教国㉖
力任せに剣を振り下ろし、更に踏み込んで剣を払う。
グレゴールが余裕で躱すがそれで良かった。クローディアはツバキの体から遠ざかるグレゴールを確認すると、即座に叫んだ。
「ライザ! ツバキをお願い!」
そのままグレゴールを遠ざけるため剣を振り回した。
遠くから駆け寄る少女を見て、グレゴールは「ん?」と首を傾げる。後ろにゆっくり歩いて立ち止まると、腕組みをして興味深げに遠巻きから観察を始めた。
クローディアはツバキとグレゴールの間に入る。動かないグレゴールの視線を気にしながら、剣を構えたまま少しずつ後ろに下がり、倒れたツバキの前で止まった。
駆け付けたライザの気配を感じて振り向かずに尋ねる。
「ツバキはどう、助かるわよね?」
屈んだライザはツバキの捻れた首を見て涙を浮かべた。
うつ伏せに倒れているにも関わらず、ツバキの顔だけは上を向いている。手首に触れると微かに脈はあるがかなり弱っていた。
「わ、分からない……」
首が捻れた人間を治療するのは初めてのことだ。
このまま回復魔法をかけてよいのかさえ分からない。もしかしたら、首が捻れたまま、傷だけが癒えることも有り得る。呼吸をするための気道が塞がっていたら窒息して死ぬだけだ。だからと言って首を動かせる状態では無かった。
覚悟を決めてライザは回復魔法を唱えた。
「[
暖かい光がツバキを包み込む。
ツバキの首が徐々に戻り、横を向いて安定すると、「ガハッ」と口から血液を吐き出し、静かな呼気が聞こえた。
殴られた時に出来た傷も塞がり、口から漏れていた流血も止まる。それでも意識は戻らない。白目を剥いて気を失ったままだ。
ライザはツバキの瞼に手を添え、そっと閉じた。
「大丈夫、でも直ぐには意識が戻らないと思う。無理に動かすのも危険だわ」
「そう……、ありがとう」
クローディアはチラリと横を見て周囲の状況を確認する。
いつの間にかダリアは、漆黒の鎧を着た男――クロイツの剣を巨大な盾で受けていた。クロイツが剣を振り下ろす度に、ガン! ガン! と甲高い音が鳴り、少しづつ後ろに押されている。
見るからに相手の方が力量は上だ。
スキンヘッドのゲルクと対峙するミティは、その速さを生かして一方的に攻撃を当てている。だがどれだけ攻撃を受けてもゲルクは顔色一つ変えていない。むしろ敢えて攻撃を受けているようにも見える。
ミティが簡単に負けるとは思えないが、相手の実力は未知数だ。グレゴールのこともあるため、相手の実力を軽視することは出来ない。
何より目を疑ったのは、病人としか思えなかったアイゼンの存在だ。
何処に隠してしたのか、手には身の丈もある巨大な鎌を持ち、それを器用に指先だけで高速回転させていた。
ヒュンヒュンヒュンと鎌の回る音が微かに聞こえてくる。
どこにそんな力があるのか分からないが、見るからに重そうな鎌を、アイゼンはガリガリの細い指で難なく操っていた。
遠心力の乗った巨大な鎌の刃が、ライラとライサの放った風の矢を――全ての衝撃を難なく打ち消している。
まるで散歩でもするかのように、アイゼンは鎌を回しながら、ゆっくりと二人に近づいていた。
馬を守っていたエルナとエルサも加わり、風の矢が絶え間なく襲うが状況は変わらない。堪らずシオンが杖を構えるのが見えた。
だが、それらを見届ける間もなく近くから声がした。
「随分と余裕だな、私を無視していいのか?」
声がしたのは、ツバキの容態を見ているライザの直ぐ横からだ。
クローディアは咄嗟に声の方に振り返る。ドン! と鈍い音が聞こえ、グレゴールは道端の小石でも蹴るかのように、ライザの脇腹を蹴り上げていた。
防御魔法も受け身も間に合わず、ライザの体が地面を跳ねて転がる。口から血を吐いて動かなくなるライザを見て、クローディアが悲痛な表情を見せた。
「ライザ!」
クローディアの叫びにライザは答えない。
グレゴールはそれ以上の攻撃は行わず、クローディアは眼中にないとばかりにライザの様子を窺っていた。
怒りと悲しみが込み上げてくるが、それを掻き消すように悲鳴が木霊する。
「きゃぁああああああああああああ!!」
シオンの甲高い声にクローディアは咄嗟に振り向いた。
一人離れた場所にいるシオンを見て、無事でいることに思わず安堵する。遠くから見た限りでは傷を負った様子はない。
他の仲間を探して僅かに視線を逸らし、クローディアの瞳には涙が浮かんだ。
シオンの足下では、ライラとライサ、エルナとエルサの四人が、手首と足首を両断され、芋虫のように地面に這いつくばっていた。
四人は苦痛で顔をくしゃくしゃに歪め、涙を流しながらも、痛みを堪えて叫ぶのを我慢している。だからシオンは叫んだのかとクローディアは悟った。
状況は壊滅的だ。
後方を確認してダリアが声を張り上げた。
「クローディア! こいつらは全員強い! 今の私たちじゃ手に負えない! だからせめて、シオンとミティだけでも逃がすんだ!」
ミティがギロリとダリアを睨んだ。
「巫山戯るんじゃないわよ! 私たちだけ逃げるなんて御免よ! こんな奴らなんかに!!」
ミティはゲルクに渾身の拳を繰り出す。
「〈
小柄なミティの拳がゲルクの鳩尾に突き刺さる。
手応えは十分にあった。悶絶どころか内臓を破壊する一撃だ。だがゲルクは顔色一つ変えない。
ミティは唇を噛みしめる。
(ずっとこうだ――)
手応えはあるのに、どんなに打撃を与えてもダメージが通っている感じがしない。戦闘が始まってから今まで、ゲルクは腕を組んだまま佇んでいるだけだ。
攻撃もしなければ防御もしない。
ただ為すがまま拳を受け入れている。
「何度やっても無駄だ。属性の付与されていない攻撃は俺には効かん」
「――属性?」
何のことかは分からないが、ミティなりに解釈した。
「つまり普通の拳じゃ無理って事ね。だったら!」
速度を活かして再びゲルクの懐に潜り込む。
「〈
再び鳩尾に拳がめり込んだ瞬間、炎が吹き出しゲルクの体を包んだ。
「炎で燃やせばいいってことかしら?」
(今度こそ!)
ミティはバックステップで距離を取り様子を窺う。しかし、ゲルクを覆う炎が揺らめいて声が聞こえた。
「発想は間違っていない。だが威力が弱すぎる。お前の与えるダメージより、俺の回復力が遙かに勝っている」
炎の勢いは直ぐに弱くなり僅か数秒で消えた。
焼けた肌と衣服が顕わになるが、それも束の間だった。見る間に肌の色は元に戻り、焼けた衣服までもが再生する。
先程までと同様、目の前には無傷のゲルクが腕を組んで立っていた。
「何なのよ……」
身構えるミティを視界の端に捉えてダリアが叫んだ。
「いい加減にしろ! こいつらには勝てない! お前はシオンと一緒に逃げろ! お前がシオンを守るんだ!」
話している間も、クロイツの剣は絶え間なく振り下ろされている。気が逸れた隙を狙われ、ダリアは盾を弾かれてたたらを踏んだ。
盾を落とすことは無かったが、腕に痺れが走り盾を持つ手が僅かに下がる。そこを尽かさずクロイツの剣が襲い、バランスを崩したダリアは地面に倒れ込んだ。
止めを刺す絶好の好機にも関わらず、何もしないクロイツを見て、ダリアはやはりかと、顔に付いた土を手で拭い立ち上がった。
クロイツやゲルクだけではない。グレゴールもアイゼンも、様子を窺っているだけで動く気配が感じられない。
初めから
「クローディア! いつまでもこんな状況は続かない! 早く決断するんだ!」
まさにその通りだ。
どういう意図かは分からないが、目の前にいるグレゴールは動かない。アイゼンに至っては、自分が切り伏せた四人を無視して端の方に遠ざかる始末だ。
クローディアは頷き返す。
「ミティ! 私たちは血が繋がっていなくても立派な家族よ! 貴女はシオンのお姉さんでしょ? だからお願い! シオンを守ってあげて!」
ミティは瞳の端に涙を溜める。
クローディアとダリアは? そう尋ねたくなるのを必死に堪えた。そんなことは聞かなくても分かっている。ここで死ぬつもりだ。
ミティは涙を拭って全力で駆けた。
「シオン! シオン!」
駆けながらシオンの名前を連呼するが反応がない。
シオンは涙を流しながら呆然と立ち尽くす。ミティが駆け寄った時には、手首と足首を両断された四人を、焦点の合わない瞳でじっと見つめていた。
「シオン!」
バチン! と音が鳴り、シオンの頬が赤く腫れる。
ミティはシオンの顔を
「ミティ?」
涙を流しながらそれだけを呟いた。
「逃げるのよ! 早く馬に乗って!」
「でも……」
大粒の涙がシオンの頬を伝う。
眼下に見えるのは倒れている仲間だ。ライラ、ライサ、エルナ、エルサ、少し離れた場所ではツバキとライザも倒れている。
痛々しい仲間の姿を目の当たりにして、シオンの瞳からは止めどなく涙があふれた。
「私たちは情報を持ち帰るの。分かるでしょ?」
「いやだ、置いてなんか行けない……」
シオンは目を真っ赤にして泣きじゃくる。
そんなシオンに語りかける声が聞こえた。今にも途切れそうな弱々しい声、それは足下から聞こえてくる。
「シ……オン、泣……いちゃ……、ダ……メ……。あな……たの……、な……すべき……、……こ……とを、……な……さい……」
地面に倒れていたエルサが、必死に顔を向けて訴えかけていた。
切り落とされた手首と足首からは、夥しい量の血液が流れ出し、地面を赤く染めている。
出血多量で意識が朦朧とする中で、エルサは最後の力を振り絞っていた。
「エルサ……」
シオンの口からか細い声が漏れる。
意識が途切れる間際、エルサは涙を零しながら笑みを浮かべた。
「行き……な……さ……」
その言葉を最後にエルサの意識は闇に飲まれた。
瞳を閉じたエルサを見て、再びシオンに悲しみが襲う。その場で固まるシオンの胸ぐらをミティが両手で掴んだ。
「シオン! 頼むから、みんなの犠牲を無駄にしちゃダメだ……。悲しいのは私も同じなんだから――」
ミティは涙を流してシオンの顔を見上げていた。
幼い頃から長い間、ミティとは一緒に生活を共にしてきたが、こんな姿を見るのは初めてのことだ。
シオンの記憶にあるミティは、気丈で気性が荒い、ちょっと身勝手だけど優しいお姉さんだ。それが
改めて思い知らされる。
「……そうだよね。悲しいのはみんな一緒だよね。ごめんね、私が我が儘でごめんね。もう大丈夫だから、迷惑は掛けないから――」
シオンはミティの手を両手で包み込む。
「行こう!」
そして涙を拭いて走り出した。
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サラマンダー「なんか可愛そうだね」
粗茶「お前以上に可愛そうな奴はいないと思うぞ?」
サラマンダー「これからどうなるの?」
粗茶「卑猥な格好で拷問を受けるよ」
サラマンダー「卑猥な格好?」
粗茶「まぁ、お前以上に卑猥な存在はいないけどな」
サラマンダー「僕って卑猥なんだ……(´・ω・`)」
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