戦い


 猛然と、襲いかかってくる野盗たち。3人が長剣を抜き、凄まじいほどの殺意で、アシュに斬りかかってくる。


 それを、華麗に……ではないが、必死に躱す闇魔法使い。


「き、君たち! なにか、僕が恨みでもあるのかね?」


「ふざけるんじゃねぇ! アレだけ俺たちを罵倒して、こき下ろして……どの口が言いやがるんだ!?」


「ご、誤解だよ! 僕は、悪口は嫌いなタイプだ。ただ、純然たる事実を口にしたまでだよ。君たちの容姿が醜いのも、性格が下種なのも、紛れもない真実だよ」


「殺す殺す! 絶対に殺す―――――――!」


 殺気満載の斬撃を躱しながら、身を翻し、扉を開けて部屋の外へと出た。


「くっ……こっちは平和的かつ建設的な提案をしているというのに……」


 アシュは猛然と逃げながらつぶやく。


「あなたがいつどこでそんな提案したというんですか!?」


 性悪魔法使いの巻き添えとなって、並走して逃げるミラ。


「僕は事実を言っているだけだよ!」


「事実ってまあまあ言っちゃいけないことあると思いますけど!?」


「……まったく。正直者が損をする……恐ろしい世の中になったものだな」


「恐ろしいのはあなたの歪んだ考えだと思いますけど!」


 そんな風に言い争いをしながら、階段を駆け下り、重厚な扉を開けて館の外に出た。すぐ後ろからは野盗が猛然と追いかけてくる。


 彼らは、明らかに、性悪魔法使いを追いかけていた。


 ミラは、それを察知しアシュと逆の方向に走る。


 ……が、それを察知し、美少女に追随しようとするゲスの極み魔法使い。


「な、なんで私についてくるんですか!? あなたが野盗に追われてるんですから、私から今すぐに離れてください!」


「ふっ……バカなことを。僕はこっちに行きたいからこっちに来ているだけだよ。逆に君の方が僕の魅力に引き寄せられているんじゃないのかい?」


「明らかに私の方が先行してるじゃないですか!?」


「……『人より先んじていると思っている者ほど、人より遅れをとっているものだ』――レイザー=トレンスナ」


「誰ですかそのアホなこと言う人は!?」


 そんな風に言い争いしていると、野盗の1人が回り込んで、アシュとミラの進路を塞ぐ。反転して後ろへ下がろうとしたが、そこにも残りの野盗たちが。


 完全に包囲された。


「はぁ……はぁ……もう終わりだ。観念しろ」


 野盗たちは、じりじりとアシュとミラに近づく。


「ど、ど、どうするんですか!? 囲まれちゃいましたよ」


「落ち着きたまえ見苦しい。紳士たるもの、このような危機に瀕してこそ優雅であるべきだよ……さて、君たち」


 闇魔法使いは、その白髪をかきあげて、低く笑いながら唱える。


<<影よ その身に 呪縛を 示せ>>ーー愚者の停滞ダレ・セールド


              ・・・


 しかし、なにも起きない。


「くっ、ははははは……なんだそれは!? 新しい命乞いか? 今更遅い。貴様だけはなぶり殺しにしてやらないと気が済まない」


「……ふぅ。どうやら、本当に君たちは愚からしいね。まあ、常に下等なものは淘汰されていく運命だ」


 アシュは、肩をすくめて呆れる仕草を見せる。


「遺言は終わったか?」


 野盗たちは腰に携えていた剣を抜く。


「好きにするといい……君たちがそこから一歩でも


「なにを言って……」


 そう言いかけて、野盗の1人は言葉を止めた。他の野盗もそれぞれ動こうと必死に身体を震わせるが、その足はまるで地面に張り付いているかのように動かなかった。


「き、貴様っ! なにをした!?」


 焦りながら叫ぶ野盗に対し、闇魔法使いは歪んだ表情で笑った。


「僕に影を見せたらいけないな。君たちのように力を持たぬ下種ならば、なおさら気をつけねばいけなかったね」


 野盗たちが地面を見ると、アシュの影が広がり、彼らのそれと交差していた。


「……ぐぐぐぐっ」


 なんとかもがこうと試みる野盗たちだが、一向に解ける様子はない。


「ククク……クククハハハハハハハハッ! さっきまでの威勢はどうしたのかな? 誰が誰を殺すって!? 身の程知らずもいいところだ」


 地面に転げまわりながら、心底愉快そうに、サディスト魔法使いは笑った。


「お、俺たちを殺すのか!?」


 先ほどまで、怒りで真っ赤になっていた顔はすっかり青ざめていた。


「馬鹿な……暴力のような野蛮極まりない行為が嫌いでね。それに君たちには恩がある。僕は借りは返す律儀なタイプだ。君たちの無知ゆえの無謀も、広い心で許してあげよう」


 闇魔法使いの発言に、野盗たちは明らかな安堵を浮かべる。


「先ほどさげた贈り物プレゼントも全部持って行っていい。大切に使いたまえ」


「へ……へへ……ありがとうございます、ダンナ」


 先ほどの態度とは、打って変わってへりくだりだす野盗たち。


「そ、そんな! アシュさん――「さあ、ミラ。部屋に入ろう。ここは


 闇魔法使いは、彼女の言葉を遮り、肩を抱いて禁忌の館へ歩き出す。


「あ……危ないってどういうことですかダンナ!?」


「ん? ああ、言い忘れていたね。僕の魔力は少し特殊でね。周りによからぬモノがうろつきやすい。例えば……魔獣などがね」


「……ひっ」


 野盗たちの表情がいっせいに豹変した。


「まあ、数時間以内には、ここもことだろう」


「た、助けてください!」「お願いしますなんでもしますから」「俺たちは命の恩人なんでしょう!?」


 口々に命乞いを始める野盗たち。


「残念だが、君たちに助けてもらったのは一回だけだ。だから、僕も一回しか助ける義理はないな」


 アシュは冷たく言い放つ。


「お願いしますお願いしますお願いします!」「すいません、俺たち調子に乗っていました」「なんでもします……なんでもしますから! どうか……どうか……」


 更に強くなる命乞いに、アシュは足を止め、振り返り、野盗たちに近づく。


「……た、助けて――「君たちが……今までに襲った女性たちも、そうやって命乞いをしたんじゃないか?」


 闇魔法使いは大きく瞳を見開いて彼らを観察する。


「ひっ……」


「そんな女性たちを、君たちは一度でも助けたか? 憐れに思って、同情したのか? 僕は、そうは思わないけれど」


「……」


 その黒々とした瞳は、野盗たちに反論すら許さなかった。


 数秒経って、


 アシュは野盗に背を向けて歩き出した。


「さあ、ミラ……行こうか。確か、自慢のワインセラーに美味しい葡萄酒があるんだ。君の口に合うといいのだが」


「……」


 彼の笑顔は、あまりに綺麗で、歪んで見えた。

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