気づかない


 大刀を携えた、頑強な体つきの男。先日襲ってきた野盗たちより一回り大きく、身なりもそれなりの装備をしている。


「死にたくなければ、金を置いていけ」


「……」


 アシュが隣を見ると、大人美人は微笑みを浮かべていた。


 ほぼ、間違いなく、美人局つつもたせ。どう考えても、その頑強戦士とグルなのは伝わってきた。


「ふっ……君は危ない。下がっていたまえ」


 しかし、認めない。


 騙されたことを、認めない。


 なんとか格好よくこの場を切り抜けて、あわよくば大人美人に惚れられようと画策する非モテ魔法使いである。


「……よほど死にたいようだな」


 戦士は、大刀を抜いて構える。


 ここは建物の陰で自身の影ができない。魔法を使えぬ者である『不能者』には、影を使うのが一番効果が高いのだが、それは瞬時にあきらめる。アシュにとって最も得意な戦術とは、逃げながら、遠隔から、嫌がらせのように魔法を繰り出すことである。


 しかし、格好悪い。


 それは、不格好である。


 その点から、有効な戦術を必然的に外さざるを得なかった。


 なんとか、格好いい方法で、この敵を撃退しなくてはいけない。


 最悪、この場は負けたとしても、なんとか格好よく。


「僕に挑むなんて、君はいい度胸をしているよ」


 そうは言ってみたが、相手に動揺は見られない。その様子から腕はそこそこ立つと推測できる。格闘では、恐らくは勝負にならない。運動神経マイナスの生粋魔法使いである。


「……アレがいいか」


<<闇よ 我が腕に 悪魔の 刃を>>ーー悪辣の剣イビル・ソード


 暗黒の光……とでも言うべきだろうか。アシュの腕にウネウネと蛇のように這うナニかが発生した。それは、まるで生きているかのように。禍々しき予感を象徴させるかのように。


「くっ!?」


 数歩、後ずさりする戦士。


「ククク……驚くのも、無理はない。名もなき路頭の者にはまず、お目にかかれないほどの上級魔法だからね」


 闇魔法は諸刃の剣である。習得には常に危険が付きまとい、魂を悪魔に喰われることも、身体を漆黒に沈めることも覚悟しなくてはいけない。それゆえ、扱う者は限られている。麒麟児か、奇特者か、死を恐れぬ愚か者か。


 アシュ=ダールは、その全てを兼ね備えた魔法使いだった。


「くっ……うおおおおおおおおおおおっ!」


 戦士が意を決して襲い掛かり、大刀を振りぬく。斬撃は鋭く、並みの者なら骨すら寸断するほどの威力で。


 しかし、次の瞬間、戦士は思わず問いていた。


「……貴様、?」


 大刀は、アシュの腕に蠢く闇に捉えられた。そして、それは完全に戦士の意志から離れ、ビクともしなくなる。


「ああ……これが、僕流の剣……かな」


 闇魔法使いは、ニヤリと笑い、腕をゆっくりと戦士に向かって振る。誰であろうと躱せるほどの速度で。


 戦士はやむなく大刀を離し、さらに数歩下がって様子をうかがう――


 ハズだった。


「う、うおおおおおおっ!」


 戦士の咆哮と共に、両腕が地面に落ちる。アシュの腕に巻き付いた闇の光は、その形状を変え、それらを奪っていた。


「……実力差をわかっていただいたかな?」


 華麗に、そして圧倒的なキメ顔を見せて、大人美人をチラリ。


 しかし、すでに彼女はアシュの背中にはいなかった。


「リード! ねえ、リード、しっかりして!?」


 両腕を失った戦士の腕を必死に止血しようとする大人美女。


「……バカ、出てくるな! 殺されるぞ」


「あなたこそ! ねえ、お願い! 命だけは……この人の命だけは取らないで! 私がお金欲しさに計画したの! 私はどうなったっていい! だから……だからこの人だけは……」


「バカ野郎! なあ、頼む! 女相手に命を奪うなんてやめてくれ! こいつは反対してたんだ! それを俺が……この通りだ。殺すなら、俺だけにしてくれ!」


 イチャイチャ。


 ラブラブ。


「……」


 闇魔法使いは、しばし、黙り込む。


「……」


 そして、遠くから、隠れて様子を見ていたミラ、思う。


 なんという、道化ピエロだろうか、と。


              ・・・


 しばし経って、アシュは彼らに背を向けて歩き出す。


「ふっ……やはり、恋愛はいいものだね」


 最後のカッコつけだった。


 しかし、カップルはそれどころではない。男の切断された両腕を、止血しようとてんやわんや。すこぶる悲劇が展開されていた。


 必然的に、ナルシスト魔法使いの台詞など、聞いてはいなかった。


「……っ」


 ミラが見送るアシュの背中は、これ以上ないくらい、道化ピエロだった



 

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