第2話 必殺! スパイラル・コンビネーション!

 榊ひいなが、魔法少女「エティカル・ひいな」として戦っていたのは、もう10年以上も昔だ。

 少女の感情をエネルギーとする魔法の杖「エモーショナルスターロッド」を片手に、邪心の種・クルールを回収する。それがエティカル・ひいなの仕事だった。

 ついには、クルールの源であった魔神ゲヘナを倒し、世界に平和を取り戻した。

 それを期に、ひいなは魔法少女を引退したのである。


 ひいなは変身とも魔法とも縁を切り、一般人として生活していた。大学は地元を離れた都会のおしゃれなキャンパスを選び、旧友とのつきあいが減ったことで、魔法少女をしていた中学時代の話をする相手もいなくなった。

 一般企業に就職し、大人になり、ようやくふつうの生活ができる、と。そう思ったのに。



「何で分かったの? 私が魔法少女だったって」


 深々とため息をつき、ひいなは手にしたロングソードの切っ先を床に押しつけて、杖の代わりにした。柄頭に顎を乗せて、背中を丸める。


 ひいなの前に立つ少女は、表情を変えずに答える。


「わたし、魔力の探知は得意だから。それらしい人は見れば分かる」

「身元を調べた訳じゃないのね」


 ちょっとだけほっとする。知らないうちに身辺を探られるのは、たとえ疚しいところがなくても気分が悪い。


「わたし、あなたの名前も知らないし……わたしはケア・ジュニパー。本名は、蜂須賀はちすか花乃華かのか。中学1年生」

「私は榊ひいな」それから、さすがにちょっと恥ずかしくて、間を置いて「魔法少女エティカル・ひいな」


 花乃華はひとつうなずいて、言う。


「ひいな、わたしと一緒に、このダンジョンを攻略しない?」


 いきなり大人の名前を呼び捨てにするとは、肝の据わった子だ。とはいえ、年下の子にナメられるのは慣れているから、ひいなはいちいち怒ったりしない。

 剣の上で頭を左右に揺らしながら、真っ先に疑問に思ったことを訊ねる。


「どうして私なの? とっくに引退した一般人なのに」


「あなたしか頼れないから」


 抑揚のない口調で、花乃華はぎょっとするようなことを言う。彼女が何を考えているのか、窺えない。

 花乃華は小首をかしげて、口の中で何か「違うな……」とか小声でつぶやく。それから、改めてひいなの方を見て、言う。


「この近くで魔法少女をやっていて、しかもダンジョンに興味がある人はめったにいない。わたしも、何度かここに来たけれど、魔法少女と会ったのはあなたが初めてだし。組む相手は、他にいないと思った」

「あなた、ひとりで戦ってるの? その、パナケアだっけ。他に仲間は?」

「いるけれど、みんなダンジョン攻略には興味ないみたい」

「そっか。現役なら、敵と戦うのに忙しいもんねぇ」

「他にも受験とか、部活とか、家の手伝いとか、いろいろあるから」

「魔法少女って大変だよねぇ」

「そういうわけ」


 現役時代を思い出して苦笑するひいなに、花乃華はあるかなきかの笑みで応える。わずかに下げた眉のあたりにただよう疲労感に、ひいなは共感を覚えた。

 周囲に隠し事をしながら、中学生をやりながら、魔法少女をする、というのは、肉体的にも精神的にも簡単なことじゃない。

 そのうえ、目の前の女の子は、ダンジョンを攻略したいとまで言う。タフなのだろうけれど、それだって無限のスタミナというわけじゃない。


「どうかしら? 協力してくれない?」


 力強い眼光に射抜かれて、ひいなは一瞬、どきりと心が揺らぐのを感じた。

 彼女の魅力に真正面から向き合うと、何でも言うことを聞いてしまいたくなる。屈折していなくて、端的で、言うことにブレがない。

 それは魔法じゃなくて、花乃華自身の素質だった。


 それでも、ひいなはまだ迷う。


「う~ん。でもなぁ。別に私、そこまでダンジョン攻略に興味あるわけじゃないし」

「でも、あなたも魔法少女でしょう?」

「元、ね」

「変身はまだできるんじゃないの? 完全に引退して普通の子に戻ったんなら、そんな魔力持ってるわけがないし」


 鋭いなあ、とひいなは内心で舌を巻いた。確かに、かつての戦いで蓄えた魔力は、ひいなの中に残っている。呪文を唱えれば、ひいなはまた魔法を使えるだろう。


「この年で変身する気にはなれないよ。恥ずかしいし、10年もブランクあるしさぁ。もう一般人で通すつもりなの」

「もったいないと思わない? その力があれば、ダンジョンでいくらでも稼げるのに」

「お金かぁ……」


 花乃華の後ろに散乱しているキューブムカデの破片に目をやる。床一面に散らばった色とりどりの破片は、外の世界には存在しない物質でできた貴重品だ。

 ダンジョンの「管理人」が、それらのいわゆる「素材」を換金してくれる。

 今やっつけた怪物クリーチャーの素材だけでも、ちょっとした儲けだ。


「自分の能力、活かしたくない? こんなふうに」


 言いながら、花乃華はきびすを返す。カラフルなブーツが、床とこすれあって軽快な音を立てる。


 花乃華の振り返った先は、ダンジョンの奥。キューブムカデの素材が散らばる通路の闇の奥から、声が聞こえてくる。


<カララ コロロ クラ クラ  コロリ>

<バカナ コドモ ムシャムシャ パクリ>


 がごん、がごん、と、クレーンが持ち上がるような重い音をリズムにして、その歌は近づいてくる。

 音の源は、巨大な球体だ。大量のキューブムカデが毛糸玉のように絡まり合って、重そうに転がりながらこちらに迫る。様々な色のドットが無秩序に表面に散らばる様は、バグったゲーム画面のように見えた。

 球体のあちこちで、キューブが口のように開いたり閉じたりして、奇妙な歌を響かせている。でたらめな不協和音が通路中にこだまし、あたりは異様な雰囲気に包まれる。


 第1階層では強敵とされる「キングキューブ」。デビューしたての探索者には、荷が重い相手だ。


 ひいなはとっさにロングソードを構え直す。足下がおぼつかなくて、ちょっとふらつく。

 そんなひいなをちらっと見て、花乃華が告げる。


「ひいなは下がってて。手伝うなら、変身してくれた方がいい」

「う~ん」

「迷ってるならいい。ひとりで大丈夫」


 正面に向き直った花乃華が、敵めがけて駆ける。


<タベル! タベル!>


 キングキューブの胴体がばらけ、キューブが触手のように細長く連なる。その先端が花乃華に迫る。

 しかし、花乃華は、あっという間にキングキューブ本体の至近距離まで潜り込む。


 花乃華の両手を肘まで包む手袋が、エメラルド色の燐光を放つ。


「ジュニパー・スパイラルコンビネーション!」


 花乃華の右の拳が、キングキューブの本体を撃ち抜いた。直撃を受けたキューブは砕け、ぐらっ、と球形の巨体が揺れる。

 続いて左、右、また左。左右の連打で、またたくまにキューブを剥ぎ、砕き、削り落としていく。


「ふっ!」


 右の前蹴りが球体の下部を直撃。ぐわっ、と球体が浮き上がる。そこへさらにアッパー気味の拳の連打。

 巨大な球体が、打撃の威力だけで空中に持ち上げられていく。


 花乃華がジャンプし、左足で球体を蹴る。右、左、今度は蹴りの連打だ。まるでドリルみたいに、キューブの球体に穴を掘削していく。


「はぁああああっ!」


 裂帛の気合い。

 花乃華の蹴りが、球体の中心部を射抜いた。


 がががががががががが!


 凄まじい轟音とともに、花乃華はそのまま、キングキューブを貫いた。

 蹴りの姿勢のままの花乃華が、キューブの向こう側に飛び出す。ダンジョンの床をつま先で激しく削りながら、両手をその場について、着地。


 一瞬後、キングキューブは大爆発。キューブの破片があたりに散乱する。


 呆然と眺めながら、ひいなはつぶやく。


「……魔法少女じゃなくて、ヒーローじゃない?」


 花乃華が振り返り、言う。


「最近の魔法少女は、格闘戦もできないと務まらないから」

「もっとかわいらしい必殺技とかないの?」

「メンバー全員集まらないと無理」


 しれっと言って、花乃華は、まき散らされる素材の雨に手を伸ばす。さっきまで荒々しい打撃を放っていた両手も、戦いが終われば、ほっそりとして優しい。


「この素材、ひいなにあげるよ。国内旅行くらいは行けるんじゃない?」

「本気?」


 ひいなはぎょっとして花乃華を見つめる。急に生々しい話題になったのにも驚いたが、花乃華の太っ腹さはもっと驚きだ。


「こんなの端金。上に行けばもっと稼げるよ」

「ううむ……」


 そう言われて、さすがにちょっと心が揺らぐひいなだった。

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