教国㉑

 颯爽と馬を走らせていたクローディアは、前を走るロインに馬を並べた。

 幸い今は一本道、道を間違えようがない。ロインはクローディアの視線に気が付き少しだけ速度を緩めた。


「では部隊の方々を簡単に紹介していただけますか?」


 ロインの言葉にクローディアは頷くと、振り返り手前から順番に紹介を始めた。


「先ずは体の一番大きな女性がダリア、私たちの前衛で力も一番あるんですよ」

「ダリアさんですか。確かに体格も良くて如何にも力がありそうですね」


 髪を短く切り揃えたダリアは、金属の鎧を身に纏い、大きな盾を背負っていた。

 前衛で最初に攻撃を受け止めるのが彼女の役目なのだろう。体格を考えても適任と言えた。

 ロインが納得して頷くと、クローディアは後ろに視線を移す。


「次が剣士のツバキ、東洋の変わった服を着ていますが、私たちと同じ教国の人間です。彼女も前衛で剣の達人です。」

「へぇ――」


 ロインは手元がだぼ付いた衣服を珍しそうに眺めた。額には細い布を巻いて後ろで結んである。教国にはない珍しい衣服だ。

 長い髪を後ろで括っているが、クローディアのように丸めてはいない。長い髪は馬の尾のように風で後ろに靡いていた。

 更に後ろに視線を移すと同じ顔が二つ、その後ろにも同じ顔が並んでいる。


「もしかして、あの四人は双子ですか?」

「その通りです。髪型がショートボブの双子はライラとライサ。セミロングで髪の一部を三つ編みにしている双子が、エルナとエルサです。四人は弓使いで、大抵の敵はこの四人で片がつきます。初めは分からないと思いますが、慣れると見分けがつきますよ」


 見分けがつくと言われたロインは、二組の双子に目を凝らす。


(いや、分かるのかこれ……)


 視力に自信のあるロインであったが、どんなに目を凝らしても双子の見分けがつかなかった。

 双子と言うだけあり顔のつくりは全く同じ、追い打ちを掛けるように髪型も服装も同じため、何処で見分ているのか見当もつかない。

 訝し気に双子を見比べていると、その後ろで睨みを利かせるミティが視界に入る。蔑んだ目にロインは眉間に皺を寄せた。


「ミティは拳闘士です。主な役割は速度を生かした遊撃です」


 横からクローディアの声が聞こえてロインは視線を戻す。


「拳闘士? 聞き慣れない言葉ですね」

「拳で相手を倒すことに特化した戦士のことです」


 そんな戦士もいるのかと、ロインは物珍しそうに「そうなんですか……」と眺める。動きやすい軽装で、よく見れば手には皮の手袋を嵌めていた。

 当然、その間もミティの蔑んだ目がロインの心を削っている。

 クローディアがミティの視線に口を尖らせるが、走り出した馬の上ではどうすることも出来ない。仕方なく次の女性に視線を移して紹介を続けた。


「その後ろがライザ、回復魔法の使い手です。もう紹介の必要はないかもしれませんが――」


 ロインが頷き返すと、クローディアが最後尾の女性に視線を移した。


「最後がシオン、私たちの中では唯一攻撃魔法を使うことが出来ます」

「彼女も随分と若いですね」


 背はミティの方が遙かに低いが、顔はミティより幼く見えた。

 魔法を使うと言うだけあり、ライザと同じように法衣を着ている。杖は素人目には木で出来きた安物にしか見えない。ロインの印象では、ショートカットの可愛らしい少女でしかなかった。

 杖を持ちながら手綱を握っているため、窮屈そうにしているのが少し可愛そうに思えた。


「シオンは私たちの中では一番年下です。まだ今年で十四ですから」

「十四……」


 ロインはあからさまに顔をしかめた。

 ミティもそうだが、年端もいかない少女を危険な場所に連れて行くのは、やはり抵抗があった。どれだけ強くても、無事に帰ってくる保証は何処にもない。死ぬかも知れない場所に連れて行くことに、ロインは一抹の不安を感じていた。

 ミティやシオンだけではない。この部隊の女性は戦いに赴くには全員若すぎる。


「まだ遊びたい盛りだろうに……」


 落ち込むロインの横顔を見て、クローディアは直ぐに察した。同時に優しい人なのだと好感を抱く。


「ロイン殿、私たちはこの部隊に入った時に危険は覚悟しています。もちろん死ぬこともです。お気になさらず」

「死ぬ覚悟ですか――。親が聞いたら悲しみますよ……」

「ご安心ください。私たちに両親はいません。乙女の盾メイデン・シールドは身寄りの無い孤児の集まりです。教皇様の下で幼い頃から特殊な訓練を受け、その中の一握りが乙女の盾メイデン・シールドに選ばれます。もちろん入隊は強制ではありません。あくまで本人の意思が尊重されます。危険な仕事だと言うことも、何度も説明を受けました」

「……そうまでして入る必要があったのですか? 十代の少女なら、他にもやりたいことはあったはずです」

「そうですね。強いて言うなら家族のためでしょうか?」

「家族のため?」

「私には血の繋がった家族はいません。ですが私にとって、教皇様は父であり、共に訓練を受けた孤児は姉妹も同然です。家族を守るためなら、ロイン殿も危険を冒すでしょう? それと同じですよ。恐らく他の子も同じような理由だと思います」

「家族のためか……」


 話を聞いたロインは自分の境遇と重ねていた。

 孤児として国に育てられたのはロインも同じだ。幼い頃から厳しい訓練を受けたが、同じくらい幸せな時間も与えて貰った。

 飢えることもなく、夜は暖かい布団で安心して眠ることも出来た。施設の大人たちは本当の親のように自分たちを可愛がってくれた。だから、その恩に報いるためにも、国に仕えることをいとわなかった。

 ロインは彼女も同じなのだと、並走するクローディアに僅かに親近感を覚える。


「少しだけ分かる気がします。――ですが、本当に無理はしないでください。万が一のことがあれば、きっと教皇様は悲しまれます」

「分かっています。それに言ったはずですよ? 私たちは控えめに言っても相当強いんですよ。何せ身に着けている装備は全て、ラファエル様から賜った神器アーティファクトですからね」

神器アーティファクト?」

「分かりやすく言えば、ドミニク大司教の杖、アルカンシエルと同じようなものです」


 国の至宝、アルカンシエルと同じ。

 ロインの目がクローディアの身に着けている鎧に釘付けになる。

 確かに銀色に輝く鎧は見事な造りだ。しかし、一見すると全身鎧フルプレートに見える鎧は、へそ周りや上腕部は白い衣服が露出し、弱点になり得ると思われた。動きやすさを追求した結果なのだろうが、身を守る防具としては少し頼りない。

 腰からはスカートのように厚手の白い布が垂れ下がり、馬にも跨がれるように前にはスリッドが入っている。むっちりとした太ももに防具はなく、薄い布地で覆われているだけだ。脛の部分は銀色のレッグガードで守られているが、やはり防具としては全身鎧フルプレートより数段落ちる気がした。


「わ、私の太ももがどうかされましたか?」


 声に反応して顔を上げると、スリッドの間に視線を感じたクローディアが、恥ずかしそうに顔を赤らめいた。


「す、すみません。別に太ももを見ていたわけでは――。その、防具としては少し頼りない気がしたので……」

「それで――、そうですよね」


 自分に気があると思っていたクローディアだが、どうやらそうではないようで、自意識過剰を誤魔化すように乾いた笑い声を上げた。


「仰る通り見た目は頼りないかも知れません。ですが鎧で守られていない箇所も、実は守られているんです。体の何処に攻撃を受けても、鎧と同じ強度の障壁で守られています」

「何処でも? それは頭も守られていると言うことですか?」


 クローディアの頭部に防具の類いは見られない。金色の髪が露出しているため、攻撃を受けたら一溜まりもないだろう。

 しかし、クローディアはニコリと笑う。


「頭を守っているのは、この髪留めです」


 そう告げると横を向いて、うなじに手を添えた。

 髪留めが見えやすいように丸めた髪を僅かに持ち上げる。鎧と同じ金属と思われる髪留めには、光の加減で薄らと模様が浮かんでいた。

 伝説の一角獣、ユニコーンの姿が、上下する馬のリズムに合わせて見え隠れしている。


「その髪留めが?」

「ええ、そうです。この髪留めが首から上を全て守っています。ですので、顔に攻撃を受けても、並大抵の攻撃では傷一つ負いません。他の子が装備している防具も、同じような効果があります」

「それは凄い」


 ロインは感嘆の声を上げた。

 よく見れば鎧の胸部、二つの膨らみの上にも、光の加減で薄らとユニコーンが浮かんでいる。

 振り返り他の女性の装備を確認してみるが、やはり皆サークレットや髪留めをしていた。

 見慣れない衣服のツバキも、額に巻いた細い布には、中央の部分に金属の板が縫い合わされている。同じような効果があると言うからには、それらは全て首から上を守る防具と見るべきだ。

 頭を守る装飾品があるのだから、身に着けている法衣等にも何らかの細工があるのだろう。

 国の至宝であるアルカンシエルと同格かは分からないが、これなら神――ラファエルから賜った神器アーティファクトと言うのも頷けた。


「これなら国の至宝と言っても過言ではありませんね」


 感心するロインに、クローディアが恥ずかしそうにチラチラ目配せをした。


「あの――、そんなことより、ロイン殿は結婚はなされているのでしょうか?」

「結婚ですか? いえ、私は独身ですが――」

「では! 私などは如何でしょうか?」


 クローディアは顔を真っ赤にしながら声を上げた。

 突然のことにロインは目をパチクリさせる。振動で馬から振り落とされそうになると、そこでようやく我に返った。 


「い、如何と言われましても、クローディアさんは素敵な女性ですし、何と言いましょうか――」

「だ、ダメなのですか?」


 上目遣いで見つめるクローディアが、五割増しで可愛く見えた。


「だ、ダメと言うのではなく、その――急にどうしたんですか?」

「――私は近いうちに乙女の盾メイデン・シールドを除隊しなくてはなりません。恐らくこれが最後の任務です」

「除隊ですか? まだお若いのに何故……」


 除隊しなくてはならない。

 言い回しからも分かるように、本人は残りたいが残れない理由があると言うことだ。その証拠にクローディアが寂しげな笑みを浮かべた。


乙女の盾メイデン・シールドは装備の特性上、二十歳以下の女性でのみ構成されています。私たちの装備している武具が、その効果を最大限に発揮できる条件が、二十歳以下、そして汚れを知らない純潔の乙女と言われているからです。私の年齢はギリギリの二十です。恐らくこれが最後の任務になるでしょう」

「……除隊した後はどうされるんですか?」

「普通は教皇様の護衛として、首都の大聖堂に残ります。男性との出会いも限られますので、女性の多くが国から紹介された殿方と結婚をすると聞きました。ですが――」


 クローディアの頬が再び朱色に染まる。

 真摯な眼差しでロインの瞳を覗き込んでいた。


「――私は幸運にも素敵な殿方と出会うことが出来ました。出会ってからまだ僅かな時間ですが、ロイン殿が優しい人だということも、今までの言動から分かっています。私は結婚を前提とした交際を真剣に考えています。今すぐに返事が欲しいとは言いません。ですが、この任務が終わり、無事に街に帰った時には、必ず返事を聞かせてください」


 心の内を明かしたクローディアは馬の速度を上げた。

 火照った顔を見られないように、唯一出来る照れ隠しだ。

 クローディアの背中を見ながらロインも真剣に考えていた。

 ロインの仕事は命がけの任務も多い。思うことは、添い遂げた後に、もし自分の身に何かあったら、そんな事ばかりだ。

 結婚して子供が出来たら彼女だけでなく、子供にも辛い思いをさせるかも知れない。


「必ず返事を、か――」


(時間をかけて真剣に考えよう。彼女のためにも……)


 二人の会話は風に流され、後ろの少女たちに断片的に聞こえていた。

 後方からは羨望の眼差しがクローディアに注がれ、同時にロインには、一部の少女から蔑んだ視線が突き刺さっていた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――


粗茶「クローディア以外はモブです」

サラマンダー「なんか可愛そうだね」

粗茶「モブに言われてもな」

サラマンダー「(´・ω・`)?」


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