教国⑱

 ルイビアの街を囲む高い城壁から兵士の一人が鼻を鳴らした。

 匂いに敏感でなければ気が付かないような微かな死臭。それを感じ取った兵士は不快感から思わず鼻をつまむ。

 隣に並んだ兵士が不思議そうに首を傾げたが、理由は直ぐに明らかになった。

 数分後には地平線の彼方にスケルトンの群れが現れ、兵士は首から下げていた警笛を急いで手に取る。


「ピィ―――――!」


 甲高い笛の音が鳴り、今度は街の中から警鐘が鳴り響いた。

 近くの兵士が城壁に続々と登り、遠くに目を凝らして驚きのあまり声を失った。

 蠢いていたのは人間の骸骨。

 全てが人間のスケルトンで構成されていたからだ。

 ラントワールからの知らせで人間のスケルトンがいるとは聞いていた。が、全てというのは予想の範疇を優に超えている。

 

「……何の冗談だ」


 西の城壁に立つ兵士たちは恐怖で足を震わせた。

 それでも西からスケルトンが来ることは想定済み。城門を固く閉じてしまえば、壁を登れないスケルトンを上から一方的に屠ることが出来る。

 兵士は横に視線を移す。

 城壁の上には急ぎ作られた即席の投石機が幾つも並び、大きな石がそこかしこに用意されていた。 

 備えは万全。

 相手が人間の骸骨だろうが、魔物の骸骨だろうが、同じスケルトンに違いはない。投石は有効な攻撃手段に変わりがないはずだ。


「城門を閉じろ! 投石の準備だ! なるべくスケルトンを引きつけろ!」


 部隊長の声に合わせて、兵士たちが慌ただしく動き出す。

 西の城門が固く閉ざされ、投石機には大きな石がセットされた。城門にスケルトンが張り付いた時のために、城門の上では屈強な兵士が石を落とす準備をしている。

 しかし、程なくして兵士の動きが止まった。


「――どういうことだ?」


 突如として聞こえたのは、遠くから響く鐘の音だ。

 聞こえた方角は西の反対、遙か遠くに見える東の城門から。程なくして、北、南からも警鐘が鳴り響いてくる。


「……まさか、四つの門全てにスケルトンが現れたのか?」


 兵士の顔が青ざめる。

 目の前のスケルトンだけでも二千は越える思われた。同規模の大軍が四つの門、全てに現れていたとしたら――

 動きを止めた兵士に部隊長の男が檄を飛ばした。


「怯むな! スケルトンが大軍で回り込めるはずがない! 必ず斥候隊が気付いているはずだ! 間違いなく西側のスケルトンが本体、ここを死守出来れば、我々が勝ったも当然だ!」


 多くの兵士は納得して頷き返すが、一部の兵士は迫り来るスケルトンを見て、「本当にそうなのか?」と、不安そうに眉をひそめた。

 檄を飛ばした部隊長の男も、言葉にしたことで矛盾点に気が付き、スケルトンの大軍を怪訝な眼差しで見据えた。


(ちょっと待て、なぜ斥候隊はスケルトンが来ることを知らせなかった? 西から来ているスケルトンの数は二千を超える。これに気が付かないのはどう考えても可笑しい。報告を忘れた? そんな馬鹿な話があるのか……)


 男は首を大きく振った。

 雑念を抱いたままでは戦いに支障が出る。徐々に近づくスケルトンに目を凝らし、投石のタイミングを見計う。

 左右を見渡せば、兵士が投石の合図を固唾を飲んで待っていた。後は先頭を歩くスケルトンとの距離を見定め、合図を送るだけだ。

 部隊長の男は先頭のスケルトンに目を凝らし、「ん?」と、何度も瞬きをした。

 白いスケルトンに紛れて気が付かなかったが、先頭を歩く白い物体は、法衣を身に着けているように見えた。


「――あれは、スケルトンなのか?」


 何度も目を凝らして見直す。

 しかし、何度見ても白い法衣を着ている人間にしか見えなかった。


「おい! 誰か目のいい者はいるか! 大至急スケルトンの先頭を確認してくれ!」


 数人の兵士が前に出てスケルトンに目を凝らし、瞳を大きく見開いた。


「――人間、生きている人間です!」

「法衣を着ている? あの顔はドミニク大司教!」


 大司教と聞いた複数の兵士が、我先にと身を乗り出して目を凝らし始めた。


「本当だ! ドミニク大司教だ!」

「ドミニク大司教!」

「急いでお逃げください!」


 城壁の上から兵士たちが力の限り叫ぶ。

 近づく毎に状況が鮮明になる。スケルトンとドミニクの間には百メートル程の距離があり、ドミニクは蹌踉めきながらスケルトンから逃げていた。

 ドミニクの顔は土埃で茶色く汚れ、足取りはふらついて覚束ない。それでもスケルトンの歩みが遅いため、なんとか追いつかれずにすんでいる。

 ドミニクは国の重鎮。そして、手に持っている杖は国の宝だ。

 初めから見捨てるという選択肢は除外されていた。

 部隊長の男が声を張り上げる。


「急いで城門を開けろ! 下にいる者はドミニク大司教の保護を優先しろ!」


 固く閉じた門を開くにはそれなりの時間を要する。

 ドミニクが城門の前に来る頃、ようやく重い扉が半分ほど開いた。城門の隙間から兵士が現れ、ドミニクに駆け出した、その時。


「[火球ファイヤーボール]」


 駆け寄った兵士の視界が一瞬で赤く染まった。

 咄嗟の出来事、喉が焼かれて声も出せないまま兵士が地面に倒れ伏す。

 城壁の上から様子を見守っていた兵士は、信じられない光景に我が目を疑う。

 ドミニクの杖から放たれた火球ファイヤーボールは、兵士を巻き込み、城門の内側まで炎をまき散らしていた。

 今度はその杖の先端が城壁の上に向けられ、兵士は戦慄する。


「……どうして?」


 問いかけの言葉に反応はなく、代わりに杖から魔法が放たれた。


「[火球ファイヤーボール]」


 城壁の上が赤く燃え上がる。

 煙と炎で視界を奪われた兵士は投石どころではなくなっていた。

 多くの兵士が城壁の上から動けなくなり、辛うじて城壁から飛び降りた兵士も、骨を折るなど身動きが取れなくなる。


「[火球ファイヤーボール]」


 ドミニクの火球ファイヤーボールが追い打ちをかける。

 西の城門一帯は瞬く間に赤い炎で覆われ、開いた城門からはスケルトンの大軍が街の中に雪崩れ込んだ。

 兵士の怒号と住民の悲鳴が、合唱するかのようにルイビアの街に響き渡る。


 晴天の青空の下、街の上空ではアスターと魔女ウィッチのメルが、状況をつぶさに観察していた。


「ありがとうメル。君がスケルトンを転移門トランスゲートで移送してくれたお陰で、思いのほか上手くいきそうだよ。全ての門の外側にスケルトンを配置しているし、これで街の住民は逃げることも出来ないはずだ」

「ふん! 回りくどいわね。私の魔法で町ごと消した方が早いわよ! だいたいね、本当にプレイヤーいるの? 全然出てこないじゃない! 私、不完全燃焼なんですけど? さっさとプレイヤー出しなさいよ! あんたの頭は何のためについてんの! 私の役に立つためにあるんでしょ? どうにかしなさいよ!」


 毒を吐き散らすメルに、アスターは愛想笑いを浮かべるばかりだ。

 反論をしたところで面倒なことになるのは分かっている。暴言は基本的に聞き流すのが一番有効な手だ。


「僕は相手のプレイヤーじゃないんですから、どうすることもできませんよ。それと、魔法で街を吹き飛ばすのは絶対に止めてくださいね。若い女性はレオン様の献上品になるかも知れないんですから」

「そもそも、それが気に入らないのよ! レオン様の玩具おもちゃなら私がなりたいわよ! どこの馬の骨とも知れない女が、何でレオン様の玩具おもちゃになれるの? 可笑しくない? ねぇ可笑しいわよね? 私なんか可笑しなこと言ってる? あとね、私の妹を悲しませた、あの糞爺に、何でアルカンシエルを持たせてるの? あれ私が欲しいんだけど? ゾンビになった糞爺を殺して私が貰ってもいいわよね?」


 アスターは顔をしかめる。

 容姿も衣服も同じ三姉妹なのに、どうしてこいつは、こんなにも五月蠅うるさいんだと、心の中で愚痴をこぼした。これなら無口なメアや、独り言を呟いているメリッサの方が百倍はましだ。


「ドミニクを殺したら、ゾンビにした君のメアが悲しみますよ。それにドミニクが持っているのは、アルカンシエルに外装を似せた、全く別の杖です」

「じゃあ、アルカンシエルは誰が持ってるのよ!」

「シエラさんです」


 シエラと聞いてメアの顔が引きつる。


「うっ、シエラか……。くそっ、あの卑猥な女が持ってるなんて……」

「相変わらずシエラさんが苦手なんですね」

「あの卑猥な女は、何故か私を押し倒そうとするのよ。血も飲みたがるし――色んな意味で怖いのよ。天敵よ、天敵!」

「……そ、そうですか。メルさんも大変ですね。それと、当然ですがアルカンシエルもレオン様への献上品ですから、お忘れ無く」

「分かってるわよ! ちょっと使ってみたかっただけよ!」


 メルはブスッとしながら街を見下ろす。

 逃げ惑う若い女を見て、何でこいつらがと思うがままに口にした。


「何がレオン様の玩具おもちゃよ。みんな死ねばいいのに――」



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