教国㉗

 馬に乗り遠ざかる二人を見てクローディアは胸を撫で下ろす。

 相変わらず四人に動く気配はない。グレゴールが逃げ去る二人を見て呟いた言葉が、クローディアの耳にも届いた。


「仲間の傷を回復せず逃げたと言うことは、あの魔術師が使えるのは攻撃魔法だけか……」

「二人を逃がしてくれるなんて随分と優しいのね」


 皮肉を込めて放った言葉だが、グレゴールは関心がないのか考え込む仕草をする。顎に手を当て「ふむ」と一人で納得していた。

 ある程度のレベルは計れた。

 後は使用できるスキルを確認して捕獲するだけだ。

 暫くしてグレゴールはクローディアに向き直り答えを返す。


「別に逃がしたわけではない。捕まえようと思えば何時でも捕まえられる。それに、あの小さい女はシエラのお気に入りだ。我々が捕獲しては面倒なことになりかねん」

「シエラ? 名前からして女性ね。それも貴方あなたのお仲間なのかしら?」

「そう言うことだ」


 相手に女性がいるのは元より知っていたことだ。

 恐らくは少女ともう一人、そのどちらかがシエラと呼ばれる人物なのだろう。だが相手が女性なら、そう易々と掴まる二人ではない。

 最悪なのは、目の前にいる四人が二人を追った場合だ。

 グレゴールが自分の馬を近くに隠していないことは既に分かっている。もし馬を隠しているなら、領域探知エリアサーチを使った時にシオンが教えているからだ。

 クローディアは木に繋がれたままの、自分たちの馬を横目で確認した。二頭は二人が乗って逃げたが、馬はまだ八頭も残っている。


「ダリア! アンカーを撃って! こいつらを足止めするのよ!」

「了解!」


 ダリアは自分の剣を真っ直ぐ地面に突き刺した。


「〈反感の楔ヘイトアンカー〉」


 負の感情が放射状に放たれる。

 一斉に四人の視線がダリアを向いた。その隙を狙ってクローディアがスキルを発動させていた。 


「〈星天破砕スターブレイカー〉」


 剣がまばゆい光を放ち、振り下ろした剣先から閃光が扇状に伸びる。

 使用したのは、遠距離の相手にもダメージを与えられる範囲スキルだ。しかし、それは敵に向けられたものではなかった。

 光は遠くの木に繋がれた馬を覆いつくす。

 ドサ! と馬が崩れ落ちる音が聞こえ、間髪入れずに木々が轟音を立てながら倒れた。

 光が消えて視界が開けた時には、遠くの木々が扇状になぎ倒され、地面に横たわる馬は全て、光の刃に斬られて絶命していた。

 グレゴールは意味が分からないと顔をしかめる。


「……街に戻るための足を自ら殺すとは、気でも狂ったか?」

「これでいいのよ。貴方たちもこれで二人を追えないでしょ? 他にも女性の仲間がいるみたいだけど、あの二人は女性に後れを取るほど柔じゃないわ」

「なるほど、二人の逃げる確率を上げたというわけか――。無駄なことを、さっきの技を俺に使っていれば、手傷くらいは負わせることができただろうに」


 クローディアは「でしょうね」と睨み返す。

 だが、致命傷にならない傷では直ぐに回復されてしまう。意味が無いのは百も承知だ。

 それに、星天破砕スターブレイカーは広範囲に攻撃は出来るが隙も多い。しかも、一撃の威力だけなら、最初に手傷を負わせた斬撃の方が遙かに上だ。

 例えグレゴールに対して使用しても、効果は期待出来ないだろうと端から踏んでいた。それは他の三人も同じだ。

 今までの戦いを見る限り、四人の中に弱者は一人としていない。 


「まぁいい。これでお前は逃げる術を失ったのだからな。そんなことよりも――アイゼン、そこに倒れている四人を回復しろ。流石にやり過ぎだ、このままでは死ぬぞ」


 グレゴールはクローディアを無視してアイゼンに向き直る。

 アイゼンは肩に巨大な鎌を担いで、「あっ?」と威圧するような声を上げた。


「それは俺に回復薬ポーションを使えと言うことか? 冗談じゃない。レオン様から頂いた回復薬ポーションを、俺がこんな奴らに使うと思っているのか? 巫山戯るのも大概にしろ」

「お前がやり過ぎたのが悪い、自業自得だ。戒めの意味でも自分の回復薬ポーションを使うことだな」

「待っていればアスターが来るだろ?」

「その前に女が死ななければいいがな」

「仮に死んでも蘇生をさせればいいだけの話だ」

「蘇生をさせるとレベルが下がる。お前はレオン様に粗悪品を献上したいのか?」


 流石にそのことを言われると返す言葉がない。

 アイゼンは「ちっ!」と舌打ちをした。


「レオン様のためとは言え、何で俺がこんな奴らに……」


 愚痴を零しながらも、アイゼンはインベントリから回復薬ポーションの入ったガラスのアンプルを取り出す。

 アンプルの先をへし折り、中の液体を自分が切り伏せた四人に振りかけた。

 クローディアとダリアは目を見張る。

 四人の切り口が蠢いた瞬間、肉が歪に盛り上がり、瞬く間に失った手足が元通りに戻っていたからだ。

 地面には四人の切り落とされた手足がそのまま残っている。切り落とされた手足を繋げたのではなく、一から再生させたことに驚きを隠せなかった。


「何て回復力なの……。あんな回復薬ポーションまで持っているなんて」


 同時にクローディアは安堵した。回復薬ポーションが効いていると言うことは、四人が生きている証でもあるからだ。


「どうやら四人の命は助かりそうだな」


 ダリアは周囲を警戒しつつ、クローディアの傍に寄っていた。

 背中合わせで互いの視覚を補うように構えるが、相変わらずグレゴールを初め、他の三人も攻撃をする気配がない。

 だからと言って逃げられるわけではないし、逃げる足も既に失っている。何より気を失っている六人を置いて逃げることはできない。

 出来ることは時間を稼ぐことくらいだ。後はミティとシオンが逃げ延びてくれることを祈るしかなかった。

 相手が何もしてこないのは、クローディアにとって好都合とも言える。図らずも時間を稼ぐことが出来るのだ。

 戦いになれば数分と持たないだろう。

 時間を稼ぐのは一気に難しくなる。


「命が助かっても逃げ出すことは出来ないけどね。それでもミティとシオンが逃げる時間は稼げそうよ」


 既に二人の姿は影も形もない。

 十分距離が離れたはずだ。

 ダリアは肩越しにクローディアに囁いた。


「なぁ? あいつらの主はレオンらしいぜ」

「以前から報告に上がっていた王国の冒険者と名前が同じね。やっぱり黒幕は王国でしょうね」

「分かってもどうしようもないけどな。私らはそのレオンへの献上品で、攫った他の女はきっと売り飛ばすんだろうよ。拷問が好きとか巫山戯た性癖してやがる。最悪だ」


 ダリアは唾を地面に吐いた。

 確かに性癖は最悪だ、クローディアは苦笑する。


「私たちを殺す気が無いなら、いつか逃げ出せる機会がくるかもしれないわね。その時まで我慢しましょう」

「じゃあ降伏でもするか?」

「そうね。戦っても勝てる見込みはないでしょうし、それより掴まってから、皆で逃げ出す方法を考えた方が良さそうね」

「賢明な判断だな。逃げ出すなら全員一緒だ」

「じゃあミティとシオンのためにギリギリまで時間を稼ぎましょう。降伏はその後ね」


 二人は臨戦態勢のまま様子を窺う。

 グレゴールたちも何もせず、誰もが時間が止まったかのように動きを止めていた。


「どうした、掛かってこないのか?」


 他のスキルも確認したいグレゴールであったが、二人からの反応はない。

 痺れを切らして先に動いたのはグレゴールの方だ。精神支配さえ効けば、スキルは否が応でも知ることが出来る。そう判断してのことだ。

 グレゴールが歩き出す。

 それを見計うように、二人は即座に構えを解いて剣と盾を捨てた。


「降伏するわ」


 散々待たされた挙げ句、結局は降伏かと、グレゴールの眉がピクリと動くが、それ以降は気にもせず二人に歩み寄る。

 所詮は些細なことだ。

 目の前で立ち止まると右手を前に出した。


「そうか、では先ずは確認をしないとな」 


 グレゴールの右腕の筋肉が、メキメキと音を立てながら膨らんだ。 

 肌の色が赤く染まり、爪は黒く変色して長く伸びる。まるで魔物の手だ。

 クローディアとダリアは、グレゴールが人間ですらないと言った意味を目の当たりにする。

 間違いない。

 悪魔だ。

 グレゴールの手がクローディアの額に伸びるが、その手がダリアの方に吸い込まれるように動いた。


反感の楔ヘイトアンカーがまだ生きているのか。ではこちらからだ――[支配ドミネート]」


 ダリアの瞳が虚ろになる。

 呆然と佇むダリアを見てグレゴールは満足そうに頷いた。


「大丈夫そうだな」


 クローディアはダリアの様子を見て我が目を疑う。

 ダリアの目は焦点が合っておらず、明らかに今までとは放つ気配も違っている。思い当たる魔法はあるが、伝説の時代に失われたものだ。


「まさか? 精神支配の魔法なの?」

「その通りだ。もっとも、俺は体の一部を本来の姿に戻さなければ使えないがな」


 クローディアはグレゴールの右腕を見て納得した。

 だから魔法を使う右腕だけ変化したのだと。


「こんな魔法まで使えるなんて……」


 クローディアの表情が曇る。

 もし精神支配が永遠に続くなら、逃げ出すことは疎か、その算段すら立てることが出来なくなるからだ。


「安心しろ。魔法の効果は長くは持たん」


 グレゴールはクローディアの心を見透かしていた。


「本当でしょうね……」

「信じる信じないはお前の勝手だ。さて、これで反感の楔ヘイトアンカーの効果が消えたはずだ。次はお前の番だ」


 グレゴールの右手が金の懐中時計を握り締めて砕いた。

 使用したのは再詠唱時間リキャストタイムを固定時間短縮するアイテム。この世界の素材で創られた物で、その試作品として渡されていた物だ。

 グレゴールの悪魔の手がクローディアの額に伸びた。


「[支配ドミネート]」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


粗茶「回復薬ポーションで無限お肉ができるな」

サラマンダー「僕を見ながら言わないでくれる? ガタガタ(((゚Д゚)))ガタガタ」



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