第6話 魔法少女のお仕事
第14階層の敵、ブラッドフッドが残した鈍い色のナイフは、換金すればかなりの価格になるという。
ひいなと花乃華は、散乱する素材をかき集める。そのいくつかは血にまみれ、錆も浮いていた。劣化しているのかどうかは、見た目では分からない。
「これも買い取ってくれるのかな」
「値は落ちるかも。管理人に聞かないと」
他の素材も、持ち主のブラッドフッドが消えるのといっしょに消滅してしまったり、いつの間にかなくなっていたりして、倒した数のわりにはそんなに多くない。
上の階層になると、こんなふうにドロップする素材もレアになってくるらしい。
「がんばって集めないと、ひと財産とはいかないねぇ」
「今日の分だけでも上出来」
いくらでも入る素材袋を手に、花乃華は小さくうなずいた。細められたその目は、真剣だった。子供には似つかわしくない大金がその手中にあるというのに、浮ついたところはすこしもない。
魔法少女に選ばれるくらいだ、たぶん高潔で強い精神の持ち主なのだろう。ひいなはあのころとは別人みたいに怠慢な性格になってしまったが、花乃華はそんなふうに道を踏み外したりはしなさそうだった。
自分の来し方を思いやって、すごいなあ、と、素直に感嘆する。
花乃華のこれからを、見守っていきたくなる。年下に向けるにはいくぶん気恥ずかしいような、それは、あこがれの感情だ。
「よし、じゃあ次行こうか!」
ひいなが勢い込んで立ち上がると、花乃華はむっと唇をひねって、渋い顔。
「ひいな、大丈夫? 痛いところ、ない?」
「え?」
「久しぶりの変身だし、まだ慣れてないんじゃない? さっきも靴がどうこう言ってたし」
「あ」
ひいなはつぶやいて、しゃがみ込んでブーツに手を触れる。かかとのあたりに、じくじくと沁みるような痛みが感じられた。
まったく気づかなかった。どうやら、久々の戦いでハイになっていたらしい。
「ほんとだ、ちょっと靴ズレしてる。ありがと、花乃華ちゃん」
「こっちから頼んだ手前、無茶はして欲しくないから」
花乃華の言葉に、ひいなは何も言い返せない。ひさびさの戦いでテンション上がってるのを察せられて、年下に気遣われ、いたわられてしまった。ほんとうなら、こっちが守ってあげるべき側なのに。
いたたまれなくなって、ひいなはうつむく。痛みは、一度気になると、なかなか消えてくれない。
「回復薬、使う?」
花乃華が言う。ダンジョンの入り口で管理人から支給される薬は、傷の手当とかスタミナの回復とか、とにかく戦闘でのダメージによく効く。こういうところも、至れり尽くせりだ。
だからって、靴ズレに使うなんて話は聞いたこともないが。ゲームやアニメの中の冒険者は、サイズの合わない装備に悩まされたりしない。
「もったいなさすぎ。もっと致命的なときに使おうよ、そういうのは」
「分かった。致命的な時なんて来ないといいけど」
「うん。どのみち、もっと強い敵に出会ったらやばいよね。今日は引き返し……」
ひいなの言葉に重なるように、どこからか、悲鳴のような声がした。花乃華とひいなは、ふたりで顔を見合わせる。
「誰かいる」
「助けに行かないと」
うなずきあって、ふたりは走り出した。こういう瞬間に、意思統一なんて必要ない。なんといっても、ふたりは魔法少女なのだから。
駆けつけた先にいたのは、ブラッドフッドの群。
<くるくる くるくる 遊びましょ>
<憂鬱 矛盾も 忘れましょ>
不気味な唄を歌う赤い子どもの集団に囲まれて、ひとりの探索者が奮闘していた。両手剣を振るって、クリーチャーに必死に立ち向かっている。
手にした剣や、腕に装着した盾からは、うっすらと青い燐光が浮かんでいる。おそらく、ドロップ素材との交換で手に入れた魔法武器だ。ある程度高い階層で戦う探索者には、そういう武器も配給される、と「管理人」が言っていた気がする。
(あれって、私たちのと同じ魔法だよね)
魔法の仕組みについては、魔法少女であるひいな自身も詳しく知っているわけではない。ただ、何となくそう思っただけ。
そして、そんなことを深く追求している場合ではない。
「下がって!」
花乃華の声に、探索者ははっとこちらを振り返る。まだ若い、おそらくひいなと同じくらいの年齢の男だ。花乃華の姿にぎょっとしたような目をして、何か言い掛ける。危ない、とか、何で女の子が、とか、そんな疑問だったのかもしれない。
しかし、それより速く、花乃華は男の前を横切り、ブラッドフッドをぶっ飛ばす。
「えっ」
探索者の男は絶句し、一瞬、剣を取り落としそうになる。それを見て、ひいなは叫ぶ。
「危ない!」
「え、あ、ああ」
気を取り直した男が、剣を構えて正面のブラッドフッドに立ち向かう。それを見て、ひいなはエモーショナルスターロッドを握りしめる。
「エンカレッジ・エンブレイス!」
ロッドの先端から、ほんのりと赤い光が浮き上がり、探索者の男の頭上から降り注ぐ。
一瞬ぎょっとした男は、自分の両腕を見つめ、驚きの表情になる。
「な、何だ、この力」
「いちいちぼーっとしないで! 来るよ!」
ひいなの叱咤に背中を押されたように、男は剣を振るう。
男に迫っていたブラッドフッドは、その横薙ぎの一振りでなで切り。上半身と下半身に両断されたクリーチャーの群が、一斉にその場に崩れ落ちる。
「すげえ……」
自分の力に気をよくした男は、そのまま、ブラッドフッドに立ち向かっていく。ひいなも後ろから、彼を支援し続けた。
敵を一掃し、一息ついたところで、探索者の男は花乃華とひいなに頭を下げた。
「ありがとう……なんかすごいな、あんたたち。いろいろと」
「……どういたしまして」
男の視線は、ひいなの服装をまじまじと見つめている。大人の男にこんな格好をみられるのは、さすがに恥ずかしいというか、むしろみっともない。ひいなは顔を赤くしてうつむく。
その横っ腹を、花乃華が小突いてきた。
「何照れてんの」
「だって……」
「しゃっきりしてよ」
花乃華はひいなを睨み、小声で「何よ、デレデレしちゃって」とぼやく。デレデレしてるのは相手の男の方で私じゃないだろう……と理不尽さを感じるが、ここは黙っておくことにした。
花乃華は男と向き合い、例によって遠慮会釈のないタメ口で言う。
「無理せずに引き返した方がいい。ゲートの場所、わかるよね」
「ああ、大丈夫……なあ、さっきの大穴、あんたたちか?」
ひいなたちがここに来る際の、魔法の痕跡の話だ。
「そう」
「すげえ威力だな……どんだけ探索したら、そんな強烈な魔法がもらえるんだ?」
「ひみつ。わたしたち、魔法少女だから」
口元に手を当てて、花乃華は言った。
「はあ?」
男は一瞬、きょとんと花乃華の方を見てから、ひいなに目を向けなおして、苦笑気味の表情をする。大変だな、とでも言いたげな様子だった。
ひょっとしたら、子守のようなものだと思われているのかもしれない。確かに、ひいなと花乃華の年の差は客観的に見ればちょっと評価しにくい。親子とも姉妹とも違うし、ネット友達としてはさすがに花乃華が幼すぎるだろう。
どう説明しようか、ひいなが迷っている間に、なんだか男はおずおずとひいなに話しかけてきた。
「あの、俺、エイタ。よければ、これからダンジョン、一緒に……」
「ダメ。わたしたちはふたりでチームだから、他の人は入れない」
ぴしゃりと花乃華が言い放った。ひいなのスカートをぎゅっとつまんで、力強く引っ張る。
「行こう」
「あ、うん……じゃあ、私たちはこれで」
取り残された男(A太、だっけ?)に手を振りながら、ひいなは花乃華に引きずられるままに歩いていく。花乃華がずんずんと床を踏みしめる音があたりに響きわたるみたいだった。
男の姿が見えなくなったあたりで、花乃華が足を止めた。見ると、彼女はすごい顔でひいなを睨んでいる。不愉快そうにゆがめられた口元から、呪うような低い声が絞り出される。
「……あの人。ひいなのこと、エッチな目で見てた」
「まあ、この衣装だもん、しょうがないんじゃない?」
おへそがちらちら見えるアウターの裾をつまんで、ひいなは肩をすくめた。
ひいなの服は、子供時代の彼女に最適化され、かわいらしさを全面に押し出した魔法少女らしい服だ。大人の彼女が着ると、どうにもコスプレっぽい。サイズは自動的に調整されているとはいえ、胸元の開き具合は生々しいし、腰つきの曲線もくっきり見えてしまっている。
男性の目をいろんな意味で引きつけてしまうのは、やむを得ない。
しかし、花乃華は納得できない様子。吐き捨てるように言う。
「ムカつく」
「まぁまあ……ていうか、花乃華だってさっきエロいっつったじゃん」
「他の人が言うのはムカつく」
ぷっ、と、ひいなは思わず噴き出してしまった。自分が言うのはいいけど、A太(仮)はダメらしい。
こういう幼い独占欲は、ひいな自身の子供時代にも、心当たりはある。魔法少女になるより前のことだったかもしれないけど、覚えがあった。
花乃華の、そんな年相応の部分を見つけて、ひいなはむしろ安心してしまう。
「何がおかしいの」
花乃華が、ひいなの腰をふたたび小突く。ひいなはそれを受け止めて、目を細めた。
「おかしくはないよぉ。ただ、かわいいとこあるな、って」
「はぁ!? こんなのかわいくないし! 変なこと言わないで!」
ぽかぽかぽか、と執拗に小突く花乃華。クリーチャーをばしばしぶっ飛ばす彼女の拳も、ひいなにとっては単なる子供らしいわがままをぶつけるだけのパンチだ。
ちょっと痛くて、くすぐったい。
「何殴られて喜んでんの、エムなの?」
「だからそういうことは言っちゃいけません、魔法少女なんだから」
ひいなはそう言って、ぽん、と、花乃華の頭に手を乗せる。むう、と花乃華は唇をとがらせ、手を止める。いやそうに、首を振った。
「気安く頭に触らないで」
ひいなが手を離すと、花乃華はまだ不満そうに、ちょっと目をそらした。そして、口元で小さくつぶやく。
「でも、ごめん」
ふてくされたような、それでいて、どうやら本当は素直。そんな態度が、13歳の少女らしくて。
ひいなは、そんな花乃華を、ずっと見守っていたくなった。
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