助ける
ミラには理解ができなかった。自称『至高の紳士』が言い放った言葉を飲み込むには、あまりにも、いろいろと足りていなかった。
「あの……アシュさん」
「なんだね?」
「今……なんて言いました?」
「ふぅ……君は頭だけでなく、耳まで悪いのかね? 彼らに、『その金で、いい女を買うといい』と言ったまでだよ」
「……」
どうやら、幻聴ではなかったようだ。
あまりにも、目の前の男がおぞましすぎて、自分の頭がおかしくなってしまったと本気で疑ったが、どうやら、目の前のクズの頭がおかしいのだと、ミラは再認識した。
「サイテー! サイテーサイテーサイテーサイテー!」
「な、なんだねうるさいなぁ」
「大陸一の闇魔法使いなんでしょう? ズバッと凄い魔法で野盗をやっつけられないんですか!?」
「ふっ……僕は野蛮なことが嫌いでね。あいにく、そんな下種な発想は持ち合わせていないんだ」
「……っ」
あまりの腐った言葉に、二の句を失う下種美少女。
「まあ、見ていたまえ。僕が君に存在しない教養で、暴力のような野蛮極まりない行為をやめさせ、平和的かつ建設的な提案で解決して見せるから」
ふふん、と性悪魔法使いは鼻で笑う。
「お、お金バラまいているだけじゃないですか!?」
「
「私があなたの鎖取ったんですけど!?」
「君とはキチンと契約を交わしたじゃないか。いわゆる対等な取引だ」
「ぐっ……なら、きちんと私が納得する形で助けてくださいよ!」
「そんなものは契約内容には、ない」
「ぐぐっ……」
悔しい。
こんなクソ野郎に、断じて言い負かされたくない、熱血美少女である。
「だ、だいたい! 『女を買え』なんて……そんなサイテーな発言がよく言えますね!? 至高の紳士が聞いて呆れます!」
「……ふっ」
「い、い、いま鼻で笑いました!? 笑いましたよね!?」
「ああ、笑ったね。君のあまりの見識のなさに、思わず、鼻で笑ってしまったよ」
「キ――ッ」
ブチ切れて殴りかかってくるミラの額を、アシュは片手で抑える。
「やれやれ……すぐに暴力……なんともあさましい少女なんだ。いいかい? 性風俗はこの大陸で公然と横行しているじゃないか。その事実を口にしたからと言って、なにがサイテーなのか、僕にはよくわからないな」
「……わからないんですか!? ホント―に、わからないんですか」
「ああ。まったく、全然わからないね。だいたい、彼らが野盗に身を落としているのは、その不遇ゆえにだと、なぜわからないのかな?」
「……」
「いいかい? 彼らがお金を持つとしよう。そうすれば、少なくとも、君のような貧相で教養なしな少女に乱暴を犯して、結果、捕縛され死刑に処されるリスクを負うことなく、彼らは欲を満たせるわけだよ。なぜかって? 金で買うからさ。性根も容姿も腐っているような彼らが自らの欲を満たせる唯一の方法は金しかないからね」
「……」
「売っている女性とて、いろいろな方がいるだろう。性に開放的な女性、家庭の事情でやむにやまれず行っている女性、無理やりやらされている女性だっているだろう。しかし、互いの合意で彼らが己の欲を満たせる確率が高くなるのは、明らかだろう?」
「ふっ、普通に恋愛して愛し合えばいいでしょうが!?」
ミラは、至極当然なことを、言った。
「……可哀そうなことを言ってやるなよ」
闇魔法使いは、凄く、痛々しそうな表情を浮かべる。
「か、可哀そう?」
「見たまえ! 彼らの容姿を。醜いだろう? いや、それだけじゃない。自身の欲のために女性を無理やり犯すような、いわば下種中の下種だよ? 容姿も性格も腐敗しきっている。そんな彼らにまともな女性が恋をするとでも? するわけないじゃないか! 全大陸中の女性に土下座して回ったとしても、彼らは生涯『愛』などという贅沢品は手にできない運命なんだよ」
「……」
「いいかい? 人を愛するには資格がいるんだよ。彼らは、不遇にも、その資格は得られなかった、哀れで、みじめな、下種人間なんだ」
「……」
ミラは、思った。
そ……そこまで言わなくても、と。
「しかし……そんな恐ろしい発言をするとは……もしや、君は恋愛をしたことがないね?」
ズバッと闇魔法使いが指さす。
「そ、そんなのどうだっていいでしょうが!?」
図星をさされて数歩後ずさりする恋愛処女。
「まったく……世間知らずとは怖いね。恋愛がどれだけ難しいことなのかわかっていないのだから。僕のような知性、容姿、富、すべてを備えた紳士でさえ、恋愛を成就させることは至難の業だというのに」
「……」
ミラは、強く、思った。
でしょうね! と。
「さあ、君たち。この金を拾いたまえ! 遠慮することはない。この金で、君たちが願わくば、君たちが合法的に、合意で女を買うことを僕は願っているよ。女性を無理やり犯すことでしか、己の欲を満たすことができない君たちのような下賤な下種なクズどもにも、僕のような紳士の門戸は広いよ。海のような心で、山のような鷹揚さで、君たちにも施しを与えよう」
そう高らかに謡いあげながら、アシュはお金をバラまく。
しかし、
もはやその金を、どの野盗も、拾ってはいなかった。
「……殺す!」
「えっ?」
「貴様――――――! 殺す殺す殺す!」
恐ろしいほどの殺意をもって野盗たちは、アシュに、襲い掛かる。
「……なぜだ」
「壮絶アホだからじゃないですかね!?」
ミラが強くツッコんだ。
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