に通された。「管理人」に促されるまま、ソファに腰を下ろすと、手ずからお茶を出してもらえた。温かいほうじ茶だ。ひいなも花乃華も、口はつけない。
ふたりの向かいに「管理人」が腰を下ろした。変わらない微笑のまま、言う。
「ずいぶん豪快な手段で攻略したようだね、魔法少女さんたち」
「管理人」は、ひいなたちを「魔法少女」と呼んだ。
ひいなは一瞬、反応に迷う。
花乃華は即座に、答えを返した。
「やっぱり。早く正体を見せたら?」
「正体?」
ひいなは首をかしげて問う。花乃華は肩をすくめて言った。
「魔力の気配がする。『管理人』、魔法に関わりのある存在よ」
「あ、そうなの?」
「なるほど。パナケアはそういう感覚に鋭いんだね。なら、この姿でいても仕方がない。慣れた姿に戻らせてもらうよ」
「管理人」がそう言うと、ぽん、と彼の周りから白い煙が立ち上る。
その煙が晴れた後、ソファに座っていたのは、真っ白い毛皮をまとった小動物だった。耳はウサギのように縦に長くて、頭は横長の楕円、目はつぶらで赤い。
この手の動物には、ひいなも馴染みがある。魔法少女につきものの、おつきの妖精とか、その手のやつだ。
「ボクはマクリー。かつて魔法少女『ファニー・ライム』と一緒に戦った妖精だよ。今は、この
そう言って、ちょこん、と頭を下げてみせる妖精、マクリー。
その仕草、態度、声音から、ひいなは判断した。
「
「よく言われる。ボク自身はきわめて誠実に、信頼されるように心がけているんだけどね。残念だよ」
表情を変えずに、こちらをまっすぐ見つめたまま、感情の乏しい口調で言うのである。
そういうとこだぞ、とひいなは言いたかったが、それでどうこうなるものでもないので黙っていた。態度をころりと変えようが、同じ態度で通そうが、胡散臭いことには変わりない。
「ともかく、君たちを呼んだのは他でもない。君たちがダンジョン内で行使した、魔法の件だ」
「やっぱまずかった?」
「いや。ルールに抵触しているわけではないから」
ひいなの問いに、マクリーは意外な答えを返してきた。
「ダンジョンの外から、武器の類を持ち込むことは制限していない。そもそもダンジョン内のクリーチャーに通常の攻撃は通じないからね。ボクが配布する魔法武器によって戦闘し、外には魔法武器は持ち出さない。そのルールによってうまくダンジョン攻略の仕組みは回っていた。もともと魔法を使える人間がダンジョン攻略に関わる、という事態は初めてのことだ」
「魔法少女がダンジョン攻略に関わることは想定していなかった? 自分だって魔法少女のパートナーだったのに」
花乃華が言うと、マクリーは首を振った。
「パナケア。佳境に入ったメノンタールとの戦いをさしおいて、キミたちがダンジョン攻略に関わるとは思わなかったよ。そんなことに関わっている暇があれば、メノンタールとの戦いに力を注ぐものだろうと予想していたんだけどね」
「よく調べてるのね」
「こういう情報はよく耳に入ってくるのさ」
しれっとマクリーは言って、長い耳を前後にぱたぱたと揺らす。
「まあ、パナケアのことも多少は驚いたさ。でも想定の範囲内ではあるし、排除するつもりはない。ただ、エティカル・ひいな……キミについては、いくぶん想定を越えている」
「私?」
「真黯城の階層の境界については、ボクもあらかじめ調査している。これを突破するためのエネルギーは、たとえ魔法少女が束になってかかっても、容易には生み出せない計算だった」
マクリーの真っ赤な瞳が、ひいなをじっと見据えた。
「キミのエモーショナルスターロッドの、野放図なエネルギー。この10年というもの、ずっと保持していたということだよね。ダンジョン云々ではなく、魔法少女のパートナーたる妖精のひとりとして、それは驚くべき事態だ」
「そんなもんかな」
ひいなは首をひねる。確かに、ひいなの魔法は、花乃華も驚かせるくらいのパワーであるらしい。しかし彼女にとって、それはずっと抱えてきた力だし、コントロールできないわけでもない。それに、この魔法の力は人間に危害を加えられない。ただ、感情を変化させるだけだ。
ダンジョンの攻略には役に立つ力だが、他にどうこうできるわけでもない。ひいなは、自分の力を、そんなに深刻にはとらえていなかった。
「キミは、自分が思っているより、ずっと危険な存在だよ。肝に銘じておいてくれたまえ」
「んー。わかった」
マクリーの警告らしき言葉にも、生返事だ。なにしろマクリーの声は抑揚に乏しくて、いまひとつリアリティがない。それに、こういう怪しい相手の言葉は、素直に耳を傾けない方がいい、というのがひいなの経験則だ。
芳しくないひいなの反応にも、マクリーは表情を変えなかった。というか、表情の変化が見えなかった。
「……キミたちのダンジョン攻略を規制するつもりはないよ。キミたちも、魔法少女だ。わきまえてくれると信じているしね」
「当たり前よ」
「素材は換金するし、報酬はきちんと渡す。ケア・ジュニパーは、いつもの口座でいいんだね?」
「うん」
「いつもの?」
首をひねるひいな。
「あんまり多額の現金を持ち歩けない人のために、ダンジョンでの稼ぎを預ける口座を『管理人』が作ってくれているの」
「エティカル・ひいなも口座を作っておくかい? 投信もやっているから、いくらかでも信託してくれれば、定期よりずっと利回りも良いよ」
そう言って、マクリーが分厚い書類を出してくる。ひいなはあわてて首を横に振った。
「いいよ今はそんなの」
この疲れているときに、めんどくさい書類と向き合ってなんかいられない。投資商品の善し悪しなんて、ひいなにはわからないし、迂闊に近寄らないのが身のためだ。
「それなら……今日の報酬は、これくらいだね」
マクリーはテーブルの上のタブレットで数字をはじき出す。その金額に、ひいなは目をむいた。
なるほど、こんなに稼げるなら、探索が流行するのも納得がいく。
大半は自分の口座に振り込んでもらい、週末遊ぶ程度の金額を現金でもらって、ひいなと花乃華はダンジョンを後にした。
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