教国㉓

 ロインは圧倒的な光景に言葉が無かった。

 トビの村から湧き出るスケルトンの大軍が、ガラガラと音を立てながら、まるで積み木細工のように崩れていた。

 スケルトンの大軍に立ち向かうのは僅か四人だけ、二組の双子が弓を射る度に、射線上のスケルトンを何処までも貫いている。

 しかも弓には弦が無く、四人は矢すらも番えていない。まるで空気を摘まんでいるかのように、弓を引く真似事をしているだけだ。

 普通であれば意味の無い行動だが、四人が指を離す度に、大気が振えて前方に大きな衝撃が生まれている。

 放物線を描く普通の矢とは違い、見えない矢は土煙を巻き上げながら、一直線に射線上の尽くを貫いていた。


「すご過ぎる……」


 目の前を覆い尽くしていたスケルトンは、僅か数分で壊滅状態。その光景にロインが見惚れていると、クローディアが横に並んで顔を覗き込んだ。


「最初に紹介したときに言ったはずですよ? 大抵の敵はこの四人で片が付くと」


 少し意地悪そうな笑みを見せるクローディアに、ロインは苦笑いを浮かべた。


「それにしたって、まさかここまでとは――」


(確かにこれなら、一人でアスタエル王国を滅ぼしてしまうかもしれないな……)


 クラウスとクローディアの会話を思い出し、ロインは目の前の馬鹿げた出来事に呆れ返った。


「あの武器は何なんです? いくら何でもデタラメすぎる」


 アルカンシエルの力を初めて見たときもそうだが、この武器もロインの常識からは大きく逸脱していた。


「あの四人の武器はそよ風の弓ブリーズ・シューター、風を射る弓です」

「風を射る、ですか……。あれは制限なく使えるんですか?」


 ロインの視線は四人が持つ弓にある。


「勿論です」


 当然のように告げるクローディアに、ロインは笑うしかなかった。

 矢を必要とせず使用に制限がない。いま見た限りでは速射も可能だ。使い勝手だけを見れば、アルカンシエルよりも遙かに上だ。


「お言葉ですが、先にルイビアの街を奪還した方が良かったのでは? これなら短時間で奪還できたでしょうに……」


 眉をひそめるロインにクローディアは首を横に振った。


「ルイビアの街まで往復する時間だけでもかなりの日数を要します。それに教皇様からは、最初にスケルトンが発生した場所を優先して調べるように、仰せつかっています。その場所に全ての根源があるかもしれないと」

「だから難癖をつけてエンジャの森の調査を優先させたんですか? そんなことをしなくても、教皇様からの指示だと言ってくれたら、俺もクラウス司教も直ぐに納得したのに……」

「ロイン殿は何も分かっていませんね。自分の力で説き伏せることに意味があるのです。反論も出来ない弱い人間だと思われては、周囲から見くびられてしまいます。この隊を預かる身としては、そんなことは絶対にあってはなりません」


 何とも我の強いことだ。 

 ロインが呆れていると、最後のスケルトンに向かって四人が弓を構えていた。一斉に風の矢が放たれ、衝撃で四人の髪が大きく後ろに流れている。

 村から出たスケルトンが全ていなくなると、今度は魔術師のシオンが前に歩み出た。

 ねじくれた杖の先端を村の方角に翳し、生き残りのスケルトンを探すために魔法を発動する。


「[探知サーチ]」


 瞳を閉じてスケルトンの反応を探っていたシオンは、程なくして瞳を開いた。


「もう大丈夫です。スケルトンの反応はありません」


 四人は頷き弓を収めると、クローディアが労いの言葉をかけた。


「ご苦労様。ではエンジャの森に向かいましょうか?」


 頷く少女たちとは対照的に、ロインは首を傾げた。


「村には入らないのですか?」

「必要ありません。私たちの目的は村の奪還ではありませんから――、それに村に入ったところで、私たちに出来ることは何一つありません」


 クローディアは悲しげに村を見つめた。

 今回のスケルトン討伐は、エンジャの森に入った時、挟撃を防ぐために行われたものだ。森の中に何が待ち構えているか分からない以上、村にいるスケルトンの大軍を無視することはできなかった。

 今回は村を奪還するためスケルトンを討伐したわけではない。それでも取り戻した村を直ぐに離れるのはクローディアの心が痛んだ。

 ロインもその気持ちは同じだ。

 自ずと声も暗くなる。


「分かりました。では森の入り口まで案内をします」


 案内と言っても北に向かうだけ、馬なら一時間程で行ける距離だ。

 クローディアが頷き返すと、ロインを先頭に一行は北に馬を走らせた。村の周辺では収穫されずに残った小麦が、豊かな実りをつけて頭を垂れている。

 勿体ないと思いつつも、今回の収穫は無理だろうとロインは顔をしかめた。

 黄金に輝く小麦畑を抜けると、今度は緑の絨毯が一面に広がった。その遙か先に見える木々をロインは鋭く睨んだ。

 森の入り口にある一点だけ、草木の生えていない場所を狙い馬を飛ばす。遠くの木々が鮮明に見え始めると、ロインの表情が見るからに曇った。

 前回は森に穴が空いたような道が通っていたが、その幅が明らかに広くなっているからだ。

 森の入り口にたどり着くと、ロインは馬を止め、森の中に真っ直ぐ伸びる道を苦々しく見つめた。

 以前は見上げるような大木が、道の所々に生えていたが、いまでは大木の痕跡が嘘のように消えている。地面も平らに均されて、そこらの小さな街より綺麗な通りになっていた。

 ロインは吐き気がした。

 スケルトンのために整備をしたのかと思うと、怒りが込み上げてくる。


「なるほど、ここですか……」


 隣に馬を並べたクローディアが、先の見えない一本道をじっと睨んでいた。


「ロイン殿はここから先には入られていないのですよね?」

「はい。前回はこの場所で引き返しました」

「そうですか――、案内はここで結構です。ロイン殿は直ぐにラントワールへ戻ってください」


 ロインは眉間に皺を寄せる。


「なぜです? ここまで案内をした以上、俺には最後まで見届ける権利があります」


 感情的に反論するロインに対し、クローディアは至って冷静だ。


「ロイン殿は自分の務めを履き違えていませんか? 貴方の成すべき事は私たちの案内です。そして案内は終わりました。速やかにラントワールに戻り、クラウス司教に報告をするのが貴方の務めです」


 言い返せない悔しさから、ロインは俯き拳を握る。


(……その通りだ)


 黙るロインに、クローディアがニコリと笑みを向けた。


「安心してください。私たちも後からラントワールに戻ります。少しだけ街に戻るのが遅くなるだけです。私たちの実力は先程見た通り、誰が相手でも負けたりはしません。それとも私の言葉が信用できませんか?」


 落ち着きを取り戻すため、ロインは小さく息を吐いた。


「……ふぅ、もとより俺の任務は森までの案内です。ですが、お願いですから無理はしないでください。必ず無事に戻ってきてください」

「私はロイン殿から返事を貰うまで死ぬ気はありません。ですからラントワールで私の帰りを待っていてください。出来れば良い返事を期待しています」

「分かりました。だから、必ず――」


 頬を赤く染めて見つめ合う二人に横からヤジが飛ぶ。

 

「いつまで見つめ合ってるつもりだ? 見せつけるのも大概にしろよ」


 ダリアはまいったと頭を押さえていた。

 他の少女たちも処置なしとばかりに呆れかえっている。ロインの反応を見れば返事は言わずとも分かる。

 周囲からジト目で見られ、二人は恥ずかしそうに視線を逸らした。


「で、では、私たちは行きます。ロインも道中気をつけて」

「俺も皆さんの無事を祈っています」


 クローディアがロインを呼び捨てにしたのは初めてのことだ。

 尽かさずダリアが突っ込みを入れて、ミティが毒を吐いた。


「ロインねぇ」

「何が皆さんよ! クローディアの間違いでしょ? 死ねばいいのに!」


 ロインとクローディアは見る間に耳まで真っ赤になる。 


「も、もう行きますよ!」


 恥ずかしさを堪えきれず、馬を走らせたクローディアの背後から声が飛んだ。


「馬鹿! 一人で行くな!」

「ちょっと待ってください」

「危ないってば!」


 少女たちは瞬く間に森の中に消える。

 ロインは立ち去るクローディアの背中を何時までも見続けていた。

 瞼の裏に、その凜々しくも可愛らしい、愛する女性ひとの姿を焼き付けるために。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー「そよ風の弓ブリーズ・シューターは僕のご主人様がいっぱい持ってたよね?」

粗茶「冒険者のシェリーにプレゼントした武器だな」

サラマンダー「国を滅ぼせるとか言ってるけどいいのかな? 返して貰った方が良くない?」

粗茶「そうだな、代わりに穀潰しのお前をプレゼントするか」

サラマンダー「おかしい……、僕は未来の主人公なのに」

粗茶「主人公か、そんなに料理を題材にした作品を書いて欲しいのか?」

サラマンダー「ギャァ━━━━(艸゚Д゚ll)━━━━ァァ!!」



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