教国㉚

 ラントワールに戻って一ヶ月。

 ロインは西の城壁から、思い人の姿を探して街道の先を眺めていた。

 街に戻ってからは毎日の日課になっていたが、それも今日で終わる。長い休暇は昨日が最後だ。

 クローディアの部隊が戻らないことに、ロインは当然、捜索隊を出すことをクラウスに進言したが、すげなく断られた。

 もはや生きてはいまいと……。

 クラウスの立場なら賢明な判断だ。

 彼女たちが負けた相手に捜索隊が敵うはずがない。多くの犠牲が増えるだけで、得られる物は何もないだろう。

 街に吹き込む清々しい空気を、ロインは体いっぱいに吸い込んだ。

 いつまでも悲しんではいられない。

 戦いは待ってはくれないのだから――


「クローディアさん、行ってきます」


 ロインはルイビアの方角を睨む。


「もう別れは済んだか?」


 振り返った先ではクラウスが立っていた。


「はい」


 真剣な眼差しを見てクラウスは頷いた。 

 旅立つ前に最後の時間をロインに与えたのは、クラウスにも負い目があったからだ。

 クローディアたちが戻らず一週間が過ぎた頃、一人でも助けに行くと言ったロインを、クラウスは強引に引き留めた。

 その時にクローディアへの思いも聞かされている。

 互いに愛し合っていることも。

 それでもクラウスは、ロインを死地に向かわせることは出来なかった。

 ロインは将来有望な人材だ。

 教国の未来のためにも、失うにはあまりに惜しと思われた。

 長い休暇を与えたのは、気持ちを整理する時間が必要だと感じたからだ。

 ロインの顔つきを見てクラウスは安堵する。

 今は戦う男の顔に戻っていた。


「では行こうか、護衛を頼むぞ。ルイビアを取り戻すのだ」

「お任せください」


 覇気のある声にクラウスは笑みを見せる。

 二人が城壁を降りると、既に下には馬車が用意され、護衛の兵士が列をなして待っていた。

 ロインは大勢の兵士を待たせたことを申し訳なく思うも、出立の前に城壁に立ち寄ると言い出したのはクラウスの方だ。

 兵士たちの手前、ロインは護衛という名目で付き従ったことになっている。

 最後に街からの風景を眺めたいと言ったクラウスを、この場に咎める者がいようはずがない。

 クラウスが馬車に乗り込むと直ぐに隊列は動き出し、ロインは馬に乗って馬車の護衛についた。

 ラントワールを出てからは、魔物やスケルトンに襲われることも無く、予定通り三日の行軍で前線に合流していた。

 クラウスが本陣に入ると、中にいた司祭と兵士が一斉に立ち上がる。


「このようなところまで、ご足労ありがとうございます。どうぞこちらに」


 司祭の一人に促されて、クラウスは上座に腰を落とした。

 当然、後ろにはロインが護衛として控えている。

 他の司祭や兵士が座るのを見計らい、クラウスが現状を確認する。


「状況は?」


 視線を向けられた司祭は首を横に振る。


「街の門は固く閉ざされたままです。スケルトンは街に籠もり出てくる気配がありません。街に近づこうにも、スケルトンが弓を使うため、中々近づくことが出来ないのが現状です」


 ラントワールで毎日聞いていた報告と同じだ。

 門を破ろうにも、ルイビアの街の門は頑強で名高い。スケルトンが弓を扱える以上、破るには多くの犠牲と時間を強いることになる。


「依然として変わらずか……。街に大量の武器を備蓄していたのが仇となったな」

「はい。それにスケルトンには弓が殆ど効きません。我々が弓でスケルトンを狙っても、効果が薄いのが問題です。城壁との高低差もあるため、こちらに損害が出るばかりです。今までは、ですが――」

「今までは、か――。例の物が完成したのだな?」

「はい」


 司祭は嬉々として話す。


「敵の弓の射程外から、城壁の上を狙える投石機が、ようやく完成いたしました。あまり大きな石は飛ばせませんが、これで今度は、こちらが一方的に攻撃を仕掛けることが出来ます」


 大きな石は飛ばせないと言っても、人の頭ほどの石は優に飛ばせる。

 スケルトンに当たれば、一撃で粉砕することも容易い。


「数はどのくらい揃えることが出来た?」

「八十です。向きや距離もある程度変えることが出来ます」

「十分だな。それでも油断は禁物だ。スケルトンの弓が届かないとなると、門を

開いて投石機を破壊しに来るはずだ」


 スケルトンにそんな知性があるとは思えないが、操る者は別だ。


「承知しております。投石機に護衛の兵士を付ける手はずは整えております」

「うむ。だが門が開いたからと言って、無理に兵士を突撃させるような愚は犯すなよ。出てきたスケルトンを確実に屠る事だけを考えるのだ。そうすれば、こちらの被害は最小限に食い止めることができる。多少は時間が掛かっても、兵士の命を優先することを忘れるな」

「心得ております」

「では決行は明日だ。今日は兵士たちに十分な休息と食事を与えるようにな」

「畏まりました。クラウス司教も長旅でお疲れのはず、天幕を用意しますので、今日はもうお休みください」

「そうだな、長旅は年寄りに堪える。私は先に休ませてもらおう」


 クラウスは有り難いと席を立つ。

 馬車での移動とは言え、地面から伝わる振動は年寄りには耐えがたいものだ。寝室用の天幕に案内されると、直ぐに簡素なベッドに腰を落とした。

 長旅の疲れを取るように、腰を叩いてほぐし、背筋をグッと伸ばす。少しは痛みが和らぐが、腰をさする手は止まらない。


「いま思えば、馬に跨がって移動していたドミニクは大したものだ。年齢は私と殆ど変わらないと言うのに、どうしてああも元気でいられたのか――」


 嘗ての光景を思い出し、クラウスはドミニクの姿を懐かしむ。しおれた自分の手を見つめて強く握り締めた。


「ドミニク、絶対にかたきは取ってやるからな……」


 




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー「結局は一ヶ月後だったね。そしてドミニク書くのか……」

粗茶「深夜にお酒を飲みながら書いてたらね。ロインのことを思い出したんだよ」

サラマンダー「忘れてたのか……」

粗茶「ロインのこと書いてたら、流れでドミニクまで書くはめになったよ」

サラマンダー「いいんじゃないかな? 流れは大事だよ」

粗茶「でも爺さんとゾンビになった爺さんの戦いなんか、誰も読まないよ?」

サラマンダー「女の子じゃないから仕方ないよね」

粗茶「しかも、寝落ちして朝起きたら体が冷え切ってるし」

サラマンダー「そのうち死ぬんじゃないかな? そろそろお酒飲みながら書くのやめたら? あとこの時期は厚着をした方がいいよ」

粗茶「粗茶はアルコールがないと生きていけないからなぁ……。あとお風呂上がりはバスローブ以外は着たくないんだよ」

サラマンダー「よくそんな格好でお酒飲みながら書くよね。せめて厚着はしようよ。冬は命に関わるから」

粗茶「粗茶はお酒を飲んでいるときは、少し寒いくらいの方がいいんだけどな。仕方ない。今日から暖房をがっつり入れるか」

サラマンダー「結局厚着はしないのか……」

粗茶「トカゲが季節に合わせて薄着になるなら考えるよ」

サラマンダー「薄着?」

粗茶「夏になったら鱗を脱ぐとか」

サラマンダー「鱗を脱ぐだと! ガタガタ(((゚Д゚)))ガタガタ」


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