第5話 放っておけない
店の外に出る。風を切って足早で歩いた。ふと空を見上げると数個の星が見えて、人工的な光が届かないところに逃げてしまいたかった。揺らめく瞬きをしばらく眺めて目を閉じる。
今度の紙ひこうき届け屋が集まる会議でマークを送る奴がいることを報告しなければ。そんなことしたら紙ひこうきの意味がない。
ぼんやり考えるのは紙ひこうきのこと。紙ひこうきのことしか俺には考えることがないから。
「待って!」
声に振り返ると千佳がはぁーはぁー息を吐いて膝に手をついている。背は小さかったようだ。体を起こしても子どもみたいな背に思える。
「久人くん歩くの早いよ。」
「あ、いや…。」
「私も紙ひこうきにマークなんて嫌だなって思って。」
「わざわざそれを言いに来たの?」
きょとんとした千佳にププッと吹き出した。
「どうして笑うの?だって久人くん一人で帰ったら寂しいでしょ?」
「俺、いい大人だから大丈夫。」
笑い飛ばして言ったのに千佳は言ったんだ。「つらそうな顔してたよ。放っておけないよ。」って。
それから連絡先を交換して駅で別れた。
ホームに立つと人混みに自分が紛れて何者なのか分からなくなる。誰にも自分にさえも何者なのか分からなくなればいい。そんな衝動に駆られる。
不意に電話が鳴った。裕太からだった。
「愛華ちゃんがお前の連絡先を知りたいって言ってるけど。」
「無理なの裕太も分かってるだろ?」
「そうだよな…。愛華ちゃんも紙ひこうきのマークとかいつも言ってるもんな。」
大学でもそんな話題が出てることが伺えた。裕太を責めるつもりはない。それが世間一般の考え方。居酒屋の時もそう。声を荒げて紙ひこうきを冒涜するな!とは言えない。
電話を切ってため息を吐いた。紙ひこうきやってないって。やれないの間違いだろ。
愛華へ咄嗟に出た「紙ひこうきやってない」という言葉。紙ひこうき届け屋は自分からは送ることも受け取ることも出来なかった。思わず出た言葉は真実を歪めて伝えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます