第4話 発動! エモーショナルスターロッド!
魔法少女エティカルひいなと、魔法少女ケア・ジュニパー。
ふたりの魔法少女が、いよいよダンジョンに挑むわけだけれども。
「ひいなの力、ちょっと見せてもらえないかな」
「それはいいけど……ぜんぜん敵いないね」
先ほど倒した強敵・キングキューブ以降、ひいなたちの周りには敵が出てこない。探索者のざわめきや、クリーチャーのあの奇妙な歌声も、聞こえてこない。ダンジョンにはひんやりとした静けさだけが残っていた。
「さっきの奴やっつけちゃったから、恐れをなしてるんじゃないかな。それに、そもそもこの階層の敵なんていくら倒しても、力の証にはならないし」
「ハードル上げてきたな……で、どうするの? 上に進む?」
「第2とか第3階層じゃ物足りない。もっともっと上」
「もっと上? でも、そんな上の階層、かんたんには行けないんじゃない?」
探索者が進める階層は、ダンジョンの「管理人」によって制限されている。階層のボスを倒したとか、一定の素材を集めたとか、そう言う条件を満たさないと上に進めない。
ダンジョンに入ったばかりのひいなは、まだ条件を満たしていない。今のキングキューブ攻略で第1階層はクリアとしても、その先に進むには長い時間がかかるだろう。
「大丈夫、いい手がある」
花乃華は、ひいなの顔をまっすぐ見つめ、一歩、二歩と迫ってくる。花乃華の身長はひいなより低いのだけど、ずかずかと近づかれると迫力に気圧されてしまう。
(花乃華、まつげ長くてきれい……)
ひいなは花乃華の上目遣いの顔を見下ろし、どきりとする。あまり人と間近に接するのに慣れていないひいなは、他人の目を、こんなに近くで見たことはなかった。
人の目って、こんなにきれいなものなのだろうか。それとも、花乃華が特別? と、ひいなは困惑してしまう。
じっとひいなを見据えて、花乃華は、ぴん、と人差し指を上に向けた。
「ダンジョンの天井、ぶち抜けないかな」
「……おおう」
いきなりの発想の転換に、ひいなはのけぞった。ダンジョンの灰色の壁のずっと上、暗い天井が視界に入ってくる。
高さ10メートルはあるだろうか。細長い通路に挟まれているせいでよけいに遠く、高く見える。
「ひいなの魔法って見たことないから、わかんないんだけど。遠隔攻撃系?」
「うん……」
「それでもあの高さは無理かな。無理なら、別の手を考えるけど」
ひいなの返事がぼんやりしていたせいか、花乃華の言葉がいくぶん遠慮がちになった。ひいなが視線を戻すと、花乃華はすこし首をかしげている。上目遣いのその瞳や、わずかに開いた唇、指先だけ組み合わせて胸の前に構えられた両手が、言外の期待に満ちているように思えた。
ひいなは、そんな花乃華に、うなずいてみせる。
「いいよ、やってみる」
「本当に? 久しぶりの変身なんだから、無理しないでいいよ」
「大丈夫! 今ならなんか、何でもできそうな気がする!」
ぐっ、と胸を張ってみせるひいな。安心させようと思ったのに、花乃華は逆に不安そうな目になる。
「年寄りの冷や水にならないようにね」
「昔取った杵柄といいなさい。だいたい花乃華がせっついたんでしょうが」
ほら、ちょっとどいて、と、ひいなは両手を出して花乃華を遠ざける。
それから、胸の前に手のひらを置く。あのころより、すっかり胸には脂肪がついてしまったけれど、こうして手を触れればあの冒険の日々が思い起こされてくるかのようだ。衣装を飾る、真っ赤なブローチの冷たい感触も、なんだか懐かしい。
けれど、確かに10年ぶりで、かつての感覚を取り戻せていないのは事実だ。
ちょっと心配になって、ひいなはつぶやく。
「加減に失敗したら大変だなぁ」
「え?」
花乃華のかすかな疑念の声は、集中を始めたひいなには聞こえていない。
胸の奥底に長らく眠っていたものを呼び覚ますべく、ひいなは、声を発した。
「我が呼び声に応え、妙なる魔法の泉よ、汝の力を示せ! 召喚、エモーショナルスターロッド!!」
どくん、と、体の芯が脈打つ。音ならぬ音、見えない力の脈動が、ひいなの全身を震わせる。
ひいながその身に封じた魔法の杖・エモーショナルスターロッドが、10年の眠りから呼び覚まされようとしている。
体の芯から、熱く、固く、強いものがわき上がってくる。
「あぁぁぁっ……」
痛々しいようでなまめかしい声が口からこぼれる。
それに呼応して、胸の中央から噴き上がってくる、目映い光。
ひいなの両手の中で、光の奔流はぎゅっと引き絞られ、長大なロッドの形へと構成し直されていく。
「はぁっ……!」
ひいなは、両手を掲げる。
その手の中には、光の杖。
太い芯に、幾本もの細長い紐のような装飾が絡み合っている。凹凸はひいなの手にしっくりとなじみ、持ち主を歓迎してくれている。
杖の先端には、八面体の透明なクリスタル。
ひいなはそれを、くるり、と一振り。10年も経って、ひいなの手足は大きくなったけれど、エモーショナルスターロッドはそんな月日をものともせずに、まるで昔からの自分の体みたいに自在に動く。
というか、ひいなの成長にあわせて、エモーショナルスターロッドも太くなった気がする。そういえば、昔から、この魔法の武器はけっこう自由に大きさを変えていた。
そして、エモーショナルスターロッドの中に込められたエネルギーも、昔のまんまだ。
それどころか、10年の歳月の間にため込まれた力が、一気に解き放たれようとしているのを感じる。杖の周りで小さな火花が絶え間なくはじけ、金色の光がぐるぐると渦を巻き、解放の瞬間を待っている。
「よし……いける!」
自分の手の中に、力が宿る多幸感。
わき上がる喜び、強い感情が、ひいなの魔法。
ひいなは、杖を高く掲げる。
ダンジョンの暗い天井めがけて、ひいなは、一声叫んだ。
「ハッピィ・ラッキィ・トルネーーーーーーーーーーーーーーーードッ!」
閃光。
ひいなの杖を根本に、巨大な光の柱が屹立する。
次に訪れたのは、ダンジョン全体を揺るがす轟音だった。
ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……
震動と、反響は、長く長く続いた。ひいなの立っている第1階層も延々と揺れ続け、床はたわみ、壁はきしみ、花乃華が「な、何これ……!」と悲鳴を上げる。
それから、ばらばらと何かが空から降ってきた。大小さまざまな石の破片。どうやら、砕けたダンジョンの天井の床材のようだった。花乃華は「ひゃっ!」と叫びながら、石を避けたり、拳で砕いたりしている。
ひいな自身は、その被害を受けなかった。彼女のほうに降ってくる破片はすべて、ハッピィ・ラッキィ・トルネードの光によって、跡形もなく焼却されていたからだ。
凄まじい光と、長い揺れのさなか、ひいなはひとり、まるで世界の中心にいるように静かに立ち尽くしていた。
やがて、光が収縮して、消える。震動は止まり、破片の落下も収まって、ダンジョンに落ち着きが戻ってきた。
ずっと掲げていた手をおろして、ひいなは、ふう、と一息。
「いやー、10年ぶりだけどけっこうやれるもんだね。どう、花乃華ちゃん。こんなもんでいい? あ、ごめんね、石とか落っこちてきちゃったけど、大丈夫だった?」
テンションの上がったひいなは早口で訊ねる。しかし、花乃華はこっちを見つめたまま、じっと突っ立ったままだ。その右手は、大きな石の破片を打ち砕いたときの姿勢のまま、斜め上に突き出されている。
花乃華の頭上に、また石の破片が落ちてくる。花乃華は一瞥もせずに、右手ではたき落とした。
「花乃華ちゃん?」
「……大丈夫。びっくりしただけ」
はあ、と、深いため息をつくと、花乃華は天井を見上げた。
穴の開いた天井の向こうの様子は、第1階層からではよく見えない。突然の事態に動揺した探索者たちの声が、ここまでかすかに届いてくるぐらいだ。
とはいえ、じっとのぞき込めば、だいたいどのくらい届いたかは察せられる。だいたい150メートルそこそこ……13か14階層ぐらいはいったはず。
「2、3階層スキップできればいいかな、って思ってたんだけど……ていうか、むちゃくちゃじゃない? 魔法少女としちゃオーバーキルでしょう」
花乃華の、驚き呆れた、という感じの詠嘆。ひいなは苦笑を返す。
「まだ本調子じゃないみたい。もっと上までいけると思ったんだけどなあ」
「ああ、そう」
花乃華は首を振り、じっ、とひいなを睨んだ。
「それ、絶対にこっちに向けないでね」
「大丈夫だよ、人間にはダメージないから。めっちゃ幸せな気分になるだけ」
「……麻薬か何か?」
今度は、花乃華が苦笑する方だった。
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