教国⑲
ラントワールに激震が走る。
慌てた様子で話す司祭の言葉は、どれも信じがたいものだ。
クラウスは虚ろな瞳で目の前の司祭を見つめていた。
ルイビアの街が落ちた。
もたらされた情報は、あまりに衝撃的な出来事だった。
司祭が全てを話し終えると、クラウスは覇気のない小声で反芻した。
「斥候隊の話では近くにスケルトンはいなかったはずだ。どこかに隠れていたのか?」
「そ、それは何とも――」
「僅か半日だぞ? 半日毎に連絡は密に行っていた。目を離した僅か半日で、なぜ街が落ちている?」
「……私には分かりかねます」
「それにだ、全てが人間のスケルトンとはどう言うことだ。まるで我が国の民が、スケルトンに生まれ変わったようではないか……」
「まさか、そのようなことは決して――」
「見間違いではないのか?」
「い、いえ、確かだそうです。開いていた城門から街の中を覗いたらしいのですが、中のスケルトンは全て人間の骸骨だったと――。それと街から離れる際、スケルトンから矢を射かけられたと話しておりました」
「はぁ……」
クラウスはボケ老人の如く、虚ろな瞳のまま溜息を漏らした。
「本来スケルトンに知性は無い。剣を振ることくらいは出来るだろうが、弓を使えるはずがないのだ。弓を使うと言うことは、複数の動作を同時に行うことになる。弓に矢を番えて強く引き、狙いを定めて矢を放つ。そんなことを知性の無いスケルトンがやったと言うのか?」
「信じがたいことですが――」
「もうよい、お前は下がって新たな報告を待て」
司祭が部屋を出るとクラウスは顔をしかめた。
知性の無いスケルトンが大軍で行動しているだけでも既にどうかしている。
クラウスの隣に座る女性は、顔を伏せる面々を見て呆れかえるばかりだ。
「悲観しているだけでは事態は好転しません。事実を受け止め前を見るべきです。悲観をするのであれば、やれることを全てやり尽くしてからにしてください。何もせずに諦めるのは間違っています。そんな弱気な心構えで、民を守れると思っているのですか?」
銀色の鎧を身に着けた女性は、キッと鋭く、隣に座るクラウスを睨み付けた。
「クローディアか――、そうだな。我々には出来ることがまだある。教皇様直属の君が来てくれたのだ。街の奪還もそう難しくないはずだ」
クローディアと呼ばれた女性は、馬鹿を見るような目でクラウスを蔑む。
「ルイビアの街を奪還したところで意味はありません。生者を憎むスケルトンが相手では、街の人間は全て殺されています。そんなことよりも、先程話していた敵の拠点を押さえるべきです。最初にスケルトンが発生したと思われる場所が、エンジャの森にあるのですよね? 先ずはスケルトンの発生を食い止めることが先決です。召喚者を殺さなければキリがありません。ロイン殿はどう思われますか?」
同席していたロインはバツが悪そうに視線を落とす。
ルイビアの凶報を聞くまで、この場で話し合われていたのは、スケルトンの発生源であるエンジャの森の調査についてだ。
敵の本拠地は森の中と思われていたが、ルイビアの街が落ちたのであれば、街に拠点を移した可能性も考えられた。
ロインとしてはラントワールに近い後者と思いたいが、見つかり難いという一点に置いては、森の中に軍配が上がる。
話を聞く限り、クラウスはルイビアの奪還を切望し、クローディアはエンジャの森の調査を進めたいらしい。
街の奪還と森の調査、どちらを選んでも角が立つため、日和見主義のロインとしては悩ましいところだ。
「敵が目的もなく街を落としたとは思えません。ルイビアに拠点を移している恐れもあります。ここはクラウス司教の仰る通り、先ずはルイビアを奪還しては如何でしょうか?」
クラウスは頷き返すが、クローディアは即座に反論した。
「ルイビアの街は堅牢な造りです。敵が門を閉ざし守りに徹した場合、街を奪還するまで相応の日数を要します。もし召喚者がエンジャの森にいるとしたら、その間に森の中でスケルトンが大量に召喚される恐れがあります。一方で召喚者が街の中にいた場合、殺された街の人間は、直ぐにスケルトンになることはありません。教典を調べてみましたが、スケルトンになるのは、年数が経過した白骨死体と記されています。それは召喚においても変わらないはずです。幸いルイビアの墓地は、街から離れた丘の上にあります。街の中でスケルトンが増えることはないはずです」
よほど自分の意見を通したいのか、まくし立てるクローディアに、ロインは反論の意思なしと愛想笑いを浮かべた。
勝ち誇ったように「ふん!」と、鼻を鳴らすクローディアを見て、クラウスもやむを得ないと諦めていた。
スケルトンの生まれる定義が召喚にも当て嵌まるかは、
「……クローディアの言葉も一理あるか。ではエンジャの森は任せてもよいな?」
「お任せください。私は直属の部下と共に、エンジャの森に向かいます。私が引き連れてきた二万の兵士は、クラウス司教がご自由にお使いください」
クラウスは口をぽかんと開けた。
「まて! 直属の部下とは
「大勢の兵士を引き連れていては敵に見つかります。少数で動いた方が迅速に行動できますし、何より私の部下以外は足手まといにしかなりません」
「だが、僅か十人では――」
「ご安心ください。一万程度のスケルトンでは、私たちの相手にもなりません。如何に遠く離れた北の地と言えど、クラウス司教であれば、私たちのことも噂くらいは聞いていると思うのですが?」
「確かに噂くらいは聞いているが……」
「その噂は本当ですよ? 私たちの何れか一人が動いただけで、アスタエル王国を滅ぼすことができます。控え目に言っても私たちは強いですよ。王国を滅ぼさずに残しているのは、他でもないラファエル様のご慈悲です」
クローディアは胸を張る。
自信に満ちた瞳は嘘を言っているようには見えない。そこまで強く言われては返す言葉がなかった。
話のスケールの大きさに、クラウスは呆れ半分「やれやれ」と、肩をすくめた。
「そこまで言うのであれば仕方ない」
「これで話は纏まりましたね。それではロイン殿、案内はお任せしますよ」
ロインの体が一瞬ビクッと跳ねた。
おおよその見当は付いていたことだ。
部屋にいたのがクラウスとクローディア、そしてエンジャの森の事を色々と聞かれた時点で案内役だろうとは思っていた。それでも話を聞くだけで、案内役は他の人間が担当するかもしれないと、淡い期待を持っていたが――期待は見事に裏切られた。
思わず口から本音が漏れる。
「やっぱり俺が行かないとダメですかね?」
「何を言っている? 地理に明るいのはお前しかいないのだぞ。討伐軍の兵士たちは、エンジャの森までは行っていない。お前以外に案内を出来る者がおらんだろ?」
「そ、そうなのですが……。最初の調査も入れたら、もう三回目ですよ?」
ロインは行きたくないと駄々を捏ねるが、クローディアが瞳を輝かせていた。
「三回目ですか、土地勘のない私としては頼もしい限りです。案内はお願いしますね、ロイン殿」
「え、ちょ、ちょっと、引っ張らないでくれますか? クローディアさん?」
クローディアはロインの手首を掴むと、そのまま引き摺るように部屋を出た。
部屋に残ったクラウスは、後に続くように立ち上がり、廊下に出た二人の背中を視線で追う。
「こうして見ると、ロインは嫌がっているのか、じゃれ合っているのか分からんな。何とも騒がしいことだ。私もスケルトンに備えて、急ぎ防衛線を築かなくては――。二万の兵をどう配置すべきか……」
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