教国㉟

 漆黒の居城にある会議室、サタンは円卓に両肘を突いて指を組む。

 組んだ指越しに集まった顔ぶれを見渡し、鋭く睨んだ。普段はスカスカの椅子が、今日に限っては空きがない。

 円卓の周りを囲む十三の椅子が全て埋まったのは初めてのことだ。入り口の扉から一番遠い上座にサタンが座り、右から順に。


 暗黒神官ダークプリーストのアスター。

 首無し騎士デュラハンのクロイツ。

 魔女ウィッチのメル。

 悪魔召喚士デモンサモナーのメリッサ。

 屍人使いネクロマンサーのメア。

 血塗られたブラッティースライムのゲルク。

 忍び寄る影シャドーストカーのノワール。

 吸血姫ヴァンパイアプリンセスのシエラ。

 夢魔の女王サキュバスクィーンのリリス。

 拷問官トーチャーのグライト。

 処刑人デスリーパーのアイゼン。

 上位悪魔アークデーモンのグレゴール。


 グレゴールがサタンの左側と言った具合だ。

 円卓自体が大きいため、隣の椅子との間隔は一メートル以上はある。椅子は体の大きなクロイツやゲルクが、ゆったりと座れる大きさだ。

 全ての十二魔将が揃っていると言うことは、トビの村を含めた周辺の警備が手薄になっていることに他ならない。

 何の説明もなく呼ばれたことに対し、グレゴールが不満そうに眉間に皺を寄せた。


「サタン様、周辺の警備を捨ててまで、十二魔将を揃えた経緯をお聞かせ願いたい」


 右に座るサタンに顔を向けるが、その一つ隣のアスターが割って入った。


「僕が皆さんを呼んで欲しいとお願いをしました」

「お前が?」


 グレゴールは釈然としない。

 アスターは十二魔将の中ではサタンの参謀役とも言える。十二魔将に招集を掛けても特に不思議なことではないが、呼ばれたのが全員と言うのが納得がいかなかった。

 ともすれば、敵のプレイヤーに先手を取られる恐れだってある。そんなリスクを冒すことなのか? と、グレゴールはアスターを睨み付けた。


「そんなに怖い顔をしないでください。グレゴールさんの懸念は分かります。プレイヤーへの備えは確かに必要かも知れません。ですが今一度、全員で話し合った方が良いと判断しました」

「――何か動きがあったのか?」


 普段はサタンとアスターが独断で事を決めている。

 十二魔将全ての意見を必要とすること。独断で決められない、決めかねる事案が発生したと言うことだ。

 自ずと他の十二魔将の視線もアスターに集まっていた。


「北に展開していた教国の軍が撤退を始めました。兵士だけではありません。街の住民も一緒に南下しています。それだけではありません。教国の首都であるセントリアでも、一部の兵士と住民が西に移動を始めています。僕の予想では、最終的に首都の人間は全て、他の街に移動すると思っています」

「……首都を明け渡すと言うことか?」


 グレゴールの思考では考えも及ばないことだ。

 もし立場が逆なら、グレゴールは最後まで戦うことを止めないし、絶対に無償で首都を明け渡す馬鹿な真似はしない。

 他の十二魔将も、首を傾げては周囲の反応を窺っていた。その教国の動きにサタンは憤慨する。


「早い話が、相手になるから首都に来いと言っているのだ。馬鹿にしおって!」

 

 低く押し籠もった声で牙を見せた。

 アスター以外の顔つきが変わる。

 仮にもサタンと十二魔将は、レオンから力を与えられた覚醒した従者だ。それを、そこらの従者と同じような対応をされたら腹が立つのは当たり前だ。

 見方によっては、主であるレオンを侮っているようにも見える。サタンはそれが許せない。考えれば考えるほど、はらわたが煮えくりかえった。その思いは他の十二魔将にも、伝染するかのように浸透する。


「上等じゃない! 今すぐ行って殲滅魔法をぶち込んでくるわ! サタン様、いいわよね?」


 真っ先に席を立ったのはメルだ。

 サタンとて、そうしてやりたいのは山々だが、今はまだ動くべきではないと考えていた。殲滅魔法を得意とするメアは、特に行かせるわけにはいかない。


「ダメだ」


 サタンは怒りを押し殺す。


「なんでよ! 私たち馬鹿にされてるのよ! 私たちだけならまだいい、でもね!

 私たちを馬鹿にしてるってことは、レオン様を馬鹿にしてるのと同じことなの! そんなの許せるはずないでしょ。相手がどんな奴か知らないけど、今すぐ殺さないと気が済まないわ」


 メルは隣に座る妹に視線を向けた。


「メリッサ、メア、行くわよ」


 静かに殺気を放つメルは本気だ。

 本気で首都のセントリアに乗り込もうとしている。二人の妹が、迷いなく立ち上がるのを、アスターが止めた。


「サタン様が我慢をしているんです。勝手な行動は慎んでください」


 冷静に告げられた言葉にも腹が立ち、メルの深紅の瞳孔がアスターを睨む。


「あんたは随分と余裕ね、アスター」

「余裕なんてありませんよ。冷静を装っているだけです。みんな熱くなってしまったら、誰も止める人がいなくなりますからね。メルも座ってください。残念ですが行かせるわけには行きません」


 じっと見つめられて、メルはムスッと腰を落とした。


「理由を説明して貰うわよ」


 アスターに視線が集まる。


「一つは罠があること」


 メアは鼻で笑う。

 罠ごと潰せば良いだけの話だ。


「二つ目は僕らが城を立った後、手薄になった城を狙われる恐れがあるからです」

 

 別に城などくれてやればいい。

 どうせ王国と帝国の戦いが終われば用済みになる。捉えた女は一時的に何処かに隠せば問題は無いはずだ。


「三つ目は殺した人間の数です」


 殺した人間と聞いてメアが反応する。


「数?」

「僕たちはレオン様から、多少の人間を殺しても構わないと言われていますが、街の人間も合わせると、もうこの国で五万人は殺しています。レオン様が言われた多少がどの程度か分かりませんが、これ以上は、そのを越えるかもしれません」

「たったの五万人でしょ? この国の人間の三パーセントにも満たない数じゃない。一割くらいなら殺しても大丈夫よ」

「僕もそう思うのですが、万が一と言うこともあります。少なく見積もっておくに越したことはありません。首都の人間が移動を始めたと言っても、まだ殆どの人間が残っています。もし首都に乗り込むのであれば、街の人間がいなくなってからです」


 メルは口を真一文字に結ぶ。

 多少の解釈はそれぞれだ。

 全人口の一割程度は多少の範囲内、殺しても問題ないと思っていたメアであるが、言われてみれば、レオンが一割殺してもいいと言ったわけではない。

 自身は広範囲型の殲滅魔法を得意とするため、プレイヤーとの戦闘になれば、間違いなく首都にいる人間を巻き込む。 

 殺す人間の数を抑えるとなると、アスターの言葉通り、首都の人間が全て移動してからの方が無難だ。

 話を聞いていたシエラが疑問を呈す。


「ねぇアスター、首都の人間が全て移動するとは限らないと思うのだけれど。もしかしたら、いま出ている人間も、数日後には戻ってくるかも知れないでしょ?」

「シエラさんのお言葉はごもっともですが、僕の予想では十中八九戻ってこないと思います。わざわざ北の街からも、兵士や住民を撤退させるこだわりようです。僕たちを首都に呼びこむ以上、相手にとって首都の人間が殺されるのは、初めから分かっていることです。殺されるだけの人間を、首都に残しておくとは到底思えません」


 話を聞く限り、首都から人間が移動するのは、こちらとしても都合が良い。

 シエラは薄らと笑みを浮かべる。


「じゃあ、人間が首都からいなくなったら攻め込むのかしら?」

「その判断をするため、皆さんをここにお呼びしたんですよ」

「そう言うこと――」


 なぜ招集されたのか、一同はここで初めて理解する。


「そんな訳で皆さんの意見を聞いておきたいんです。ちなみに僕は攻め込むのに反対です。レオン様には首都の大聖堂には近づくなと厳命されていますからね。敵は大聖堂にいるでしょうし、攻め込むとなると嫌でも近づくことになります。レオン様に背くことは出来ません。それに――」


 プレイヤーはいないかも知れない。

 口を噤んだアスターの言葉を、シエラがなぞる。


「それに?」


 アスターはニコッと笑みを浮かべた。


「何でもありません。それより皆さんの意見を聞かせてください。クロイツさんはどうですか?」


 アスターは右隣のクロイツに振って話を濁した。

 話をすり替えられたシエラはムッとするが、他の十二魔将の意見は興味深い。同席する仲間と同じように、直ぐに耳を傾けた。

 野太い声が甲冑の奥から響いて視線が集まる。


「アスターに賛成だ。レオン様の命に背くことは出来ん」


 アスターは頷き、次の人物に視線を向けた。


「私は攻める方に投じるわ。放置していたら、何れはレオン様が自ら動くことになるでしょうしね。例え罠があろうが、敵は私たちで処理すべきよ」


 メルが声を上げ、メリッサとメアは同調して頷いた。

 アスターは円を描くように順番に視線を移す。


「ゲルクさんは?」

「俺もアスターに賛成だ。首都に近づくのは止めた方が良い」

「ノワールさんはどうですか?」

「ゲルクと同じだ」


 ノワールがくぐもった声で答えると、一つ隣のリリスが手を上げた。


「はい、はい、私はアスター君と一緒だよ~。レオン様の命令に背いたら、絶対に嫌われるもん」


 飛ばされたシエラはリリスを睨むが、馬鹿に何を言っても無駄だろうと、自分の意見を述べた。


「私も攻め込むのは反対ですわ。放置をすればレオン様が動かれるでしょけど、別にレオン様が自ら戦うと決まったわけではありませんもの。命令に背くより、後でレオン様の指示に従い、私たち従者が戦えば良いだけの話ですわ」

「グライトさんは?」


 グライトは指先でクイッと眼鏡を持ち上げ、ニタリと笑う。


「私もアスターと同じですよ。命令に背くことは許されません」


 次の人物に視線を移すと、即座に答えが返ってきた。


「アイゼンさ――」

「お前と同じだ」

「そうですか……。では最後に、グレゴールさんの意見を聞かせてください」


 殆どの十二魔将がアスターに同意したことで、明らかにグレゴールの機嫌が悪い。

 顰めっ面で、恨めしそうにアスターを見据えていた。


「私はお前の意見と反対だ。敵は今の内に叩いておくべきだ。レオン様の手を煩わせるべきではない」


 アスターは頷いてサタンに視線を向けた。


「予想外の答えもありましたが、概ね予想通りですね。サタン様、だから言ったではありませんか? 反対の意見が多いと、賛成が四人で反対が八人です。諦めてください」


 サタンは組んだ指から顔の上半分を覗かせ、十二魔将を見渡す。最後にグレゴールで視線を止め、アスターに視線を戻して気の抜けた溜息を漏らした。


「……はぁ、仕方ない。今回はお前の意見に従う。十二魔将は私の部下である以前に、レオン様の私物だ。皆の意見は蔑ろに出来ない。だが現段階ではだ」

「分かっています。教国の動きが途中で変化するかもしれません。敵が首都を出るようなら、当然そこを叩きます」


 そう言うが、アスターは敵の動きは変わらないだろうと踏んでいた。

 そして思う、相手にはプレイヤーが居ないのだろうと。

 アスターはずっと頭の片隅で疑問に思っていた。プレイヤーにとって転移の魔法は必須だ。

 にも関わらず、トビの村に軍が攻めて来たとき、乙女の盾メイデン・シールドがエンジャの森に入ったとき、何れも転移の魔法は使われなかった。

 その時は、目的地に行ったことが無いからと思っていたが、流石に自国の街なら行ったことがあるはずだ。

 街から街に移動する大勢の住民のことを聞かされて、アスターはプレイヤーがいないことを確信していた。

 では、プレイヤーでなければ敵は何なのか? プレイヤーの装備を奪った未知の存在。この世界独自の強者がいても可笑しくない。

 考え込むアスターは、自然と険しい顔で視線を落とす。


「どうした?」


 サタンに話しかけられ、アスターは何事もないかのように顔を上げた。その時にはいつもの笑みに戻っている。

 周囲を見渡せば、他の十二魔将は既に部屋を去った後だ。


「いえ、何でもありません。では僕もこれで失礼しますね」


 席を立つアスターを、サタンは怪訝な眼差しで見つめる。観察眼を持つアスターが、こんな分かりやすい視線に気付かないはずがない。

 だが、アスターの態度は変わらない。いつも通りだからこそ、サタンはアスターが気になっていた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


粗茶「GoToトラベルの見直しか」

サラマンダー「国と都知事でなすり合いしてたね」

粗茶「誰も責任は取りたくないんだよ。粗茶も会社で飽きるほど見てきたよ。国でも会社でも学校でも、みんな考えることは一緒だね」

サラマンダー「学校でも?」

粗茶「そうだよ。学校でもよくあることだよ」

サラマンダー「どんなこと?」

粗茶「小学校で飼ってるトカゲの餌やりとか」

サラマンダー「え?」

粗茶「夏休みのトカゲの餌当番とか、普通はよく揉めるよね」

サラマンダー「揉めるのか!」

粗茶「でも粗茶は当番に立候補するけどね」

サラマンダー「おお!」

粗茶「毎日の餌は敢えて忘れるけど」

サラマンダー「忘れるだと! ∑(゚Д゚;) 」



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