教国㉜

残虐な描写があります。

苦手な方は、この話を飛ばして読んでください。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 血と嘔吐物、糞尿の混ざり合った匂いが鼻をついた。

 メアは部屋に入るなり、目を覚ますような強烈な悪臭を吸い込み鼻を摘まんだ。腐敗臭なら慣れたものだが、この独特な汚物の匂いは、未だに不快感を覚える。

 正面の壁には、二人の女が裸で貼り付けにされていた。

 鉄の杭が手足を貫通して石の壁に打ち込まれている。女の顔は力なく下がり、ボサボサの長い髪がだらしなく前に垂れていた。

 皮膚には焼かれた後や切り刻んだ後、肉をそぎ取った後もある。

 隣の女は太ももから下を切断され、手に打たれた杭だけで全体重を支えていた。

 切断面からはドロリとした血液が滴っている。切断されてから時間はそう経っていないはずだ。

 床に固定された椅子にも女が座っている。

 体や手足、指までもが、椅子に備え付けられたバンドで固定されていた。手の指は全て切り落とされ、床に転がっている指からは爪がはぎ取られていた。

 頭もバンドで椅子の背もたれに固定され、開いている口には歯が見当たらない。片目も抉り取られて穴が空いていた。

 床には三人の女が垂れ流したであろう糞尿と、嘔吐物が散らばっている。それが悪臭の原因だが、いつもメアが尋ねるときは魔法で綺麗にされていた。

 なぜ今日に限って汚物が放置されているのか、メアは件の人物を探すが部屋の中には見当たらない。


「もう来ていたのですか?」


 背後の声に振り返ると、拷問間のグライトが和やかに笑っている。

 自分から呼んでおいて第一声がこれかと、メアは恨めしそうに見つめ返した。

 しかも、なぜ来ることが分かっているのに汚物を片付けていないのか、メアの半眼がピクンと動いた。


「何を怒っているのです? ああ、鼻を摘まんでいるところを見ると、この酷い匂いですか――」


 メアは即座にコクンと頷いた。


「すみません。つい先程まで生きていたので、このままにしていました」


 意味が分からない。

 生きていようが、死んでいようが、不快な匂いの元など片付ければいいだけの話だ。

 眠そうな半眼を細めて抗議する。


「その様子だと理解は出来ていないようですね。拷問をするにしても環境は重要です。自分の垂れ流した汚物で、羞恥心を削ることも大切なのですよ。今度からは女が死ぬのを確認した後、汚物を片付けてから呼びましょう」


 当たり前のことだ。

 メアはコクン頷いた。


「それでは先に汚物を片付けましょうか。このままではメアに嫌われてしまいますからね。[清掃クリーン]」


 もうとっくに嫌っているが敢えて言うまい。

 元々言葉に出すのは苦手だ。

 メアは鼻を摘まんでいた指を放して、一度鼻を鳴らした。汚物と共に悪臭も綺麗さっぱり消えている。

 先程までの悪臭が嘘のようだ。

 綺麗になった部屋を見て、グライトは満足気に笑う。


「いつもの様に死体の処理はお任せします。煮るなり焼くなり、スケルトンにするなり、好きに使ってください。私は他の女の拷問に向かいます。では――」


 グライトは踵を返して鼻歌交じりで立ち去った。

 基本的に拷問に向かうときはいつも機嫌がいいが、鼻歌まで出るときは決まって、あの女たちの拷問に向かうときだ。

 だがメアには関係ない。

 死体が出る事が無いからだ。

 乙女の盾メイデン・シールドと呼ばれる女の部隊は、既に全員がレオンに献上されることが決まっている。

 今では玩具おもちゃとしての精度を高めるため拷問が行われているが、その拷問がグライトはお気に入りらしい。

 メアは同情の眼差しを、グライトが消えた廊下の先に向けた。

 生き続けることは死ぬことよりも辛いことだ。

 特にこの地下牢獄の中では――


 石の壁に反響して鼻歌が響いた。

 鉄格子の中の女は息を潜めて牢屋の奥に身を縮めた。

 悪夢の再来だ。

 グライトの足と鼻歌が同時に止まる。


「さてと、今日は誰にしましょうか?」


 物色するように牢屋の中を見渡した。

 奥では見慣れた十人の女が、裸で身を潜めている。


「双子同士、と言うのも良いですが――」


 ビクッ! と、奥にいた四人の体が震えた。


「もうやり飽きましたしね~。今日はそちらの小さいのと、そちらの若いのにしましょうか」


 グライトが指を差したのはシオンとミティだ。

 二人の影が揺らいで持ち上がると、黒い甲冑を着た騎士が姿を顕わにした。そのままシオンとミティを動けないように羽交い締めにする。

 脇の下から持ち上げられて、足がぶらんと地面から離れると、二人の顔が真っ青になる。

 シオンの瞳に涙が浮かぶ。

  

「ゆ、ゆるしてください、なんでもしますから、ゆるして……」

「勝てば良いのですよ。勝てば」


 シオンがミティに視線を向けると、ミティは咄嗟に顔を背けた。

 負けた方が拷問おしおき

 幾度となく繰り返してきた拷問が、ミティから手加減という言葉を奪っていた。


「わ、わたしじゃかてない……」

「貴女はいつも泣き言ばかりですね。例え勝負に負けても、喜んで拷問おしおきを受けるのが、玩具おもちゃというものです。貴女は自分が玩具おもちゃである自覚が、少し足りないのではありませんか? 今日の拷問おしおきはきつくした方が良さそうですね」

「なん、で……」


 思わず絶句する。

 藻掻いても、騎士の拘束から逃れることが出来ないのは既に実証済みである。クローディアやダリアですら、赤子同然に押さえ込んでしまうほどだ。

 しかも、そんな騎士が十人全員の影の中に潜んでいる。

 グライトが牢屋の鉄格子に手を掛けた。三メートルはある鉄格子の一部が、ギギ、ギィ―――、と不快な音を立てて開く。

 為す術もなく運ばれる二人を見て、クローディアが歯を食いしばった。


「ま、まて! 私が拷問を受ける。二人は返してくれ……」


 最後はか細い声だ。

 拷問は怖い。

 現にクローディアは恐怖で足を震わせていた。怖いからこそ、シオンとミティを助けたい一心で必死だった。


「また貴女ですか。前に言ったはずですよ? 貴女の意見に耳を傾ける気はありません。あまりやり過ぎると、精神を破壊するので控えめにしていましたが、新たなルールを決めた方が良さそうですね」


 全員の顔から血の気が引いた。 

 ルールはいつも碌なものじゃないからだ。


「牢に居るときは話すことを禁じます。破った者は拷問おしおきです。それともう一つ、貴女たちはどうも辛気くさい。そこで――」


 グライトはニヤニヤと笑う。


「常に笑っていなさい。寝るときは許しますが、起きているときは常に笑顔を作りなさい。これも出来なかったら拷問おしおきですよ」


 女たちの動揺する顔を見てグライトの声が低くなる。


「もう始まっていますよ? そんなに拷問おしおきが好きなのですか?」


 直ぐに女たちの広角が上がる。

 羽交い締めにされたシオンやミティに視線を向けると、二人も急いで笑顔を作った。

 それほどまでに拷問おしおきが恐ろしいのだ。

 自分のせいでルールが増えたことで、クローディアが咄嗟に口を開いた。


「待ってくれ――」

「言いましたよね! 話をしたら拷問おしおきだと!」


 グライトの怒気を孕んだ声がクローディアの言葉を遮る。

 しかし、直ぐにいつもの口調に戻った。


「ですが私も鬼ではありません。今回は聞かなかったことにしましょう。それと、もう一つルールを追加します。ルールを著しく破った者がいた場合には、連帯責任として、全員拷問おしおきとします」


 視線がクローディアに集まる。

 ダリアがクローディアの肩を掴んで首を横に振った。そこでクローディアは、仲間の顔を見て、悲しさのあまり泣きそうになる。

 全員口元は笑っているが、目が怯えていた。

 嘗ての笑顔は何処にもない。  

 クローディアは口を閉じて広角を上げた。

 自分が罰を受けるのは仕方ないが、連帯責任だけは、絶対に避けなければならなかった。

 涙目でぎこちない笑顔を作り、グライトの方に顔を向けた。


「最初ですからね、まぁいいでしょう。ですが今度からは、もっと自然に笑えるようにしておきなさい。それと分かっていると思いますが、貴女たちの影の中には、人数分の影の騎士シャドーナイトが潜んでいます。常に監視をされていることを忘れないように」


 自殺が出来ないことも実証済みだ。

 影の騎士シャドーナイトに邪魔をされて死ぬことも出来ず、その後に見せしめとして、おぞましい拷問を受けるだけだ。

 グライトは牢屋の奥を見渡して、女の笑顔を確認する。そして最後に、シオンとミティに視線を向けた。


「では参りましょうか?」


 羽交い締めにされたシオンとミティが牢屋を出ると、牢屋の鉄格子が、ギギ、ギィ―――、と音を立てて勝手に閉まった。

 牢屋の奥では、乙女の盾メイデン・シールドの女たちが、いつまでも裸で能面のような笑みを浮かべていた。




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