第7話 強敵は狂気のお姫様!

 第14階層、通路の奥に目をやりながら、ひいなは目を細める。


「けっこう奥まで来ちゃった感じかなぁ?」

「みたいね」


 ピンチに陥っていた探索者を助けるために駆けつけ、首尾良く目的を果たせたのはよかった。しかし、ひいなと花乃華はふたり、そこそこ危険な第14階層のかなり奥まった領域までやってきてしまったことになる。


 あたりには、探索者も、クリーチャーもいない。どこかで、ぴちゃん、と水音がする。さっきのブラッドフッドが持っていたナイフの血の色を思い浮かべ、ひいなは一瞬、背筋に悪寒を覚える。まさか探索者の死体が吊されているとかでもあるまいが……

 それにしても静かだ。

 第1階層でキングキューブと戦ったあたりも、こんな、異様に静かな雰囲気だった。


「こういう場所は、強敵が近いんだよ。ボスの塒とか」

「……どうする?」


 ひいなは軽くひざを曲げ、首をかしげるようにして花乃華に問いかける。行くか、戻るか。今なら決断できる。


「ひいなこそどうしたい? 足、大丈夫?」

「ただの靴ズレだってば」


 右足のつま先を床につけて、準備運動みたいに左右にひねる。かかとはまだちょっと痛いけれど、このくらいなら余裕で動ける。現役の魔法少女だった頃には、腕や足の一本が動かなくなったって、何とかしたものだ。


「私は、花乃華ちゃんが頑張りたいなら、ついてくよ。どうする?」

「……」


 道に迷っていたひいなを助けてくれたのも、探索についてくるよう頼んだのも、花乃華だ。その花乃華が諦めないのならば、ひいなは彼女を手伝う。そんなつもりでいた。

 花乃華は、前髪を軽く指先で直しながら、つぶやく。


「……そんな風に言うなんて、ずるい」


 こちらに聞かせるための声ではないみたいだった。どうやら、花乃華には独り言のクセがある。聞かないふりをしておくのが大人の対応だ、とひいなは思い、知らん顔をする。

 しかし、ずるい、とは。

 決断を子供に押しつけるなんて、ってことなんだろうけれど。言い出しっぺは花乃華なんだから、自分で決めたほうがいい、と思っただけなのに。


(まぁ、ちょっとくらい憎まれるのは、かまわないけど)


 内心、苦笑気味に思いながら、ひいなは花乃華の横顔を見守る。

 うつむいていた花乃華は、ちらりとひいなの目を見返して、ふたたび問う。


「ひいな、本当に大丈夫? 戦える?」

「余裕。10年ぶりだからかな、なんか魔力の巡りもいいみたいな感じする。調子いいんだ」

「わかった、そう言うなら」


 花乃華がうなずき、ひいなもうなずく。



 そのときを待ちかまえていたかのように、通路の奥から、こだまのように歌が響きわたってくる。


<ご招待  ご招待   お姫様の    お茶会>

<お花に お茶菓子 さあ、どうぞ いらっしゃい>


<お土産を お望みよ でもでも 足りない 足りない>

<お御足も   瞳も お手々も   解体   解体>


 先触れの声は、祭り囃しのよう。何か大きなものの到来を予期させる、どこか不安げな、胸騒ぎを誘う声。そして、不思議に喜びを呼び覚ます声。


 強敵の現れに楽しみを覚えるなんて、不思議だった。

 でも、ひいなの心の奥底には、確かにそんな部分が残っている。

 子供のままの、魔法少女のままの部分なのかもしれなかった。戦いたくて魔法を授かったわけではないけれど、その魔法で悪と戦うのは、彼女の幼い全能感を満たしてくれた。


 軽やかな打楽器のように靴音を奏でて、稚児らしい着物を身にまとった、黒髪の少女たちが姿を見せる。


 彼女らは、たとえば眼窩の奥が空洞だったり。肘から先に腕の代わりにチェーンソーが回転していたり。裾から見える足が四足獣の毛むくじゃらな脚だったり。懐から巨大なタランチュラの脚がはみ出していたり。

 どこかに、いびつなものを継ぎ接ぎされた奇妙な少女たちの集団だった。


「”おとめからくり”……ここのボスの取り巻きよ」


 花乃華が目線をメモに落としながら説明する。


「そして、もうすぐボスが現れるはず」


<こうべを下げませ 姫の御座おましぞ >

<こうべを刎ねられ 贄とお成り!>


 おとめからくりの歌が、高らかに鳴り渡る。

 ずずっ、と、鈍い震動とともに、巨大な影がダンジョンの通路いっぱいに出現する。


 巨大な女の姿をした、化物だった。

 頭のてっぺんまでは5メートルほどはあろうか。漆黒の長い髪と、色とりどりの華やかな十二単が、まるで小山のように通路を埋め尽くしている。白粉を塗りたくった顔には、墨で塗ったように細く、どこを見ているのか分からない引目。

 単衣の袖の奥は、真っ暗闇。


「”解体姫かいたいひめ”」


 花乃華がつぶやいたのが、”彼女”の名前らしい。


「解体、っていうからには、刃物とか使うわけ?」


 問いかけたひいなに、花乃華が一瞬だけ視線を向ける。

 しかし、彼女の答えより、敵の動きの方が速い。


 十二単の袖の奥から、ずるり、と、10本の鼠色の刃の切っ先が顔を出す。

 刃渡り2メートルはあろうかという、包丁の束。


「生々しいヤツだ……ああいうの苦手なんだよなぁ」


 ひいなはうめきつつ、エモーショナルスターロッドを握りしめる。

 愚痴なんて言っていられない。


<おまえ 罪なし!>

<されど 串刺し!>


 おとめたちの合唱とともに、包丁がいっせいに射出される。

 かすめるだけで体をえぐられそうな刃の大群が、魔法少女たちに迫る。


「はっ!」


 迫り来る刃の大群に向かって、恐れ知らずに花乃華は跳ぶ。刃の切っ先を交わし、刀身を蹴って加速し、一気に解体姫の頭部めがけてつっこんでいく。彼女の両手には、うっすらとエメラルドの輝き。


 そうはさせじと、取り巻きのおとめからくりは、各々の武器を手にして左右から花乃華に迫る。あるものは腕から生えた歯車、あるものは蜘蛛の刺々しい両脚。


「プレシャス・プリズム・ブロッケード!」


 そこへ、ひいなの援護。杖から分離した小型のクリスタルが花乃華を守るように囲う。そこから、いっせいに放たれる光の矢が、クリーチャーを貫く。


<ぎゃああああああああ!!!!!>


 歌の代わりに、おとめからくりの絶叫があたりにこだまする。

 そのまがまがしい声を背に、花乃華は拳を振るった。


「ジュニパー・エクストラクト・ストライク!」


 ばきん。

 解体姫の額から、固いものの割れる音が響きわたった。

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