動揺


 アシュは、凄まじく動揺していた。


 本来ならば、一度心臓を粉々にされて、契約魔法の効力は終わるはずだった。これは、かつて実証したことがあり、再生すれば元通り。アホ小娘に己のアホさを知らしめて、野盗の前で全力でビビらして、おちょくって、『ああ、私はなんてアホだったの』、と絶望に暮れさせるはずだった。まさか、自身を守るための契約に情けをかけるアホがいるとは、完全に想定外であった。


「なんでそんな言葉を付け加えるんだ!?」


「だって、裏切ったら裏切った人死んじゃうじゃないですか!?」


「死を賭けてまで裏切るアホがいるか!?」


「あなた裏切ったじゃないですか!?」


「ぐっ……」


 二の句のつけない性悪魔法使い。


「そ、そんなことより大声出して! 野盗たちが来ちゃうじゃないですか!?」


「……仕方がない。感謝したまえ! 君を助けてあげよう」


「アホですか!? 最初からそう言う契約じゃないですか!?」


「ぐぐっ……」


 悔しい。


 アホにアホ呼ばわりされて、尋常なく悔しくて、猛烈に歯を食いしばる性悪魔法使い。


 そんなやり取りをしていると、扉が乱暴に開き、ミラを執拗に追いかけてきていた野盗たちが乱入してきた。


「な、なんだお前は!?」


 見るからに魔法使い然とした装いのアシュを見て、警戒心を露わにする野盗たち。ミラは見逃すには惜しいほどの上玉だが、それもリスクがないと判断してのこと。目の前の男が、自分たちの脅威となり得るか、怯えた目で観察する。


「おっと、挨拶が遅れまして。僕はこの『禁忌の館』の主人であるアシュ=ダール。以後お見知りおきを」


 丁重に、そして華麗にお辞儀をするナルシスト魔法使い。


 恒例の儀式である。


 紳士として当然のふるまい。どんな時でも、どんな場合でも、相手が誰であったとしても、華麗で、優雅で、礼節を常に忘れない。それが、アシュの抱く理想の紳士像だった。


「……」


 しかし、美少女には、こう映った。


 ただただ、気持ち悪い、と。


「な、名前なんか聞いてねぇよ! 命が惜しかったら、その女を渡せ!」


「ほぉ……」


 アシュは大きく目を開いて、男をジロッと観察する。


「な、なんだよ!?」


「いや、失敬。本当にそんな野盗っぽい台詞を吐くのだなと感心してね。小説の中だけだと思っていたが、案外、それが現実かもしれないね」


「ふ、ふざけるんじゃねえ! バカにしてんのか!?」


「とんでもない。僕が君たちに言うべき言葉は一つさ」


 彼はニヤリとシニカルに笑い、


 そして、口を開いた。


「本当にありがとう」


 !?


「なにをお礼言ってるんですか!? 私が襲われてるんですよ!?」


 ミラが、全力のお辞儀をしているアシュの肩をガクガク揺らす。


「だからこそだよ。君を襲ってくれたおかげで、君はこの僕を見つけだすことができた。そうじゃないかい?」


「そんな訳ないじゃないですか!?」


「ぐぐっ……そうなんだよ!」


 実際には、そうである。本気で助けを願わなければ、ミラはここに誘われてはいない。アシュは周到なヘーゼンを欺くために、彼女の深層意識まで深い場所に解除魔法を埋め込まざるを得なかった。しかし、その効力は一時間と非常に短期間。しぶとく、粘着的に野盗がたちが追いかけてくれたおかげで、ミラがアシュに助けを求めるという奇跡的結果に繋がった。


 しかし、そんな説明を毛ほどもしていないことは当然のごとく棚上げにして、己の高尚な説明を理解できないアホ美少女を強引に納得(?)させるナルシスト魔法使い。


「「「……」」」


 野盗たちは呆気に取られて黙っている。完全に計算外であるが、アシュの奇妙な言動は、彼らの行動を奪う作用を発揮していた。すでに、主導権は完全に闇魔法使いのものだった。


「さて、そんな恩人である君たちに贈り物があるんだ。ええっと……確かここに……あった」


 闇魔法使いはそう言いながら、机の引き出しを開けて鍵を取り出す。それから優雅に野盗の横を通り過ぎ、一つの大きな箱を開けた。


「き、貴様……な、なにを……」


「そのアホ小娘でいいのかね?」


「えっ?」


 質問の意味がわからず、野盗たちが声を発した。


「えっ?」


 質問の意味がわからず、ミラも声を発した。


「見たところ……顔は非常に綺麗な顔をしているが、絶望的に可哀そうな胸と教養をしている。その残念娘で君たちが満足できるとは、僕は思わないのだがね」


 アシュは美少女の主に胸あたりをチラ見して、憐みのため息をつく。そして、再び箱の中を物色し始めた。


「な、な、なんですってー!?」


 ワナワナと小刻みに震えだす残念美少女。


「燦然たる事実だよ。それよりも……あった……価値が変わってなければいいのだが……確か、バーネスト聖国はだったね」


 性悪魔法使いは、片手で大量の紙を放り投げた。


 それは、野盗たちの上をヒラヒラと舞い、やがて地面に落ちた。


「「「う……うおおおおおおおおおおおおっ」」」


 一斉に野盗たちが地面の紙を集め出す。


 必死に。


 我先に、と。


 ミラは呆然としていた。


 しかし、野盗たちの反応は当然だった。


 野盗たちが奪い合っているのは、


 バーネスト聖国の最高額紙幣、


 『レル』札だったからだ。


「その様子だと、お気に召して頂けたようだね」


 闇魔法使いは、


 手を広げて、


 歪んだ笑顔で、


 高らかに提案をする。








「この金で、いい女を、買うといい」

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