教国㉔

 先の見えない道を一行はひた走る。

 既に馬を飛ばしてから二時間は経つというのに、代わり映えのしない風景がどこまでも続いていた。

 クローディアと先頭を走っていたダリアが、訝しげに整備された道に視線を落とす。


「たったの数ヶ月で、こんなに長い道を作れるものなのか?」

「まさか、予め森の入り口まで何年も掛けて道を整備していたはずよ。魔物が多いから森には村人が近づかないでしょうし、森の入り口さえ開通しなければ、道を整備しているなんて気が付かないでしょうね」

「なるほど~、にしたって随分と長くないか? どこまで続いてんだ……」

「さぁ? 獣人の国まで続いてるなんてことはないでしょうけど、途中で野宿をすることも考えた方がよさそうね」


 クローディアは空を見上げた。

 先程まで見えていた太陽は、高い木の壁に隠れて見えなくなっている。まだ十分明るいとは言え、あと数時間もすれば森は闇に飲まれるはずだ。


「敵のど真ん中で勘弁してくれ……」


 普段は威勢の良いダリアも、これにはまいったと愚痴をこぼす。

 クローディアはそんなダリアを横目でチラ見して、視線は直ぐに前を向いた。僅かな違和感から遠くに目を凝らし、その視線が一段と鋭くなる。


「どうやら野宿はしなくて済みそうよ」


 ダリアにも緊張が走る。


「ようやく一本道は終わりか?」


 永遠に続くかと思われた森の回廊だが、遠くでは木の壁が途切れているのが微かに見えた。その先に薄らと見える人影を見て、ダリアは待ってましたとほくそ笑む。

 先頭の二人は速度を落とし、回廊が途切れたところで馬を止めた。目の前に見えたのは、闘技場さながら円形に整備された剥き出しの大地だ。

 前方に見える人影は僅か四人、何をするでもなく、こちらの様子を窺うように佇んでいた。

 他の人影を探してクローディアは周囲を見渡す。

 しかし、スケルトンの大軍もいなければ、武装した兵士がいるわけでもない。視界に捉えた人影は前方の四人だけだ。

 クローディアが馬から下りると、他の少女も同じように馬から下りた。


「エルナ、エルサ、あなた達は馬をお願い」

 

 馬を失っては帰ることが出来ない。

 二人は頷き全ての馬を近くの木に結んだ。そのまま馬を守るような位置取りで弓を構える。その間も前方の四人は全く動く素振りを見せない。

 クローディアは四人が何もしないことに眉をひそめた。


「念のために聞くけれど、あなた達は教国の人間ではないわよね?」


 四人は互いに顔を見合わせ、代表と思われる三十代と思しき男が、感情の見えない声で短く告げた。


「違うな」


 クローディアは質問を考える。

 相手を殺すにしても情報は少しでも欲しいところだ。森に出来た道やスケルトンの大軍、そんな馬鹿げたことが僅か四人で出来るはずがない。大きな組織や国が関わっていて然るべきだ。


「あなた達はここで何をしているのかしら? ここは教国の領土よ」

「知っている」

「誰かに頼まれたのかしら? 例えば……、アスタエル王国の人間、とか――。あなたの着ている衣服は、王国の貴族が身に着けるものよね?」


 赤い髪の中年男は自分の衣服に視線を落とす。

 身に着けているのは黒い貴族服だ。胸元は貴族特有のシャボと呼ばれる、特徴的な飾り襟をしている。貴族以外にも、一部の豪商や街の有力者が着ることはあるが、値段が高いことから普通の平民が着られる服ではない。

 クローディアは男の反応を見ながら話を続ける。


「良かったら自己紹介をしてくれない? 私たちも手荒な真似はしたくないの。話し合うことでお互いの溝が埋まるかもしれないわよ?」

「グレゴールだ」


 即答する男にクローディアは頷いた。

 状況は十対四。相手が分が悪いと思うのは当然だ。状況的には話し合いに応じても何ら不思議ではなかった。

 もっとも、クローディアに彼らを見逃すという選択肢は存在しない。殺すのが早いか遅いか、ただそれだけのことだ。

 今まで教国の人間を散々殺しておきながら、自分だけは助かりたいなど、そんな都合のいい話が許されるはずがない。


「そう、グレゴールさんね。他の方も紹介して欲しいのだけれど?」

「隣からクロイツ、アイゼン、ゲルクだ」


 クローディアの視線が隣に移る。

 グレゴールの隣では、漆黒の全身鎧フルプレートを身に纏う男が佇んでいた。

 性別を男と判断したのはクロイツという名前からだ。

 兜のスリッドに目を凝らしても、距離があるため真っ暗で目元が見えない。腰に差している長剣も黒いことから、暗闇での戦闘を想定してのカモフラージュと思われた。

 同じように隣の男も黒ずくめだ。

 袖の付いた黒いローブに身を包み、頭からすっぽりフードを被っている。フードが邪魔をしているため、顔は鼻から下しか見えないが、その顔は頬がけてガリガリに痩せ細っていた。袖の先に見える指は骨と皮だけで小枝のように細い。

 風に煽られ僅かにフードが持ち上がると、一瞬だけ目元が見えた。 

 まるで今にも死にそうな病人の目だ。感情がまるで感じられず、目元も酷くやつれていた。

 何かの病気なのか、それとも薬の類いで精神を病んでいるのか、どちらにしろ長くは持たないだろうと、クローディアは眉間に皺を寄せる。

 最後にスキンヘッドの大男に視線を移す。

 男の特徴は事前に聞いていた情報と瓜二つ。であれば、この他にも少年と少女、妙齢の女性が関わっているのは疑いようがなかった。

 グレゴールの紹介が正しければ、順にクロイツ、アイゼン、ゲルクなのだろう。名前を調べれば何か出るかもしれない。

 クローディアは今まで知り得たことを、しっかり記憶に刻む。そして再び四人の姿を確認するが、ゲルク以外は黒ずくめ、ゲルクも肌が褐色のため暗闇に紛れることは出来るだろう。

 一般的に黒ずくめの姿は犯罪組織が好んで使う。教国に犯罪者はいないが、そのことをクローディアは知識として知っていた。

 視線が自ずと鋭くなる。


「グレゴールさんはアスタエル王国の貴族、他の皆さんは犯罪組織の方かしら?」


 クローディアは鎌を掛けるがグレゴールの反応は薄い。


「違うな」


 短い言葉から嘘を見抜くのは難しい。

 クローディアは険しい顔をする。

 

(もう少し会話をつないで、もっと情報を引き出さないと――)


 そう思ったのも束の間だった。

 グレゴールが組んでいた腕を解いて口を開いたからだ。 


「そろそろ始めないか? お前たちは我々を殺しに来たのだろう?」


 クローディアのみならざず、他の少女の顔つきも変わる。





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