教国㉙

 漆黒の居城にある応接室では、アスターが優雅にお茶を口にしていた。

 革張りの長椅子に腰を掛け、一時の休息を楽しんでいる。

 献上品の女は全員捕獲して移送も終えている。後は部隊が戻らないことで教国がどう動くかだ。

 女の装備は教国にとっても惜しいはず、アルカンシエルの件もある。奪い返しに来るのか、それとも――

 アスターは紅茶の入ったティーカップを、ソーサーの上に置いた。


「――いつもの事だけど教国の出方次第かな」


 それまではやることがない。

 勿論、城の周囲は最低限の警戒は必要だがアスターの専門外だ。

 手に入れたルイビアの街にしても、所詮はプレイヤーと教国の軍を引き寄せるための囮でしかない。プレイヤーが現れない今となっては、手放しても惜しくはなかった。

 アスターが自ら指揮を取らなくても、街はスケルトンと、ゾンビになったドミニクが勝手に防衛してくれる。それで負けても支障が出るわけではない。

 心配事があるとするなら、スケルトンを壊されたメアが不機嫌になることくらいだろうか――

 アスターは応接室の壁に掛けられた、アンティーク調の振り子時計に視線を向けた。


「……思ったより遅いな」


 待ち合わせの人物が遅れていることに眉をひそめる。

 ティーカップを持ち上げ、温くなった紅茶を胃に流し込んだ。


「ん?」


 そして一息つくと気配を感じて扉に視線を移す。

 目的の人物が扉を開けて入ってくるのを見て、アスターは空になったティーカップを置いた。


「グレゴールさん、お疲れ様でした」

「別に疲れてなどいない」


 グレゴールは無表情のまま、向かい側に置かれた一人用の肘掛け付きの椅子に腰を落とす。

 椅子は三つ並んでいるが、左側の椅子だ。

 応接室の椅子は座る場所が決められているわけではないが、みんな好きな席があり、ほぼ同じ場所に座る傾向がある。もし座る場所が被るときは早い者勝ちだ。

 もっとも、殆どの従者はいつも出払っているため、席が被ることは滅多にない。


「グレゴールさんも紅茶を飲みませんか?」


 アスターがティーポットを持ち上げた。


「必要ない」


 飲まないのはいつもの事だ。

 社交辞令で言ったに過ぎない。

 アスターは自分のティーカップに紅茶を注いで、ティーポットをテーブルに置いた。紅茶を一口啜って口を湿らせると本題に入る。


「この世界の素材で創られた黄金の懐中時計アイテムを使われたんですよね。問題はありませんでしたか?」

「効果は問題なかった。体に異変もない」

「そうですか、これで人間、エルフ、ドワーフ、妖怪、魔族、一通りの種族で効果は確認できましたね。アインス様に報告に行かれたのでしょう? ご機嫌は如何でしたか?」

「ご機嫌と言われてもな。俺にはいつも通りにしか見えなかった。あのアイテムは量産するのか?」

「量産は無理でしょうね。この世界の素材は質が悪いので、使えるようになるまで素材の錬成に時間を要します。錬金術師アルケミストのルミナスさんが、仕事が全然はかどらないってぼやいてましたよ。それでも月に一つか二つは作れるそうですけどね。まぁ、アインス様のことです。恐らく最後はプレイヤーのカヤさんに試して貰い、それで問題がなければレオン様に献上されるでしょうね」

「――我々はまるで実験動物モルモットだな」

「あの方から見たら、レオン様以外はみんな実験動物モルモットでしかありませんよ。従者の誰かが死にそうになっても、恐らく助けたりはしないでしょうね。これ幸いと、真っ先に蘇生実験を行うと思いますよ」

「アインス様のお立場を考えると、俺は当然のことだと思うがな。――本当に話さなくて良かったのか?」

「何のことです?」

「口止めをしておいて今更とぼけるな。プレイヤーがいる可能性だ。レオン様への報告はまだにしても、従者統括のアインス様には報告をすべきではないのか?」

「アインス様に介入されると面倒なことになりますからね。あの方は思考が極端に偏っています。教国の首都に攻撃をしろと、平気で命じても可笑しくありません。それでプレイヤーがいて勝てればいいでしょうし、もし負けて僕らが死んでも蘇生実験が出来ます。どちらに転んでも、アインス様にとって損はありません」

「――蘇生実験であろうが、レオン様のお役に立てるならよいではないか?」

「僕もレオン様のために死ぬのは構いませんよ。レオン様に死ねと命じられたら、いつでも死ぬ覚悟は出来ています。ですがレオン様は、従者が死ぬことを望まれていません。それなのに、アインス様の命令で死ぬのは間違っていると思いませんか?」

「……確かにそうだが」

「だから知られたくないんですよ。アインス様は目的のためなら、従者の命を簡単に切り捨てるから――」

「……お前の考えは分かった。もうこの話は止めにしよう」


 グレゴールが立ち上がるのを見て、アスターがニコリと笑う。


「どちらに?」

「城の周りを見てくる」


 立ち去るグレゴールを見送り、アスターは「ふぅ」と胸を撫で下ろした。

 ティーカップに残った紅茶を飲み干し、ソファの背もたれに、だらんと背中を預けて天井を見上げた。


「取り敢えず、アインス様に何も言ってなくてよかった。グレゴールさんはアインス様と考えが近いから、きつく口止めはしているけど……」


 アスターは「はぁ」と溜息を漏らす。


「まったく、従者統括がゼクス様だったら、こんなに悩む必要はないのに……」


 アスターの見る限り、ナンバーズの中で話が通じるのはゼクスだけだ。

 ドライも話は分かるが、極端な無口のため意思疎通が難しい。結果的に、ゼクスしかまともに話せるナンバーズが残っていなかった。


「あぁあああああ!! もう! ゼクス様に相談しようかなぁ? でもアインス様が知ったら激怒されるだろうし、もう本当に嫌になる!」


 アスターは前屈みになると、軽くなったティーポットを持ち上げた。そして最後の紅茶をカップに注いで一気にあおった。


「もう知るか! どうにでもなればいいよ! 今日は寝るぞ! 絶対に寝るぞ!」


 半ば自暴自棄になりながら、アスターは指に嵌められた愚者の指輪リング・オブ・フールを外した。

 転移の魔法で自室に移動し、そのままの格好でベッドに倒れ込む。


「僕は頑張ったんだ……、僕は……」


 暗い部屋の中で、アスターは枕に顔を埋めて呟いた。

 久しく感じていなかった、ベッドの心地よい感触が体を包み込む。精神的な疲れもあり、静かな寝息が聞こえるのは早かった。

 全ての面倒事を忘れてアスターは眠りにつく。待ち受ける良き未来を夢見て、暫しの安らかな眠りに……。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー「これはアインスにバレて、本拠地に乗り込むパターンだよね? 本当に一気に飛ばすのか……]

粗茶「トカゲ、ネタバレはダメだぞ?」

サラマンダー「散々ネタバレしといて僕にそれを言うかな? でも時間はどうするの?」

粗茶「粗茶は魔法の言葉を知ってるから大丈夫だよ」

サラマンダー「魔法の言葉?」

粗茶「数ヶ月後~、どや! 時間は曖昧だし、一気に飛ばしても違和感がないよね」

サラマンダー「え? ドミニクどうするの? ゾンビにまでなったのに可愛そうだよ」

粗茶「書くか迷ってるよ。でも正直面倒なんだよ。早く三章終わらせたいんだよ」

サラマンダー「僕の作者は本当にいい加減だな……」

粗茶「でも四章になると、トカゲも少しは出るんだぞ?」

サラマンダー「え! そうなの?」

粗茶「騎乗魔獣(笑)だしな。移動で使ってあげるよ」

サラマンダー「(笑)は取れないんだね……」

粗茶「あと、これから拷問のシーンとかあるけど、良い子は読んじゃだめだぞ?」

サラマンダー「やっぱりあるんだ……」

粗茶「お前のな!」

サラマンダー「なんで! ∑(゚д゚;)」


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