見えざる敵
ライーザ王は無表情で、リザルドの消滅を眺めていた。
「ククク……護衛がいなくなったのに、まだ余裕がおありのようだ」
軽口を叩きながら。アシュは、静かに構えて魔法の詠唱を始める。はっきり言って、余裕は皆無である。リザルドに思ったよりも手こずったとは、挑発とはったりを繰り返していた見栄っ張り魔法使いの本音である。
他の四聖が来る前になんとか――
<<風の徴よ 猛き刃となりて 敵を斬り裂け>>ーー
後ろから。
「ぐわああああああっ」
とっさに、片手で背中を押さえて相殺をしたが、すでに喰らった魔法で血が全面から噴き出る。振り返って敵を確認するが、姿が見えない。厄介なことに、四聖のうちの一人が、この場にいるらしい。
「ふっ、姿を見せないのは僕が怖いからかい?」
そんな風に軽口で挑発するが、当然、敵がそんな誘いに乗るはずもなく。
<氷塊よ 咎人を 押しつぶせ>ーー
突然、上空から巨大な氷が発生した。
「くっ!」
<<火炎よ 絶壁となりて 我が身を守れ>>ーー
こちらは、なんとか魔法壁を張って防いだが、まだ敵の位置を特定するには至らない。少々の時間はできたが、次の魔法で、魔法壁ごと消滅する魔法を繰り出してくるだろう。
四聖には、リザルドの他に、ゼデス=グーンとベガ=リールがいるが、それぞれ面識があった。しかし、残りの一人は会ったことがない。名前も知らないし、もちろん噂すら知らない。影の薄い人なのかと、まったく気に留めていなかったが、アシュはその理由を、今頃になって確信した。
この者は、こうやって次々と対象を抹殺してきたのだと。
魔法もそこまで高位ではないが、実用的だ。アシュに気配を悟られることなく、効果的に敵を傷つける。どちらかと言えば、
「……ククク、そうやってヘーゼン先生のご機嫌を取って、四聖までたどり着いたのかい? 涙ぐましい献身じゃないか」
現時点で為す術のない闇魔法使いは、逆なでするような言葉を投げることしかできない。姿が消えていることは理解できるのだが、どこにいるかの特定ができない。
「仕方ないな……」
そう言いながら、指先を地面に向けて巧みに動かし印を描く。黒々とした光が宿り、地面にはその黒光で描かれた魔法陣が精製される。その迷いなく描きあげられる仕草には一片の躊躇いもない。五芒星を基調に、無駄なく洗練された
闇魔法使いの手が止まり、黒い稲妻の塊が魔法陣に駆け巡る。
<<その闇とともに 悪魔ベルセリウスを 召せ>>
ポン
「ジェニファちゃん……そんなこと言わないで……アレ……」
5歳ほどの小柄な体格。黒く小さな翼が背中にちんまり。申し訳程度の牙がチラリ。そんな可愛らしい少年が出てきた。手には、黒い薔薇が一輪。
「出番だよ ベルセリウス」
・・・
「おい、アシュ……」
そんな悪魔ベルシウスは身体をプルプル震わせながら、アシュを睨む。
「ふむ……何かあったのかね?」
「馬鹿――――! アホ――――――――――! 折角、ジェニファちゃんと闇苺狩を楽しんでたのに……全部台無しじゃないかよ」
「そ、それはすまないことをした」
「なんで事前に予定確認できないのかなあんたは!? 僕だって暇じゃないんだよ。よりによって今日……今日この日この瞬間で。神がかり的なタイミングだよ神がかり的な」
悪魔なのに、『神がかり的な』を連発するベルシウス。
「まあ、どうせいつも通りフラれるんだ。それより、
「いいけど、誰に?」
「……この場で、一番荒んだ考えをしている者に」
そう答えると、べルシウスはそのクリっとした瞳を閉じる。
『リザルトを殺してくれて助かった。奴はいつも俺の仕事を馬鹿にする。しかし、いざとなれば、ヘーゼン先生の役にも立てない。俺なら、この男を殺すことができる。ゼデスでも、ベガでも、ない。先生の跡を継ぐのは、俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ。俺だ』
「……ククク、図星だったようだ。承認欲求が強いんだね。ヘーゼン先生に認められるために、自らの手を染め、功績をあげていった。典型的な飼われ犬だ。ある意味リザルドよりよっぽど性質が悪い。餌を求めるために、飼い主の求める仕事をやるなどと。それは、彼もバカにせざるを得ないだろうな」
「……黙れ」
初めて発せられた声を聞き、闇魔法使いの口元が緩んだ。
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