新旧魔法少女のゴリ押しダンジョン攻略

扇智史

第1話 魔法少女、ダンジョンに登場!

 ダンジョンの中にひとりで取り残されて、さかきひいなは途方に暮れていた。


「どうしよっかなあ……」


 十字路の真ん中に突っ立って、ひいなはおぼつかない手つきでロングソードを握りしめる。

 前方には、薄汚れた壁に挟まれた通路が延びている。その奥から、甲高い声が微妙に反響しながら届いてくる。ダンジョンに生息する怪物クリーチャーの鳴き声だ。複数の音が重なり合い、不気味な気配を帯びる。

 ぬるい風が、通路の右から左へ吹き抜けていく。首筋に生温かい手で触れられたような感触に、ひいなは顔をしかめて振り返る。誰もいない。このダンジョン内にはまだ別の探索者が多数訪れているはずなのに、こんな時に限って助けはこないのだ。ひいなをダンジョンに誘った会社の後輩とさえはぐれてしまった。


 正直なところ、もう帰りたかった。元々、そんなに乗り気じゃなかったのだ。


 ダンジョン「真黯城まっくろじょう」が、オフィス街のど真ん中に出現したのが、1年前のこと。

 それは、日本のどんな建物よりも高い塔であった。表面には生物のような凹凸を持ち、漆黒の壁はぎらぎらと照り輝く。異常なスケールと迫力を持つ建造物の出現を、人々は驚きをもって迎え、画像投稿サイトは真黯城の写真であふれた。

 その後、Youtuberが突撃したり、警察と自衛隊により封鎖されたり、調査隊が入ろうとしたり、といった様々なあれこれによって、様々な事実が明らかになった。


 真黯城の内部は変化し続ける迷宮構造を持っている。

 内部には様々な怪物クリーチャーが出現する。

 怪物はこの世のものではない未知の物質でできている。

 その「素材」は、高値で換金できる。


 やがて、怪物クリーチャーを狩って一攫千金を狙う人々が、ダンジョンに押し寄せた。彼らは、支給される武器を手に、ダンジョンに乗り込んでいくようになった。

 いつしか、ダンジョン攻略は、仕事の後や休日のカジュアルな娯楽となっていた。


 ひいな自身、職場の後輩に何度かダンジョンに誘われることがあったが、基本的に怠惰なひいながやる気を出すことはなく、ずっと断り続けていた。

 しかし、ひいなはやけに後輩に気に入られていたせいか、何度もしつこく誘われていた。そして、とうとう折れた。断る方がめんどくさかったのだ。


 その後輩は、テンションに任せて先に行ってしまった。今頃、ひいながいないのに気づいて、心配しているかもしれないが、ひいなには追いつく術もない。

 初めてやってきたダンジョンのど真ん中で、ひとりぼっち。武器は支給品のロングソードだけで、それはぜんぜん手に馴染んでいない。初心者向けの軽いレザーアーマーも、守ってくれているのは胸と背中ぐらいで、いまいち心許ない。足下なんて通勤用のパンプスだ。

 だいたい、大学時代からここ数年、まともな運動なんてしていない。ダンジョン攻略している子たちは、怪物クリーチャーを倒すのがいい感じの運動になる、と言っていたが、基礎体力がないんじゃ意味がない。ウォーキングやストレッチをすっ飛ばしていきなりジムに通うようなもので、身の丈に合わないのだ。


 頭の中でさんざん言い訳を繰り延べて、ひいなはひとり、つぶやく。


「もう帰ろっかなぁ」


 つぶやいた、そのとき。


<キリキリキリキリキリキリ!!>


 通路の奥から、大きな積み木のような立方体が、群をなして押し寄せてきた。

 赤、黄色、青、白。色とりどりの、一辺が3,40センチくらいの立方体は、辺を軸にして、前方に倒れてはまた起きあがる、という感じで移動してくる。ネットの動画にある最新技術のロボットのような、気持ち悪い動きだ。


 ダンジョンの内部に出現する怪物クリーチャーは、その大半がリスト化されて名称が登録されている。

 こいつはキューブムカデ。ダンジョンの第1階層に現れる、要するに雑魚だ。

 しかし、たとえ雑魚でも、これだけ数が多いとなかなか威圧感があるし、何より気持ち悪い。赤や白やの立方体がひしめき合ってうごめく様は、生理的に受け付けない。


<キルキルキルキルキルキル!!>


 キューブムカデが、金属が軋むような耳障りな音を発する。思わず、ひいなは顔をしかめた。


 逃げようか、どうしようか。

 考えているあいだにも、キューブムカデはこちらに近づいてくる。



「はぁっ!」



 そのとき、ひいなの後ろから、銀色の影が飛び出してきた。


 影は、少女の姿をしていた。

 白銀色の髪、白い肌、細くしなやかな手足が、風のようにダンジョンの通路を駆ける。

 エメラルド色のワンピースのような服には、無数の白いリボンとフリルがついている。少女が一歩走るたび、それらがひらひらと揺れて、少女の姿をオーラみたいに覆う。


 ブーツが地を蹴れば、服と同じエメラルド色の煙が上がる。

 腰にぶら下げているのは、きらきらのジュエルをちりばめたコンパクト。ダンジョン内の淡い光を反射して、空中に残像を描く。


 少女の拳に、エメラルド色の燐光が宿る。

 それはまぎれもなく、魔法。


 そして少女は、一番前にいた赤いキューブムカデを、素手で殴りつけた。


 ドコン、と、重い音がして、キューブは他のキューブを巻き込んで吹っ飛ぶ。ダンジョンの通路に、まるでビリヤードの球みたいにキューブが散乱した。

 一瞬だった。


 銀とエメラルドの少女は、ざざざっ、と、ダンジョンの床を滑った後、しっかと二本の足で立つ。

 振り返った。


「大丈夫?」


 美しい少女だった。

 血色の薄い細面は、まるで上質の陶器のよう。つり上がった細い目には、純粋な輝きが宿る。唇は小さく、細く、一点の染みとなって少女の美しい顔の造形を際だたせていた。

 首も、手も、足も、驚くほどに細い。なのに、どこにも脆さを感じさせない。

 装飾過剰で派手な色をした服は、逆に、そのアンバランスさによって少女の美を強調しているかのようでもあった。


 ひいなは、見とれた。

 同時に、胸の奥に、きゅん、と甘い痛みを感じる。


「怪我はない?」


 もう一度問われて、ひいなは、こくりとうなずく。一拍遅れて、口を開いた。


「ありがとう。ええっと……」

「わたしはケア・ジュニパー。無彩色の悪夢・メノンタールから世界を守る魔法少女、パナケアのひとり」


 よどみなく、少女はそう告げる。


<キレキレキレキレキレキレ!!>


 彼女の後ろで、キューブどもが一斉に動き出す。

 赤いキューブの一辺が、白いキューブのそれとつながる。蝶番のように、ぱくぱくと動くそれは、また別のキューブの辺と接着する。

 それを繰り返し、キューブは、一体の長大な物体と化した。まさに、キューブ同士でできたムカデだ。


 ムカデが首をもたげた、その瞬間。


「邪魔」


 ケア・ジュニパーは、振り返りもせずに後ろ蹴りを放つ。

 その一撃で、キューブは爆発するように吹っ飛んだ。無数のキューブがダンジョンの地面に散乱し、溶けて消える。後に残されたのは、爪の先ほどの小さな破片だけ。

 それを持ち帰れば、それなりのお金になるはずだった。

 しかし、少女は、そのお小遣いに興味を示さない。


 少女の視線は、ひいなをじっと見据えていた。

 そして、少女は問いかける。



「戦わないの? あなたも、魔法少女なんでしょう?」



 ひいなは、深々とため息をついて、首を振った。



「……少女、って歳じゃないよぉ」



 榊ひいな、24歳。社会人。

 元・魔法少女だ。

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