第8話 思い重ねて戦え、魔法少女!
花乃華の拳を食らって、のけぞる解体姫。
やった、と一瞬思ってしまうひいなだったが、口には出さない。こういう期待は、言葉にすると裏切られる。
「まだ!」
花乃華の叱咤。もちろん、言われるまでもなくひいなも警戒は解いていない。
そして気づく。
解体姫の頭部を直撃したかと思われた花乃華の拳だが、寸前で、姫の長い黒髪によって阻まれていた。それ自体が一個の生き物であるかのように、黒髪は持ち主の頭部をかばって、顔の前で交差している。花乃華の一撃が打ち貫いたのは、その分厚い黒髪の一房にすぎない。
平安時代の姫君は生まれてからずっと髪を切らないと言うが、この怪物の髪はどれほどの長い間、伸び続けていたのだろう。そもそもこいつらはどこから来るのだろう?
ぎゅるん、と黒髪が、蛇のように頭をもたげて花乃華の周囲を覆う。
彼女にからみつき、締め上げようとでもいうのか。
「花乃華!」
花乃華は空中で姿勢を変え、頭上に迫った黒髪の一房に蹴りを入れる。その反動で下へと跳んで着地した花乃華は、もう一度床を蹴って後退、敵から距離をとる。
と、そこへ取り巻きのおとめが襲来。
花乃華は視線を巡らせ、ふっ、と息を吐く。
「ジュニパー・スティームストリーム!」
床に手を突いて、両脚で蹴りを繰り出し、迫り来る敵を次から次になぎ払う。熟練の格闘家のような、派手でありながら洗練された動き。
見とれている暇はない。ひいなは杖を構える。花乃華の戦いに応えなければ。
解体姫の黒髪が、いっせいに逆立つ。漆黒の髪の房の隙間から、ずるりと無数の鉤針がこぼれ落ちる。ひとつひとつがクレーンの鉤ほどもあるそれは、人ひとりなどあっけなく引き裂いてバラバラにする。
その巨大な殺意が、花乃華めがけて降り注ぐ。
「花乃華っ!」
彼女だけを前線で戦わせるわけにはいかない。
とっさに思ったひいなは、床を蹴った。杖から生えた羽が、彼女を加速させる。
そしてひいなは、杖を鉄槌のごとく振るう。目標は、花乃華の頭上に落ちてくる黒い鉤針。
「食らえぇっ!」
技名もなにもない、強引な一撃が、鉤針を解体姫の懐めがけて吹っ飛ばす。十二単の襟元のあたりに引っかかった鉤針が、ずるり、と彼女の衣をわずかだけはだけさせる。おおお、と、姫が叫ぶ。
花乃華がこちらを見上げ、一瞬、目を見張る。
ひいなの頭上には、なおも鉤針の黒い影。
このダンジョンにおける戦闘の被害がどこまで保証されるのか、生きて帰れば回復できるのか、治療費は出ても後遺症が残りかねないのか、あるいは、死ねばそれまでなのか。
脳裏に浮かぶ様々な思考が、瞬間、黒く塗りつぶされる。
危機感が、魔法を発動する。
「テリブル・タブレット!」
ひいなは、頭上へ杖を振りかざす。クリスタルの先端から、青く輝く光の盾が発生した。
盾は鉤針をことごとくはじき、周囲にひしめくおとめどもへと落ちていく。鉤針にひっかけられたクリーチャーの体は、継ぎ接ぎらしく各所でひび割れて砕ける。まがい物の腕や脚、頭部が転がり、悲鳴がこだまする。
「ひいな!」
足下から花乃華の悲鳴。
はっ、と正面に向き直る。
真っ白く塗りつぶされた解体姫の顔の真ん中が、ぱくり、と開く。
血の深紅に彩られた牙と口蓋の奥から、ぞろりと、虫の脚にも似た幾本もの金属のメスとハサミとドリル。ぎらぎらと光を反射する手術道具が、ひいなを文字通り解体すべく襲いかかってくる。
眼前に、鋭利な金属の切っ先が迫る。
やばい、と直感が叫ぶ。
呪文を唱えようと口を開きかけた矢先、ぐっ、と足首を引っ張られた。
「痛っ!」
靴ズレが痛んで思わず悲鳴を上げるひいな。
「我慢!」
叫んだ花乃華は、ひいなの足首をつかんだまま、空中でターン。
周囲にいたおとめからくりの一体を蹴り飛ばし、その反動で床へと跳び、そこからさらに地を蹴って、おとめと解体姫の囲いを脱出する。
足首を軸にして、ひいなの体は上下左右にぶんぶん振り回される。
「ちょちょちょちょ、回る回る回る、やばやばあぎゃっ!」
舌を噛んだ。
その間に、敵から距離を置いた花乃華は、ひいなをその場におろす。息つく暇もなく花乃華は、顔をしかめるひいなに向けてお説教。
「あんな時にわあわあ喋ってたら危ないでしょ」
「ううう、だってぇ」
「泣き言はいい。それより、どうして前に出てきちゃったの」
「花乃華ちゃんが危ないと思ったから」
直球で口にする。ああいうときは、他のことなんて考えてる暇はない。
花乃華はぶすっとふてくされたような顔になった。そのほっぺたが、ちょっと赤い。
「分業、これからはちゃんと考えるから。無理しないで」
「気をつけるよ」
10年前、魔法少女をやっていたときは、ひいなは基本的に単独で戦ってきた。だから、守らなくちゃいけない人を見れば、自分で守ろうとした。助けなくちゃいけないときには、とにかく自分の力で何とかしようとしながら戦ってきた。
ひとりで戦うこと、孤独に戦うことが、彼女にとっては当たり前のことだった。
でも、いまは花乃華と一緒に戦っている。
チームで戦い、役割分担に慣れている彼女は、人に背中を預けることもいとわないし、人と連携して助け合うことも自然にこなせるはずだ。
ひいなが彼女を助けるなんて、おこがましい。
むしろ、花乃華の直感に、ひいながついていく方だ。
「っと、危ない! テリブル・タブレット!」
押し寄せてくるおとめからくりに対し、ひいなはすかさず立ち上がって、杖をかざして盾を張る。一瞬、脚に痛みが走る。
「あいたた、まだちょっと痛むな……」
「ブランクあるんだから、無茶しちゃダメだよ。年寄りの冷や水」
花乃華の揶揄に、ひいなは頭に血が上る。
「失敬な! まだ四捨五入すればギリ
「そうやって年齢を引き算したがるのが年寄りっぽい」
「ぐぬぬ、痛いところを!」
「わたしだって早く、四捨五入して二十歳になりたいよ。あと2年も先だけど」
「10代だからって余裕見せつけて~!」
言い合って、にらみ合って、つかのま、笑みを交わしあう。
本気ではなく、じゃれ合うような言葉の応酬が、ふたりの心を高ぶらせる。
盾も限度だ。おとめからくりが突きつけてきたチェーンソーが、魔法の盾にひびを入れる。ひいなと花乃華は視線を交わし、うなずく。
「でも、どうする? あれ、固いよ」
解体姫は、口からまだ手術道具をがちゃがちゃと吐き出しながら、次の攻撃に向けて力を蓄えているようだった。さっきの花乃華の一撃を受け止めた黒髪は、今はもう傷ひとつない様子で、濡れ羽色の輝きで辺りを威圧している。
おそらく、あの十二単も同じくらいの強度だろう。単調な攻撃、半端な手数では、あれは破れそうもない。
「ひいなの援護がいる。さっきの大技、使える?」
「うーん……」
ハッピィ・ラッキィ・トルネードを使うには、ひいなの感情の高ぶりが足りない。あれほどの感情を引きずり出すには、それなりのきっかけが必要だ。魔法少女としての変身とか、それに匹敵する喜び……
ひいなは神妙な目つきで、花乃華を見つめた。
「じゃあ、花乃華ちゃん。ぎゅっ、てさせて」
「はあ?」
「花乃華ちゃんの温もりとか感じられたら、私、きっとすごい魔法の力が使えそうな気がするなぁ」
「な、何言ってんの。会ったばかりの大人の女に、抱きしめられるなんて、そんなの、事案よ、事案」
さすがの花乃華も、顔を真っ赤にして慌てふためいている。白くて無表情な彼女の顔が、真っ赤に熱を帯びて乱れているのは、それだけで眼福というものだ。だけど、それだけじゃ足りない。
花乃華の体温、花乃華の存在感が、きっとひいなに力をくれるはず。
それに、人を抱きしめるなんて、ここ数年絶えてなかったことだ。大人になると、そんな機会は、よほど強く望まないと訪れない。
まったく冗談抜きの目つきで、ひいなは花乃華と向き合う。
花乃華は、観念したように、うなずいた。
「一瞬だけよ」
そう言って、花乃華がひいなに歩み寄る。それに応じるように、ひいなも両腕を広げる。
彼女たちの頭上では、魔法の盾が攻撃を受けてぎしぎしとひび割れ、今にも壊れてしまいそうだ。そんななかで、歩を進め、身を寄せ合うふたりは、戦火の下で互いの思いを確かめ合う恋人のようであった。
花乃華の体が、ひいなの懐に、そっと近づく。彼女の方から、両腕をひいなの背中に回してきた。
見た目よりもずっと、花乃華の体つきは細くて硬い。決して弱くはないはずなのに、その感触が何かとても危うく感じられたのは、その肉付きの薄い体が熱を蓄えていられないせいなのかもしれなかった。
魔法少女の華やかな衣装の下で、冷たい肋骨を覆う薄い肌が、緊張して縮んでいるのが分かる。
守ってあげたい、という感情が、自然と湧いてくる。
おこがましいかもしれないけれど、それは、小さくて愛おしいものを目の前にした、人の自然な感情のような気がした。
「ぃよっし、テンション上がってきた!」
「大声出さないでよ、恥ずかしい」
花乃華が声を震わせて、ひいなの腕の中から逃れる。花乃華の顔はまだ真っ赤だ。
ひいなの視線から逃げるように、花乃華は襲撃してくるおとめからくりと、その奥にいる解体姫へときびすを返した。
その、しゃっきりと立つ背中を見つめて、ひいなはふたたびエモーショナルスターロッドを握りしめた。
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