禁忌の館に、朝日が差し込む。すぐにパチクリと目を開けるのは、執事初日に張り切るミラ。ベッドから飛び起き、すぐに顔を洗って準備完了。猛ダッシュで、主人の部屋に激しいノック音を響かせる。


 ダンダンダン!


「アシュさーん。起きてください! 朝ですよ」


「……」


 ダンダンダン!


「おーきーてーくーだーさーいー! アーシューさーんー!」


「あああああっ! うるさいなぁ!」


「朝です」


「知ってるよ! 知ってて起きないんだよ!」


「えっ……なんでですか?」


 キョトン顔でミラが尋ねる。


「眠いんだ」


「眠いから好きなだけ眠るって、そんなの、駄目な大人になっちゃいますよ。起きてくださいよ」


「……」


「ねえ」


「……」


「ねえ、ねえ、ねえ、ね――「あああああああっ! 本当にうるさいな君は! 僕は、もう立派な大人紳士なんだから大丈夫なの!」


「いえ! アシュさんは駄目な大人です。だから、治しましょう」


「くっ……もういい! 起きればいいんだろう」


 あきらめた。というか、もう目が覚めた駄目大人魔法使い。


「朝食できてますから。早く食卓に来てくださいね」


 せわしなく、パタパタと階段を降りていく。


「まったく……失敗だな」


 一時的な気の迷いに、大きく頭を抱える性悪魔法使い。自分なりに考察を重ねて出した結論だったが、そのアホさにおいて、遥かに予想の外をいった。


 アシュは総じて失敗が多い。考えたことはやらねば気が済まない性質。思いついた理論を実行し、悪魔に全身を喰われることなど日常茶飯事だ。しかし、懲りない。どれだけ失敗しても、『しない』後悔よりはマシであると考えている。


 そんなアシュが、激しく、著しく、後悔していた。


 階段を降りると、料理の匂いが香ってくる。


「早く早くー」


 無邪気に手招きするミラ。


「……」


 アシュは黙って座り、並べられている料理を見渡す。


「さあ、召し上がれ」


「……ニンジンは入ってないよね」


「仕方ないから、入ってません」


「……」


 若干気になる物言いだったが、まあ、ニンジンが入ってなかったらいいか、と料理に手をつけ始める。


 モグモグ。


            ・・・


「……なんでニンジン入ってるんだ―――――!」


「バレたか」


「き、君! 入ってないって言ったじゃないか!?」


「隠し味に入れたらバレないかと思って」


「なんでそんなにニンジン入れたがるんだよ!?」


「ニンジン美味しいじゃないですか!?」


「君はな! 僕は嫌いだと、何度言ったらわかってくれるんだ!?」


「はいはい、ニンジン入ってるのその料理だけだから、我慢して食べてください」


「メインじゃないか! せめて、オードブルとかにしてくれ」


 はぁ……はぁ……


 朝っぱらから不毛なやり取りを繰り返す2人。


「ところで、今日、アシュさんの予定は?」


「……なんで君に報告する必要が?」


「私、アシュさんの執事ですから」


 薄い胸を張って、いばる執事美少女。


「執事だったら、まずは、僕のことをご主人様と呼びたまえ」


「う……それ、呼ばないといけません?」


「当り前だろう。君と僕は正式な雇用関係を結んでいるんだ。君は僕を主人と崇め奉り、敬い、媚び諂い、料理にニンジンを入れない義務がある」


「う゛―――っ……わかりました、ご主人様」


「……なかなか、いい響きだね。もう一度言ってごらん」


「ええっ、またですか!? ご、ご主人様」


「ふむ……悪くない」


 顔を真っ赤にしながら美少女が『ご主人様』とつぶやくのに、ご満悦なエロロリ魔法使い。


「で、今日はなにをするんですか?」


「首都ウェイバールへ」


 リックの情報も気になるし、研究材料に使う物資も調達したいところだ。ヘーゼン=ハイムへの対抗措置。理論上は構築しているが、それを成功させるためには、トライをしなくてはいけない。


 こちらの動向がわかるような派手な動きはできない。あくまで、隠密で、小規模で動く必要があった。


「私、行ってもいいですか?」


「駄目に決まっているだろう」


「ええっ! なんでですか!? アシュさんばっかりズルいです」


「……ご主人と呼びたまえ」


「あー、ご主人様、ご主人様。ご主人様ばっかりズルいです」


「……」


 なんだろう、あまりにも雑な『ご主人様』に寂しい気持ちが訪れる。


「そろそろ食材を買う必要があるんです。このままだと、もう、あと数日できれちゃいますよ」


「ふむ……では、君は明日行きたまえ。僕は、今日行くから」


「ええっ! 一緒に行きましょうよ」


「……」


 これ見よがしに一緒にいたくないと表現しているのに、アホ美少女には、これっぽっちも伝わっていなかった。





 

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