ダンス

 ジーザス荒野を悪魔ベルセリウスとアシュは歩く。巻き起こるのは、阿鼻叫喚と怒号、嘆き。それを、こともなげに聞き、何事もないように人の身体の上を歩く。


「あっ、アシュ。見つけた」


 やがて、倒れている兵たちの中からベルセリウスが指をさす。


「ふむ……さすがだ」


 小悪魔の頭を優しく撫でて。闇魔法使いは一人の兵の元へと行く。


「お、おい! お前は動けるのか? 助けてくれ」


 必死に哀願するように。倒れているその男は叫び声をあげる。


 が、闇魔法使いはそれを無視して男の胸倉をまさぐり始めた。


「……ふむ、やはり気色悪い感触だ。頼むから早く見つかってくれればいいの……に……あった」


 ニイと笑顔を浮かべ。取り出したのはもう片方のイヤリングだった。


「それが欲しいのか!? なら、やる。だから、助けてくれ」


「……やっと見つけたよ。まったく、本当に君は仕方のない子だ。今度は失くさないようにね」


 闇魔法使いは男を完全に無視して、ミラの耳に取りつける。


「そ、その子は!」


 別の男が驚いた声をあげ、アシュが思わず振り向く。


「この娘のことを知っているのか?」


「あ、ああ。そいつは、リドルという男に斬られたんだ。ほらっ、そこにいる隊の奴らだ。俺たちは止めたんだ」


「ふざけんな、お前だけ助かろうってか」「事実だろ! お前たちが村に火をつけようなんて言うから」「俺たちだけが悪いってのか! お前らだって殺してただろ」「俺はやってない! なあ、ダンナ頼むから助けてくれ」


「ふぅ……醜い争いをして……興味ないな」


 大きくため息をついて。闇魔法使いは、瞳を閉じて詠唱を行う。


<<闇よ闇よ闇よ 冥府から 出でし 死神を 誘わん>>


 その時、アシュの地面を中心に、黒い光が周囲に拡がる。それは、ジーザス荒野の端々にまで及び、やがて五芒星に波紋するように動く。


 顔を出したのは。禍々しいほどの圧倒的なオーラを纏った悪魔。


「ククク……初めまして」


 滅悪魔ディアブロ。近距離戦闘に圧倒的な強さを誇る魔人である。その力量は怪悪魔ロキエルと同等であり、人が召喚する悪魔では最高位にあたる。


「……我を起こす人間がいるとはな」


「僕が君を選んだ理由は二つだ。一つ目は、相性。僕は格闘が苦手だからね。二つ目は、契約内容だ」


 闇魔法使いの言葉に、滅悪魔はニイっと不気味な笑顔を浮かべる。


「貴様には、用意できると言うのか?」


にえは用意している。さあ、思う存分、喰らってくれ!」


 大きく手を広げながら。アシュは、心底愉快そうに叫ぶ。


「お、おい貴様! なにを言っている?」


 口々に叫ぶ声の中で、一人の男の声を拾う。怒号が飛び交う中でそれが聞こえたのは、その男が特別だったからではない。単に闇魔法使いが答えたい質問だったからだ。


「そうだね、みんなにも伝えてあげないとね」


 アシュはそう言って、魔法で、このシーザス荒野中の兵に声を聞こえるようにする。


「さあ、諸君。これから、君たちはこの滅悪魔ディアブロの餌になる」


「ふ、ふざけるな!」「助けてくれ助けてくれ助けてくれ!」「俺たちがなにをしたって言うんだ!?」「殺すぞ貴様ぁ!」「お願いだ、なんでもする」


 口々に罵倒と懇願。償いと怒号。嘆きと憤怒。


「いいじゃないか」


「「「はっ!?」」」


 一斉に声が鎮まる。


「いや、君たちはさ。どうせ、殺しあうんだから。殺す覚悟があるってことは、死ぬ覚悟を持たなければいけない……いや、これは僕の持論だがね」


 もちろん、怒号の嵐。


 しかし、闇魔法使いは語り続ける。


「僕はたとえ、君たちに殺されても許すよ。たとえ、愛する人が殺されたとしても。なにをされても広い心を持って許してあげよう。だから、僕がこれからすることも許しておくれ。まあ、君たちが可哀そうなのは、悪魔に魂を喰われるのだから、天国にはいけないだろうことかね。クククク……」


 心地よさげに。


 至福の表情で。


 その断末魔の叫びを。


 嘆きの慟哭を。


 切なる怒りを。


 アシュ=ダールは浴び続ける。


 やがて。滅悪魔が嬉々として彼らの魂を喰らい始めた頃。


「ミラ……聞いているかいこの叫び声を? まるで、音楽のようじゃないかい?」


 そう言って。


 彼女の肩を持って、身体を支え。


 二人は闇夜で円舞曲を踊る。




 


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