教国㉒
漆黒の居城にある応接室では、アスターが上機嫌で革張りの長椅子に腰を落としていた。
向かい側に置いてあるのは同じ革張りの椅子だが、こちらは一人用の肘掛け付きの椅子が三つ並んでいる。その中央の椅子にサタンが腰を落とし、足を組んでふんぞり返っていた。が、アスターがインベントリから石像を出すと、身を乗り出して興味深そうに眺めた。
木のテーブルの上に置かれたのは、老人を象った手の平サイズの石像だ。
大雑把な造りで姿形はぼやけている。駆け出しの職人が造ったような出来だが、サタンは満足げに頷いた。
「これが例のアレか?」
「はい、ルイビアの礼拝堂にあったものです。ラファエルを象った石像の中に巧妙に隠されていました。レベルの低いNPCを操ることの出来る、先駆者の偶像です」
「本当にこんな物で複数の人間を操ることが出来るのか?」
見れば見るほど見窄らしい石像だ。
「そうですね。操ると言うのは語弊があったのかもしれません。あくまで指定された行動を取るように、意識が僅かに変わる程度です。支配と言うよりも扇動に近いでしょう。これはプレイヤーが街の統治者になるための競争アイテムです。普通は街の住民から多くの投票を得るために用いられますが、これに指定されているのは、犯罪を犯さない。教国のために尽くす。定期的に礼拝堂で祈りを捧げる。この三点だけです。このアイテム自体は、言動や行動を制限するものではありません。それでも状態異常の項目では、精神支配に置かれたと判断されるようです」
サタンは不機嫌そうに舌打ちをした。
「――ちっ! だから
「あれは早い者勝ちですからね。先に支配下に置いた方が優先されます。しかも、定期的に祈りを捧げる――偶像の範囲内に入ることで、精神支配の永続を計っています。中々よく考えられていますよ」
サタンはソファに背中を預けた。
敵を賞賛するアスターに「ふん」と鼻を鳴らす。
「で? レベルの低いNPCとはどの程度だ。どのレベルまで支配下に置かれている?」
「――ゲーム内では、アイテムの効力を完全に発揮出来るのがレベル十五まで。それ以上は徐々に効果が薄まり、レベル二十五で完全に効果がなくなります。恐らくこの世界でも同じかと」
「レベル二十五か……、ドミニクには
サタンは口惜しげに爪を噛む。
ドミニクをゾンビにした今となっては蘇生も出来ない。仮に殺して蘇生させたとしても、ゾンビとして蘇るだけだ。
今のドミニクはメアの操る人形でしかない。
もはや全ての知性は失われている。
責任を感じてアスターが顔を伏せた。
「……それは僕の不注意です。ドミニクと接触をしたとき、支配の魔法を試しておくべきでした」
「いまとなっては仕方ない。それより定期的に偶像の範囲に入らなければ、効果は続かないのだろ? ではトビの村にも偶像があったはずだ」
「仰る通りです。簡素な礼拝堂の中に隠されていました。恐らくですが、全ての街や村の礼拝堂に隠されていると思われます。このアイテムで自国の民を統制しているのでしょう。普通に考えても犯罪者のいない国など有り得ません」
アスターの言葉はもっともだ。
「種が分かれば大したことはないな。しかも、プレイヤーに対する備えではなく、国の統制のためとは拍子抜けもいいところだ」
相手に警戒心がないのは好ましいが、余りにやる気がなければ敵としては物足りない。サタンとしては複雑な気分だ。
ぼんやり石像を眺めては小さく溜息を漏らす。
アスターが石像を手に取り持ち上げると、サタンの視線も自ずと上を向いた。
「問題はこのアイテムが何時から使われていたかです。ルイビアの街の資料を見ましたが、この国では記録に残る限り、犯罪者を収監する施設がありません。犯罪者がいないと言うことは、少なからず記録が残る数百年の間は、このアイテムが使われていたはずです。何故そんな昔にアイテムが存在したのか――」
「何が言いたい?」
「以前ドミニクと会話をしたとき、彼はアルカンシエルは千年も前から教国に伝わると言っていました。その時は記憶を改ざんされているとばかり思っていたのですが――、どうやら違ったようです。レオン様と時を同じくしてカヤさんが来ていることから、僕は全てのプレイヤーが同時期にこちらの世界に来ていると考えていました。ですが、数百年前からゲーム内のアイテムが存在するなら話は違ってきます。ドミニクの言葉は真実なのかもしれません」
「……アルカンシエルは千年前から存在していた。早い話がプレイヤーは千年も前からいると言うことか?」
「恐らくプレイヤーによって来た時代が違うのでしょう。レオン様とカヤさんは、
アスターは自分の考えが間違っていたことに嘆息した。それでもプレイヤーが、千年も前に来ていると分かったのは大きな収穫だ。
サタンはアスターの話を精査する。全てが終わってから報告をするにしても、万が一にも誤りがあってはならない。
顎に手を当て暫し考える仕草をした。
「本当にそうなのか? ゲーム内のアイテムと同じ物が、こちらの世界で造られた可能性もあるのではないか?」
「可能性はゼロではありません。アルカンシエルはガチャ限定、製造不可ではありますが、それはあくまでゲーム内の話です。この世界で造れないと決めつけることは出来ません。先駆者の偶像に至っては、それほどレベルの高いアイテムではありませんし、ゲーム内でも製造は可能でした。こちらの世界で造られていても、何ら可笑しくはないでしょう。ですが、名前や外観、性能を含めて全てが同じとなると、もはや天文学的な確率になります。ゲーム内のアイテムが持ち込まれたと考える方が自然です」
「……………………」
サタンは瞳を閉じて自分の頭で話を整理した。
時折「う~ん」と唸っては瞳を薄ら開いている。視線を落として考え込むサタンの言葉をアスターは静かに待つばかりだ。
程なくしてサタンの視線がアスターを捉える。
「基本的にプレイヤーと従者に寿命はない。
尋ねられたアスターは首を横に振る。
「そこまでは僕にも分かりません。ですが、もしかしたら……」
口を閉ざしたアスターの言葉が気になり、サタンが続きを催促した。
「何だ? 言ってみろ」
「もしかしたらですが――、教国にいたプレイヤーと従者は亡くなっているかもしれません」
予想外の答えにサタンは思考が僅かに止まった。
「……何故だ? アルカンシエルを、この世界の人間が持っていたからか?」
「確かにそれも理由の一つです。もしプレイヤーがいるなら、そんな愚かな真似をするとはとても思えません。希少価値の高いアイテムは、自分の手元に置いておきたいと思うはずです」
「うむ、だが理由としては薄いな――」
難色を示すサタンにアスターが言葉を続けた。
「他にも理由があります。こちらに教国の部隊が向かっているのは、昨日ご報告をした通りですが――」
サタンは視線を逸らし、「ん?」と首を傾げた。
報告はいくつか受けたが、全てが取るに足らない報告ばかりでうろ覚えだ。記憶は曖昧だが、思えば少人数の部隊が北西に向かっていると聞いた気もする。
「ああ、あれのことか。それがどうした?」
「その部隊は女性が十人、男性が一人で構成されています。ですが詳しく調べた結果、十人の女性の装備に特色がありました」
「特色だと?」
訝しげに尋ねたサタンにアスターは強く頷いた。
「ええ、十人のうち九人の防具は乙女装備と呼ばれる物で、全てレベル八十の防具で統一されていました。乙女装備は複数身に着けることで、セット効果が得られることから、ゲーム内では女性従者が身に着ける装備の中では最強と呼ばれています。勿論これはレベル八十の従者に限定したことです。覚醒してレベルの上がっている従者なら、他にも良い装備はいくらでもありますからね。そして残りの一人、隊長格の女性が装備していたのは、ユニコーン装備と呼ばれるものでした。これはバレンタインに購入できる課金限定装備です。装備のランクは
アスターは自信を持って告げた。
アイテムの情報に間違いはない、情報源は信頼に足る物だ。
ゲーム内の知識は、書庫にいるクレアのアーカイブで事前に調べたものだ。装備やレベルに関する情報に間違いは無い。
乙女装備は商店でいくらでも購入ができるし、アルカンシエルも運次第では複数の入手が可能だ。プレイヤーがダブリのアイテムをこの世界の人間に与えているとも考えられる。
だが、一つしか手に入らない貴重なアイテム――ユニコーン装備を、この世界の人間に与えるとは到底思えなかった。
アスターの話を聞いていたサタンは、溜息交じりに口を開く。
「お前の言いたいことは大体分かった。こちらに向かっている部隊の女が装備しているのは、嘗てのプレイヤーと、その従者が身に着けていた装備と言いたいわけだな?」
「仰る通りです。装備を見る限りでは、プレイヤーは女性、従えている従者も九人は女性で間違いないでしょう」
サタンは参ったと言わんばかりに額に手を当てた。
「考えれば考えるほど分からなくなる。仮にプレイヤーと従者が死んでいたとする。なぜ装備が残っている? 他のプレイヤーにPKされたのであれば、装備は奪われているはずだ」
「――大胆な仮説ですが、この世界の人間に殺されたのかもしれません。そして身に着けていた装備の類いを全て剥ぎ取られた」
突拍子もない答えにサタンからは溜息が漏れた。
「弱い人間が、どうやってプレイヤーを殺すというのだ。毒を盛ったところで回復の魔法がある。例え魔法が使えなければ、回復アイテムを日常的に持ち歩いていたはずだ。殺せるはずがない」
「……そうでしょうか? 僕たちはこの世界のことを全て知り尽くしているわけではありません。むしろ知らないことの方が多い。何らかの方法で殺されていても可笑しくありません」
サタンは勘弁してくれと肩を落とす。
プレイヤーの存在を匂わせておいて、今度はそのプレイヤーが既に死んでいるかもしれない。サタンとしては冗談ではなかった。
半ば投げやりに言葉を吐き出した。
「もうよい。こちらに向かっている部隊は殺すな。相手のレベル次第では精神を支配できるだろう。何か情報が得られるかもしれない、後のことはそれから考える」
「畏まりました。それでは早速捕獲の準備に取りかかります」
立ち去るアスターを横目にサタンは頬杖をついた。
「この世界の人間がプレイヤーを殺せる? まさかな……」
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