戦略


 アシュは、戦いを好まぬタイプである。どちらかと言えば、研究に従事し降りかかる火の粉を消すために仕方なく戦闘を行う。力比べ云々には全く興味がなく、相手の弱点をつき、いかに効率よく勝利を収めるか。


 その歪んだ性格から、幾千の戦闘をせざるを得ないキチガイ魔法使いの経験則。それは、心という部分が戦闘に大きく影響すると言うこと。実力では、多分に劣る相手でも、心に闇を持っている場合がある。いや、実力者であればあるほど、それは深く自らの心に刻まれている。


 名乗らぬ四聖は、バッカスと言う名である。元々優秀な魔法使いではあったが、ごくごく平凡な部類に過ぎなかった。彼の特異な才能を見出し、重用したのは他ならぬヘーゼン=ハイムだった。


 ヘーゼンは、バッカスを重用し新魔法オリジナルを開発するための研究費、生活費、施設など必要なものを全て与えた。七色の変化カメレオンと呼ばれるその能力は、背景と全く同化する新魔法オリジナルである。


 そして、未だアシュは、敵の位置を掴むことができず、状況は不利なままである。しかし、笑った。嘲るように。見下すように。同情するように。


「ククク……クククククク……」


「……」


 <<炎の徴よ その偉大なる姿を 愚かなる者に 示せ>>ーー炎の印ファイア・スターク


 円を描くように。アシュの周りから火柱が発生しあたりを包み込む。なんとか避けて直撃は避けられたが、酸素が燃やし尽くされ低酸素状態になる。


「ぜぇ……ぜぇ……ククククク……ククククク……」


 それでも性悪魔法使いは、苦しい表情をせずに、ひたすら笑っている。


「……なにがおかしい?」


 本日二言目の言葉をバッカスが投げたが、なにも言わない。多くは語らずに笑う。


『笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな……』


 悪魔ベルセリウスは心の声を聞く能力、『糾弾ブレイム』でつぶやき続ける。


「ククク……アハハハハハハハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


「……笑うな……笑うな―――――――――――!」


 バッカスの叫び声が木霊する。


「ハハハハ……ああ、失敬。あまりに滑稽だったものでね。確かに、君は優秀だ。だから、ヘーゼン先生も使ったんだろう。飼われ犬という言葉を訂正するよ。君は道具だ」


「道……具」


 話すことが意味のないことだとわかっていても。闇魔法使いの言葉に耳を傾けざるを得なかった。それは、どうしても聞きたくない言葉だったから。自身が否定し続けてきた気持ちを抉るような鋭利な言葉だったから。


「いや、いい道具だよ。僕が存在を感知できないほどの魔法。この魔法に君はどれだけの時間をかけた? 10年……いや、20年か。その間に、ヘーゼン先生はどれだけ君に会いに来た?」


「……」


「1年に1回。それも定期で……そうだろう?」


 バッカスの心を読み解くように。闇魔法使いは、唇をニイと歪ませる。


「……」


「定期修理メンテナンスだよ。道具は維持管理していかないと使えないからね。飼い犬に持つ愛情とは違う。いい道具として、ヘーゼン先生は君を認めていた」 


「嘘だ……違う……」


 そう心では否定するのに。彼の頭の中で走馬灯のように思い浮かぶ。会話は毎回震えるほどの緊張を覚えたが、いったい何を話していた? 確かに褒められ、称えられた。しかし、それは魔法だけのことではなかったか? そんな疑念がバッカスの脳裏に回り続ける。


 尊敬の念を抱き、その全てを分析しようとしたアシュ。一方、尊敬の念を抱き、彼を支えるために盲目的に献身を続けたバッカス。その二人のスタンスの違いが、ヘーゼンの理解度の明暗に大きく差を作った。


 そして。


「しかし、僕は疑問があるんだ。先生の跡を継ぎたいと思っているんだってね。ところで君はハサミを持っているかな?」


 闇魔法使いは、大きく目を見開き、首を傾げる。


「黙れ……しゃべるな……」


 バッカスは震えながら、耳に手を当てる。


「僕の持っているハサミは、超高級品で重用しているのだが。しかし……僕は、ハサミに自分の跡を継がそうとは思わないね。残念ながら……ククク……クククク……ハハハハハハハハハハハ」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」


 狂ったように。バッカスは叫び、魔法の詠唱を始める。


「ところで……君は


「なっ……」


 自分の姿を確認すると、魔法が解けていた。持続系の魔法は精神が安定していないと解けることがある。その事実を知っていたからこそ、バッカスは寡黙でい続けた。しかし。その隠されていた自尊心を。嫉妬を。妬みを。アシュという男は暴き、晒した。


「くっ……」


「もう、遅いよ」


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


 アシュから放たれたのは莫大な闇だった。見る見るバッカスに影が覆い尽くし、彼を呑み込んでいく。


「うあうああああああああああああっ」


 勝った。


 そう確信した時。


<<哀しき愚者に 裁きの業火を 下せ>>ーー神威の烈炎オド・バルバス


<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー光の印サン・スターク


 二つの魔法が放たれ、アシュの闇魔法は霧散した。


 放たれた方を見ると、


 ゼデス=グーンと


 ベガ=リールが


 その場に立っていた。



 

 


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