教国㉝

拷問はここからが本番です。

苦手な方は、この話を飛ばして読んでください。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 グライトの足取りは軽い。

 振り返ると、羽交い締めにされて人形のように動かない、シオンとミティの姿がある。歩きながら二人の下腹部を見て、グライトは満足そうに頷いた。

 其処にあるのは焼き印だ。

 リーフの中には二本の剣が交差している。

 二人のへその下には所有者を表すように、戦いの庭園バトルガーデンの紋章が刻まれていた。


「やはり焼き印は正解でしたね。これで誰が持ち主か一目で分かります」


 二人だけではない、焼き印は十人全てに押されている。


「ん?」


 不意にグライトが足を止めた。

 付き従う影の騎士シャドーナイトの動きも止まり、グライトはミティの下腹部に触れた。

 恐怖でミティの笑顔が引きつる。

 鳥肌が立ち悪寒が止まらない。

 以前はそのまま腹を破られ、内臓を引きずり出されたこともある。その時の記憶が鮮明に蘇り体が震えていた。


「いけませんね。大切な紋章が汚れているではありませんか――」


 グライトは撫でるようにミティの下腹部を手で拭っていた。その何気ない行為が恐ろしくてならない。


「おや? 震えているのですか? 大丈夫ですよ。今はまだ何もしません、今はまだ。ルールで拷問おしおきは負けた方と決めていますからね」


 グライトがニヤニヤ笑いながらシオンを見ると、シオンは広角を上げたまま、涙目で歯をカタカタ鳴らして震えていた。

 地下牢獄に捕らわれてからずっと、シオンはクローディアにしか勝ったことがない。

 クローディアは全ての戦いを放棄し、自ら拷問を受けているため、シオンは実質全敗と同じだ。どんなに頑張っても結果は見えている。

 これから自分の身に降りかかる災厄を想像して、シオンの太ももを液体が流れ落ちた。 

 アンモニア臭を感じ、グライトは視線を落とす。床に出来た水溜まりを見て、ここぞとばかりにニヤリと笑った。


「おや? また失禁ですか、相変わらず締まりのない体ですね。今日はそちらも躾けましょうか」

 

 グライトは上機嫌だ。

 「楽しみですね~」そう言って再び歩き出す。

 あたかも、シオンが負けることを初めから決めつけているかのようだ。

 運ばれる最中、いくつかの部屋が目に入るが、部屋には扉が無く、中は丸見えになっていた。

 どの部屋も怪しい器具が置かれた拷問部屋だ。入る部屋によって、受ける拷問の種類が決まる。

 鋭利な刃物が置かれた部屋もあれば、巨大な水槽に水が張られた部屋もある。溶鉱炉の熱で煮えたぎる部屋もあれば、凍えるような寒さの部屋もあった。

 不思議なのは、部屋に扉がないにも関わらず、熱や冷気が廊下に漏れ出さないことだ。

 シオンとミティは咄嗟に部屋から顔を背けた。部屋を覗いただけで、過去に受けた拷問の記憶が蘇るからだ。

 広い円状の部屋に出て、グライトは部屋の端で足を止めた。

 シオンとミティは対峙するように、部屋の中央で解き放たれる。影の騎士シャドーナイトが二人の影に溶け込むと、グライトはさも楽しそうに口を開いた。


「そうですね。この闘技場の中、そして拷問部屋では、笑顔を崩すことを許しましょう。声を出しても結構です。そちらの方が緊張感がありますからね」


 闘技場と言っても舞台があるわけではない。

 石畳が敷かれた、ただ広いだけの殺風景な部屋だ。

 二人が笑顔を解くと、まさに泣き顔そのものだった。上がっていた広角は下がり、不安そうな目で互いを見つめていた。


「さて、勝負を始める前にルールを確認しますよ? この部屋の中では魔法は使えません。勝負はどちらか気絶するまで、もしくは私が止めるまで行われます。攻撃は殴る蹴る自由です。殺さなければ何をやっても構いません。それと――」


 グライトがシオンに視線を向けると、シオンの目が恐怖を帯びる。


「今日は貴女にハンデとして武器を与えましょう」


 シオンは瞳を見開いた。

 ミティが、何で? と、不安そうにグライトに振り返る。だが口を開いて意を唱えることが出来ない。そんなことをして、もしグライトの琴線に触れでもしたら、待っているのは拷問おしおきという名の地獄だ。

 グライトはインベントリから一振りの剣を出して放り投げた。

 剣と言っても木を削ったもので刃は付いていない。兵士の訓練用に使われる物で、いわゆる木剣と呼ばれるものだ。

 投げた木剣が石畳にぶつかり、カランと乾いた音を鳴らして、シオンの足下に転がる。何の躊躇いもなく木剣を拾うシオンを見て、ミティは瞬時に身構えた。素手なら負ける要素はないが、武器があると話は違ってくる。

 自分が勝てる望みを見つけて、シオンも真剣そのものだ


「いいですね。やはり戦いとはこうでなくては――」


 グライトはニヤリと笑う。


「では始めてください」


 シオンは慣れない手つきで木剣を構えた。

 二人は真剣な眼差しで互いに見つめ合い、発展途上の胸を隠そうともしない。股間が見えるのもお構いなしに、足を大きく開き、自分がいま取れる万全の構えをしていた。

 二人とも発育が遅いのだろう。

 下腹部の下に、薄らと生え始めた毛が、二人の幼さを物語っていた。

 特に裸を見られて恥ずかしい年頃にも関わらず、二人はそんなことを気にする素振りも見せない。ただ、自分が拷問を受けたくない一心で、如何に相手を倒すかを考えていた。

 先にミティが石畳を蹴る。

 左右にステップを踏みながら、ジグザグにシオンに迫った。ミティの動きを止めるようにシオンが木剣を振り回す。

 ミティがバックステップで離れるのを見て、シオンは大きく息を吐いた。

 間髪入れずにミティが再びステップを踏んで迫る。

 またしてもシオンは木剣を力の限り振り回した。防具がない今では、木剣の一撃が当たれば勝負は決まる。

 しかし、その木剣が当たらない。

 ミティは木剣の軌道と間合いを計りながら、全ての攻撃を躱していた。徐々に躱す動作が少なくなり、数分後には、木剣を紙一重で躱せるまでになっている。

 無駄な動きを最小限に押さえていると言うことは、それだけ反撃の機会も増えると言うことだ。

 振り下ろした木剣が床に叩きつけられて、ミティはそのまま、木剣を足で踏んで押さえつけた。


「ごめん……」


 木剣を振り下ろしたシオンは、声を聞いて顔を上げた。

 泣きながら拳を振り上げるミティが視界に入り、次の瞬間には、その拳がシオンの顔面を捉えていた。

 衝撃でシオンの体が後ろに倒れ、木剣が手から離れる。

 動かないシオンを見て、ミティはグライトに視線を向けた。しかし、グライトは笑みを浮かべながら首を横に振る。

 勝負はついていないと言うことだ。

 僅かにシオンの瞳が開いていた。それでもシオンは動こうとしない。頭を床に打った衝撃で、脳震盪を起こして動けずにいた。

 ミティの取るべき行動は一つしかない。

 勝負はどちらか気絶するまで、そしてグライトが止めるまで行われる。グライトが止めない限り、シオンを気絶させるしか、勝負を終わらせる方法が残されていなかった。

 シオンはミティの体に馬の乗りになる。

 嘗ての光景が脳裏を過ぎり、ミティは涙が止まらなかった。

 森の入り口で肉塊に変わり果てたシオン。そのシオンに馬乗りになっていた自分を思い出して、ミティの振り上げた拳は止まっていた。


「別にいいのですよ? 貴女が拷問おしおきを受けるのであれば」


 葛藤するミティにグライトの言葉が突き刺さる。


「ごめんシオン……。ダメなお姉ちゃんでごめんね……、ごめんね……」


 ミティは拳を振り下ろした。

 シオンの僅かに開いた瞳が色を失い、ミティはその場で嗚咽を漏らして蹲る。止めどなく流れ落ちる涙が、シオンの顔に滴り落ちた。


「完全に気を失ったようですね」


 グライトが近づくのが見えて、ミティはふらふらと立ち上がる。


「喜んだらどうですか? 勝ったのですから、こんな時こそ心の底から笑うべきではありませんか」


 悪魔だ。

 仲間を、妹を殴って笑えるはずがない。だが、笑えと言われて笑わなければ、災厄は自分の身にも降りかかる。

 ミティは涙を流しながら必死で笑顔を作った。ここで笑わなければ勝った意味が無い。全てが無駄になってしまう。


「泣きながら笑うとは、相変わらず面白いことをしますね。さて、貴女は勝ったのですから、いつも通り、拷問が終わるまで土下座をして待っていなさい」

「は、はい」


 ミティは石畳に膝をついて頭を下げた。

 額をしっかりと床に付けて、両手を揃えて土下座をする。例え尻が丸出しであっても、恥辱心よりも恐怖心の方が遙かに勝っていた。

 これもルールの一つだ。

 勝者は敗者の拷問が終わるまで、土下座をして待つ。

 勿論、床から額や手を放してはいけない。

 拷問部屋は闘技場の目と鼻の先だ。拷問を受けた仲間の悲鳴は、当然この場所まで聞こえてくる。

 土下座をしている以上、耳を塞いで悲鳴を遮ることが出来ない。

 わざわざ悲鳴を聞かせるために、こんなルールまで作るのだから、まさに狂気の沙汰としか思えなかった。

 仲間を犠牲にして勝ってもこれだ。

 報われない。


「先ずはこの女の傷を癒やしましょうか」


 グライトはシオンの傍で屈んで、インベントリから注射器を取り出した。ミティは額を床につけながら、眼球を動かして、初めて見る器具にギョッとする。

 鋭利な針が拷問を彷彿とさせていた。

 屈んでいたグライトと目が合い、ミティは蛇に睨まれた蛙のように、眼球すら動かせなくなる。

 グライトがニヤリと笑う。


「これは私が作った回復薬ポーションです。この森には、様々な薬草や毒草が自生していますからね。ゲーム内の回復薬ポーションほど効果はありませんが、か弱いこの女を治すにはこれで十分です。今日は趣向を変えて注射器にしてみました」


 ミティは答える代わりに笑う。

 額を床に付けたまま、恐怖と悲しみで涙を流しながら、精一杯の笑顔を見せた。

 グライトが針をシオンの首に刺すのが見えた。

 怖いが目が離せない。何れは自分が行われるであろう行為に釘付けになる。

 しかし、心配とは裏腹に、シオンの顔の傷が見る間に消えた。安心したのも束の間、グライトが注射器をもう一つ取り出すのが見えた。 

 屈んでいるグライトが、ミティの目の前に注射器を持ってくる。恐怖で瞳孔が揺れ動くが、ミティに打たれることは無かった。


「こちらは私が特別に調合した麻痺毒です。首から下が麻痺で動かなくなります」


 注射器の中身の色が違っていた。

 最初は青だが今回は緑だ。躊躇いも無くシオンの首に針が刺されて、中の液体が押し込まれた。

 グライトは拷問官であるが、その一方で調合師としての側面もある。効果は薄いが、この世界の薬草や毒草で薬を作るのはお手の物だ。

 中身が空になった注射器をインベントリに収納して、グライトはシオンの顔を覗き込む。


「傷も治りましたし、そろそろ目を覚ましても良い頃ですが――」


 じっと見つめた先で、シオンの瞼が僅かに動いて首が傾き、グライトは満面の笑みを見せた。


「目が覚めたようですね。では参りましょうか」


 グライトはシオンの手首を掴んで立ち上がると、ズルズル引き摺って歩きだす。

 石畳と肌が擦れて、シオンの意識は痛みで覚醒した。


「痛い……、痛い! 痛い!」


 皮膚が破れて血が流れ出すが、グライトはお構いなしだ。

 シオンは立ち上がろうとするも、体が言うことを利かない。慌てて首を回して周囲を確認する。土下座をするミティが視界に入り、自分の置かれた状況を理解した。

 負けたのだ。

 向かう先は決まっている。自分の手首を掴んで引き摺るグライトの姿を見て、シオンはあらん限りの声で叫んでいた。


「ミティ助けて! ミティ!」


 助けが来ないことなど分かっている。

 それでも叫ばなければ、頭がどうにかなりそうだった。

 当然ミティは動かない。眼球を目一杯横に動かし、連れて行かれるシオンを見ていることしか出来なかった。


「いや、いや、いや、いや……」


 拷問部屋が近づくに連れ、シオンの声のトーンが変わる。

 シオンが拷問部屋に消えると、細い声で「ゆるしてください、ゆるしてください」と、連呼する声がミティの耳に微かに届いた。

 次の瞬――


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 引き裂くような叫び声が闘技場に反響した。

 シオンが連れて行かれたのは、鋭利な刃物が置かれた拷問部屋だ。

 ミティは耳を塞ぐことも出来ず、土下座のまま硬く目を瞑った。行われている拷問はある程度予想が付く。

 闘技場までの道中、失禁の躾をすると言った以上、尿道を引き裂くか、異物を押し込むか、それとも腹を割いて膀胱を取り出すか……。

 ミティの時は尿道に異物を押し込まれたが、いずれにしても地獄のような痛みを伴う拷問だ。


(ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね……)


 ミティは叫び声を打ち消すため、心の中で念仏のように謝罪を繰り返していた。


「あ゛ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、あ゛ぁああ、がぁ、ごぉ……」


 悲鳴の質が変わる。

 命が削られている声だ。


(シオン……)


 閉じた瞳からは涙が止まらない。

 闘技場に反響した叫び声を聞く度に、ミティは自分の心が壊れていく音が聞こえていた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー「拷問シーン長いね。そして酷いね……」

粗茶「粗茶は泣きながら書いてたよ」

サラマンダー「それなら書かなければいいのに……」

粗茶「話を繋げるために必要なんだよ。書かないと献上された時、感情がないことが何故か分からないだろ?」

サラマンダー「あの子たち最後まで生きてるのか、モブなのに……」

粗茶「お前が生きてるくらいだからな」

サラマンダー「どゆこと! ∑(゚д゚;)」


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