売買
「お嬢さん……いい品があるんですが」
右往左往しながらドレスを選んでいるミラに、一人の男が話しかけてきた。20代半ばだろうか、神経質そうな鋭い眼光に黒縁メガネをかけた青年で、プシット通りの活気とはかけ離れた雰囲気を放っていた。
「えっ、本当ですか? どこどこー」
当然ながらノーテンキ執事は無邪気に問う。
「ここにはございません。今からご案内しますが、お連れ様にも声をかけて頂ければと思うのですが」
「えっ? それってどういう――「それには及ばない。もう、ここにいるからね」
ミラが問い返す前に、闇魔法使いは彼女の後ろに立っていた。メガネをかけた青年はアシュを一瞥し深々とお辞儀をする。
「初めまして。シュインと言います」
「こちらこそ。僕の名は――「初めまして! 執事のミラです!」
・・・
「僕の名はアシュ=ダール。雇い主の僕より早く自己紹介をしてしまう無能でアホで気の利かない執事の主人です。以後お見知りおきを」
いつも通り、華麗に、丁寧に、皮肉たっぷりに、あいさつする闇魔法使い。
「えっ、いけなかったですか?」
そう尋ねて目をパチクリ。
「……逆になんでいいと思ったのか僕は知りたいくらいだね。そもそも執事があいさつする必要があるのかい?」
「えっ! しちゃダメなんですか!?」
「する必要はないだろう」
「ググっ……ケチっ!」
「……」
なにがどうなったらその言葉に行き着くのか、大陸一の研究者を自負するアシュにも全く理解できなかった。
「あの……」
「おっと、失礼。それでは行こうか」
「はい。では、こちらへ」
シュインは二人の前を歩き、先導する。
「これは……あたりかな」
アシュがボソリとつぶやく。青年は、過剰にへりくだるわけでもなく、媚を売るわけでもない。
「なんか、暗そうな人ですね」
「……」
この執事には、全然伝わっていなかった。
「君は人の見る目をもう少し養った方がいいよ」
「えっ! あの人いい人なんですか?」
「……君のいい人の基準は置いておくとして、少なくとも有能であることは間違いないようだ。ほぼ間違いなく、僕の欲するものを売ってくれるはずだよ」
「ふーん。なにを売っている人なんですか?」
「ふむ……まあ、君のような者は知る必要がないとだけ言っておこうか」
「ええっ! なんでですか教えてくださいよ」
「……」
そう言ってプーっと頬を膨らませるミラを眺めながら、アシュは黙って彼女の頬に手を当てて潰す。そんな他愛のないやり取りをしながら二人はシュインの背中についていく。
アシュの見立ては当たっていた。
そして、ミラの見立てもまた。
彼らはその商品の性質から、呼ばれる。
死の商人、と。
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