まさかの


「い、いい加減にしてくださいよ!」


 ミラは、4回目のカフェオレおかわりをした時、カウンターテーブルに両手を叩きつけた。


「なにがだい?」


「……ここまで圧倒的にフラれ続けて、私はなんであなたが平然としてられるのか、不思議ですよ」


「出会いは、一期一会だ。そんなことも、ある」


 ナルシスト魔法使いは、カクテルのチェリーを、華麗に食す。


 36個目のチェリーを。


「……」


 リックはシャカシャカしながら思う。


 そのセリフ、今日で、36回目だよ、と。


「だ、だいたい! いつ本題に入るんですか!? さっきからくる人くる人ナンパして。あまりにも節操がないんじゃありません?」


「ふっ……ナンパとは無粋な。人にとって出会いとは、かけがえのない宝物だ。僕は宝物探しをしていただけさ」


 遠い目をしながら、カクテルを口に転がす、ナルシスト魔法使い。


「……」


 ミラは、思った。


 こんなに響かない言葉が、この大陸にあるのか、と。


 そんな中、また一人女性が入ってきた。今まで見た中でも、一番綺麗で大人な感じを漂わせている。


「さっ……あちらの方に例のモノを」


「っ……」


 リックは思わずうなった。


 ナルシスト魔法使いの心は決して折れることはない。それゆえ、懲りることはない。結果、決して自らを省みることはない。


 精神的に、アシュは。とんでもない怪物であった。


 8年ぶりに訪れたバーで、本日37回目、離れた場所で、一人カクテルを飲んでいる美人をチラ見した。


 リックは、もうあきらめて、カクテルを作り出す。


 シャカシャカ


 シャカシャカ


「……どうぞ」


 血のように真っ赤なカクテル。


「あら……注文してないけど」


 ほんのり赤みがさした美人は、リックの方を見る。


 もはや、デジャブかと思われるほど、同じ。


 10……9……8……


 ミラは、心の中で、ナルシスト魔法使いが殴られるまでのカウントダウンを始めた。


「……あちらの方からです」


「まぁ……」


 まんざらでもない感じ。なぜなら、アシュは、高身長で甘いマスクを持つ。日々、出会いを求める女性にとっては、刺激的な相手である。


 ここまでは、問題はないのだ。ここまでは……


「でも、本当に綺麗な赤のカクテルね……名前はなんていうのかしら?」


 それを聞くと、アシュは立ち上がって、大人美女の側まで行って、精一杯格好つけて、彼女にの顎をクイっとして、言った。


真実の愛トゥルーラブ


「……す・て・き」


 !?


「なに―――――――――! そんなバカな――――――!」


 遠くから見ていたミラが立ち上がり叫ぶ。


「な、なにアレ……」


 大声にびっくりした大人美女がアシュの耳元でささやく。


「さあ、存在すら知らないね」


 性悪魔法使いは、ミラを、なかったことにした。


「そんなことより、この広大な大陸で、この時代で、2人が出会った奇跡と言う名の神秘について語らうことが重要ではないかな?」


「フフッ……お上手ね」


 女性は頬を赤らめて、アシュの胸をつく。


 ナルシスト魔法使いは、思った。


 なんだか、今日は行けそうな気がする、と。


「ア、アシュさん、ちょっと!」


「……」


 ミラの声かけを無視。


「ねえ、ねえねえアシュさん!」


「……」


 断固無視。


「あの……なんか、あっちの子が、呼んでますけど」


「……ちょっと、失礼」


 観念して席を立ち、ミラの隣に座って睨む。


「なんなんだね、いったい!? 君みたいな下品な振る舞いのアホ少女と知り合いだと思われたくないんだがね!」


 キレるアシュ。


「お、おかしいですよ! 騙されてます!」


「なにもおかしいことなんてあるものか」


「おかしいことだらけですよ! だって、アシュさんの言葉であなたのことを殴らないなんてどうかしてます!」


「……君には、やはり、論より証拠らしいね。まあ、隠れてついてきたまえ。大人の恋愛と言う者をみせてあげるから」


 そう言い残して、すぐ席を立ち、再び大人美女の前に戻る。


「申し訳ないね……乞食だった。どうもバーテンダーの会話を聞いていて、僕の名前を知っていたらしいね」


「ふーん……可愛らしい乞食ね」


「君の美しさに比べたら、ゴミだよ」


「まぁ……」


「ふっ……少し気分を変えて、飲みなおさないか?」


「嬉しい! 私、いい店が、あるの」


 彼女は、アシュの手を握って、席を立って、歩き出す。


「ふっ……その積極的な姿勢……嫌いじゃないな」


 店から出る前に、ミラに向かって、これ以上ないくらい勝ち誇った表情を浮かべながら、2人は出て行った。


            ・・・


 路地裏の道をどんどん彼女は歩いていく。


「ふむ……こんなところに、店はあったかな」


「……」


 女性は、言葉少なめに、アシュの手をひいて歩く。 


 やがて、どんどん人気がなくなっていき、もはや誰も住んでいないような廃墟に辿りついた。


「ここは……なかなか、趣のある場所だ――」


 そう言いながら振り返ると、彼女の背中に一人の男が立っていた。


「ほらっ、金! 金出せ!」


「……」






 案の定、騙されていた、ナルシスト魔法使いだった。

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