アホ執事誕生


 満月に照らされてもなお、禁忌の館は漆黒に包まれていた。


 さっきまで泣きじゃくっていたミラであったが、すでにあっけらかんとした表情に戻っていた。


「さーて、僕はもう寝るから、朝食の支度、頼んだよ。もちろん、ニンジン抜きで」


 闇魔法使いはあくびをしながら扉を開ける。


「ねえ、アシュさん」


「ん? なんだい」


「なんで、私を雇ったんですか?」


「……」


 無視。


「ねえ、どうしてですか?」


「……」


 無視。


「ねえ、ねえ、ねえ、ね――」


「ああああ! うるさい子だな。執事が不足してたんだよ! 他、いろいろ理由があるが、総合的に判断して君が適任だと思ったからだ。光栄に思いたまえ」


「いろいろって?」


「……くっ。不本意ながら、君の料理は僕の口に合っていた。僕は大陸有数のグルメだからね。その点は、大いに誇っていいと思うよ」


「……っ。エへへへ」


 尋常じゃなく嬉しそうなミラの様子に、これ見よがしに面白くない表情を浮かべる性悪魔法使い。


「他には?」


「もういいだろう!? いろいろったら、いろいろなんだよ。じゃあ、おやすみ」


「ま、待ってください!」


 強引に話を締めくくって、寝室に向かおうとするアシュを強烈タックルで抱きしめる。


「は、離したまえ! 君は言うなれば、僕の執事だ。主人に向かってなんて無礼な」


「離しません! 他にも聞かせてくれるまで、絶対に、離しません」


「くっ……情報漏洩の問題だ。仮に、この禁忌の館の存在を吹聴して回られでもしたら、面倒なことになるからね」


 特にアシュが警戒するのは、へ―ゼン=ハイム。対応候措置を講じる前に、再び狩られたらたまらない。かと言って、契約魔法のおかげで口封じなど、もってのほかだ。それならむしろ、主従関係をキチンと決めて側に置いておく方がベターだと判断した。


「失礼な! そんなことしません!」


「するんだよ! 君はアホだからな!」


 特に本人が意図しないところで、無意識にべらべら話す危険がある。そんなレベルの恐るべきアホだとは、アシュの下した評価である。


「ぐぐっ……もっと、いい理由ないんですか!?」


「ない」


「あるでしょ!?」


「な、ないって言ってるじゃないか! 当の本人である僕がないって言ってるんだ」


「あります!」


「……そーか、君は超絶アホだったね。僕は、今、さっき君を買った僕をぶん殴ってやりたい気分だよ」


「他には!?」


「くっ……まあ、敢えて言うなら若さかな。どうしようもないアホ娘ではあるが、僕の教育次第で、なんとか治せる範囲だと思いたったわけだよ。いいかい? くれぐれも主人である僕の言うことを忠実に守りたまえ」


「はい!」


「い、いい返事だ! では、早速、この手を離したまえ!」


「嫌です!」


 !?


「僕の言うことを忠実に守るって言ったじゃないか!?」


「はい! でも、それは嫌です!」


「クビ! お金は持って行っていいからあの異常な家に帰りたまえ!」


「嫌です!」


「……っ」


 このアホ娘のアホレベルを完全に見誤っていた。


 衝撃的大誤算。


「もっと私がやる気になるようなお言葉をください! いえ、お言葉をください


「執事口調にしたところで、ないものはないんだよ! 0とは、0だから0なのだ。存在しないものは、どれだけ言い張っても存在しない!」


「ぐぐっ……明日の朝食にニンジン入れますよ!」


「なっ……朝食を人質にとるとは……なんて卑怯な」


「ちょっと褒めるぐらいのもんじゃないですか! 相変わらず乙女心って奴を理解できてませんね!」


「君がいつなんじなんぷん僕の前で乙女だったのか小論文で書いて提出してくれないか!?」


「……キ――――――!」


 ぶんぶんと拳を振り回すミラの額を掌で抑えながらため息をつく。


「ふぅ……君は黙って立っているだけだったら非常に可愛い女の子なのに」


 皮肉交じりにつぶやくと、ミラの動きがピタリと止まった。


「……エへ、エへへへ。そうですか?」


「……」


 どうやら、このアホ娘は、褒め言葉と勘違いしたらしい。


「しょうがないですね。アシュさんがどうしても寂しいと言うのであれば、私が側にいてあげましょう」


「……疲れた。異常に疲れたから、今日は眠らせてもらうよ」


「はい! おやすみなさい」


 その元気のいい声に、アシュは、どっと疲れが出た。

 

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