契約魔法
アシュはしばし、地に伏していた。
「あの……大丈夫ですか?」
美少女は恐る恐る、尋ねる。
「……クク……ククククククククク……ククククククククク……実に、8年ぶりか」
「なに言ってるんですか。8年もいたら、干からびちゃうでしょう」
そんなミラのツッコミをまるで聞かず、床に頬ずりする闇魔法使い。
「おっと、こうしてはいられない」
アシュは立ち上がり、側にあった机の前に立って、洋筆を持つ。
「さて……」
白紙の書物を乱暴にあけ、一心不乱に書き殴る。思考の停止は一切なく、ただ脳裏にある文字を尋常ならざるスピードで記していく。
身動きが取れずにいた8年。常人なら確実に発狂しているところ、アシュは思考をひたすら己の研究に巡らせることで自我を保っていた。そして、狂気的に辿りついた研究成果の忘却は、なんとしても防がなくてはいけない。
「あ、あのぉ……」
「……」
無視。
「……そうだ、あの時、確かリベンダー理論の応用をおもいついたんだった……さすがは僕だね。自分の生まれながらの才能が惜し――」
「あ・のっ!?」
耳元で大声で怒鳴り込む美少女。
「な、なんだねうるさいな」
アシュは心底面倒くさそうに、アホ娘を、一瞥する。
「助けてくださいよ! 約束したじゃないですか」
「いやだ」
!?
「や、約束したじゃないですか!?」
「うん、したね」
「じゃ、じゃあ助けてくださいよ!」
「断る」
「う、嘘つき……」
「機知と言って欲しいね」
性悪魔法使いは、歪んだ美少女の表情を嬉しそうに眺める。
「ほ、本当に助けてくれないんですか」
「助けない」
「ひ、酷い……」
その時、
「小娘ー! どこ行ったー!」
乱暴な声が館中に響き、先ほどの野盗たちの足音、ドアを開ける音、荒々しく物色する音がどんどん近づく。
「き、来ちゃいましたけど!?」
ミラがアシュの肩をガンガン揺らす。
「やれやれ……なんだねあの下品な声は。程度が知れるな」
「け、契約魔法! さっき、やったじゃないですか、アレ! いいんですか!? 心臓握りつぶしちゃいますよ!」
「……ああ、確かに契約を偽ることは、神でも悪魔でもできやしない」
その答えに美少女はホッと胸をなでおろす。
「だったら――」
「だから、僕は、偽らないように、君の約束を破ることにしたんだよ。あえて契約を反することでね」
「……はい?」
ポカンと惚け顔を見せるミラに、闇魔法使いは心底得意顔を浮かべる。
「君の知能指数だと難しいことはわからないだろうね。まあ、論より証拠だ。やってみるといい」
「やってみるって?」
「……はぁ、それを僕に尋ねるかね。契約魔法だよ。僕は君を助けるつもりはない。神にも悪魔にも誓っていい。さあ、君の頭の中にある言葉を唱えるといい」
「そんな……私、そんな言葉知りません」
「言えるはずさ。契約魔法とはそういうモノなのだから」
アシュはそう答え、歪んだ笑顔を見せる。もちろん、わざわざ教えてやる義理はない。どちらにしろ野盗が彼女を襲えば、契約魔法は自動的に発動するが、それでは面白くない。
彼女の絶望にくれた
<<契約を 守らぬ愚者に 裁きを>>
性悪魔法使いの言う通り、ミラが頭に思い浮かんだ言葉を唱えると、アシュの胸に黒い光が包む。
「……
闇魔法使いは、心臓を抑えながらもがく。
「だ、大丈夫ですか?」
「ふっ……さぁ……
「……」
「
「……」
「
「はい?」
「
「……」
ミラは闇魔法使いの言う通り、契約履行の停止を念じると、さっきまでもがき苦しんでいたアシュが、ぜぇぜぇ言いながら安堵の表情を浮かべる。
「はぁ……はぁ……き、君は、キチンと契約をしたのかい?」
胸を痛そうに抑えながら、闇魔法使いは尋ねる。
「ちゃ、ちゃんとやりましたよー」
「本当かい? ちゃんと『心臓を握り潰す』と願ったのかね?」
「はい。ちゃんと!」
自信をもって、薄い胸を張る美少女。
「ふむ……おかしいね。以前は、僕の心臓が粉々に砕け散ったんだが……無駄に、ジワジワ、死ぬほど、痛いんだが……」
「なに言ってるんですか! 粉々に砕け散ったら死んじゃうじゃないですか!?」
「……なにを言っているんだい?」
「こっちのセリフです!」
「……君が交わした契約魔法の内容を言ってくれるかい?」
「えっ……だから言いましたよね、『私を助けないとあなたの心臓を握りつぶす』って」
「……それだけかい?」
「ええっ……ええっと……『私を助けないとあなたの心臓を握りつぶす……死なない程度に」
・・・
「なに――――――――――!?」
館中に、闇魔法使いの叫び声が、響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます