教国⑰
憔悴した兵士達が、ラントワールの門を項垂れながら通り過ぎた。
鎧は傷つき顔は汚れ、街を出立した時の勇ましい面影は何処にもない。兵士を迎え入れる門番もかける言葉がなかった。
ルイビアの街を出た時には三千いた兵士たちも、無事に戻ってきたのは僅か二百名足らず。家族の死を知ったのか、街の住民の中には泣き崩れる者も多くいた。
兵士たちは街に入るなり嗚咽を漏らす。
身の安全を確保できた安堵、仲間を失った悲しみ、逃げ帰った悔しさ、複数の感情が入り乱れて涙が頬を流れ落ちる。
地面に蹲る兵士を、街の住民は遠くから見ていることしか出来なかった。
悲しみがラントワールの街を包み込む。
生き残りの一人であるロインは礼拝堂で祈りを捧げていた。
立ち上がると心なしか頭はすっきりしたが、足取りは重く気は晴れない。ドミニクの留守を預かるクラウスへの報告を考えると、自然と気分が憂鬱になった。
向かう場所は前回と同じ、トビの村の報告を行った会議室。目的の場所が近くになるにつれ更に足は重くなる。
「はぁ……、まいった……」
大聖堂に入ってから何度目の溜息だろうか。
大司教とアルカンシエルは行方が知れず、戻った兵士は一割未満、更に生き残った司祭は一人もいない。
全てが耳を疑うような報告ばかりだ。
「なんで俺が報告をしなければならないんだ……」
そんなことは決まっている。
一般の兵士以外で生き残りはロインしかいないからだ。白羽の矢が立った理由はロインも分かっているが、今回ばかりはと自分の運命を呪いたくなる。
部屋の前に近づくと、扉の前で佇む司祭がそれとなく視線を逸らした。
「クラウス司教がお待ちです」
前回と同じように扉を引くが、陰りのある表情から心情は窺える。
「ロイン・エイデン、報告に上がりました」
部屋に足を踏み入れ口を開くと、俯き加減のクラウスと四人の司祭が同時に顔を上げた。
「ご苦労だった」
労いの言葉をかけたクラウスの表情は見るからに暗い。
冴えない顔で「先ずは座ってくれ」と、席を促すと、気持ちの整理をするかのように、瞳を閉じて少し間を開けた。
「――兵士からの聞き取りである程度のことは知っているつもりだ。だが、もう一度確認したい。案内役としてドミニクの傍にいたお前なら、他の兵士より確かな情報を得ているはずだ。本当にドミニクは戻らないのか?」
聞かれることは予想していたが、何とも答えづらい。
「私が撤退を始めた時には、既にドミニク大司教の傍を離れています。ですが、少なくとも撤退した討伐軍の中に、ドミニク大司教の姿は確認できませんでした。それは間違いありません。正直なところ、ドミニク大司教の安否は不明です。誰も亡くなったところを見ていませんので……」
「では、生きている可能性はあると言うのだな?」
「それは……」
言葉が詰まり、ロインは伏し目がちにクラウスの様子を窺う。
「これはあくまでも私の見解です。気分を害するかも知れませんが、どうかお許しください」
「構わん。正直に答えてくれ」
「――残念ですが、既に亡くなっていると思われます。ドミニク大司教はもしもの時のために、魔力を回復する霊薬を持ち歩いておりました。もし助かっているのであれば、必ず至宝の力でスケルトンを焼き払っているはずです。私はスケルトンの追撃を躱すため、常に背後を警戒しながら撤退を行っていましたが、至宝の力が使われた様子はありませんでした。後から押し寄せたスケルトンの数を考えても、とても助かるとは思えません」
「そうか……」
クラウスは悲痛な面持ちで顔を伏せた。
ドミニクはラントワールの街を束ねる要人であるが、それ以前に掛け替えのない古い友人の一人だ。
二度と友人の顔を見られないと思うと、スケルトンに対する怒りが込み上げた。
四人の司祭も言葉を失い通夜のように静まりかえる。
話しづらい雰囲気の中、それでもロインは告げなくてはならない。
クラウスの顔色を窺いつつ、視線が上がったタイミングを見計らい、おずおずと口を開いた。
「このような時に申し上げにくいのですが、国の至宝アルカンシエルは、ドミニク大司教の手元にありました。恐らくは敵の手に奪われたかと……」
「敵か……、その報告は早い段階でドミニクから届いていた。草原で監視をする者がいたとな。こちらにも警戒するように知らせがあった」
ロインは話が早いと頷く。
「詳細は分かりませんが、ドミニク大司教はその内の一人と接触をした模様です。スケルトンを召喚したのは、その者たちで間違いないと仰っていました。現に草原で多くのスケルトンを倒したにも関わらず、村にいたスケルトンは減っているようには見えませんでした。追撃したスケルトンの数が多いことからも、むしろ増えていると思われます」
「――お前の言いたことは分かった。スケルトンを召喚している術者を殺さなければ、いくらスケルトンを倒しても意味が無いと言いたいのだな?」
「仰る通りです」
強く頷くロインを見て、クラウスは顔を手で覆った。
スケルトンに対する街の備えは万全だが、当のスケルトンが際限なく沸いて出るのでは話が違ってくる。中央からの増援はあるが、兵士も物資も数には限りがある。
必ずいつかは底を突く。
「差し出がましいようですが、近隣の村人は避難させた方がよろしいかと」
「それはもう済ませてある。収穫を無理に急がせ、村の住民には街の中に入ってもらった。そのため食料は十分にあるが、他の物資が不足している。特に寝泊まりする場所は深刻な問題だ。空き地の多いラントワールの街はよいが、手狭なルイビアの街では既に支障が出ている。念のための避難だったが、まさか今後も続くことになろうとは……」
項垂れたクラウスは頭を抱え込んだ。
ドミニクの死。
アルカンシエルの消失。
増援の再要請。
街の防衛。
(教皇様にどう報告すべきか……)
ありのままを報告するしかないが、文面の一つを取っても受け取る側の印象は大きく違ってくる。それが悩ましかった。
口を噤んだクラウスの代わりに、司祭の一人が質問を投げかけた。
「スケルトンの追撃と言っていたが、その規模はどれくらいだ?」
「恐らく二千は下らないかと」
「二千……。では距離は?」
「現在の距離は不明です。撤退した一日目は凄まじい勢いで追ってきたのですが、二日目以降は全く姿を見せていません」
「――では村に戻った可能性もあるな。それと兵士からの聞き取りでは、司祭の生き残りはいないと聞いているが、逃げ遅れて後から来る可能性はないのか?」
ロインは顔をしかめた。
瞼の裏に焼き付いているのは、スケルトンの大軍に飲み込まれた兵士の姿だ。
助けを求めて伸ばした手は届かず、スケルトンの中へ揉まれるように消えた兵士は数多くいた。その中には複数の司祭も含まれるが、再び姿を見せた者は誰一人としていなかった。
「それはないと思います。逃げ遅れた司祭や兵士は、スケルトンの大軍に飲み込まれていました。とても助かるとは思えません」
「そうか……。他に何か気付いたことはあるか?」
ロインは少だけ考える仕草をした。
自分の目で見たわけではないが、撤退の最中に兵士の間で噂になっていたことだ。
「――私が実際に見たわけではありませんが、人間のスケルトンを見た兵士がいたようです。これに関しては、兵士に詳しく聞いた方よろしいかと」
「人間のスケルトン?」
聞き捨てならないのか、気付けばクラウスが目を見開いていた。
四人の司祭もまた、互いに目を合わせて難しい顔を見せる。それぞれ思うことがあるのだろう。ある者は腕を組み、またある者は瞳を閉じ、長い沈黙が訪れた。
暫くすると、クラウスは居心地が悪そうに肩を丸めるロインに気が付き、すまなそうに口を開く。
「もう他にないのであれば、下がってよいぞ」
「では、私はこれで失礼します」
ロインが部屋を後にすると、扉越しにクラウスと司祭の声が微かに聞こえた。
「直ぐに斥候隊を編成してスケルトンの位置と規模を調べろ」
「ドミニク大司教とアルカンシエルのことは何と報告いたしましょうか?」
「教皇様への報告書は、私が直接したためる。それとルイビアの街にも急ぎ伝令を――」
思わず立ち止まり聞き耳を立てるが、扉の前で佇む司祭が睨みを利かせて咳払いをした。暗に早く行けと促されると、足は自ずと前に動き出す。
(俺が聞き耳を立てても何も変わらないはずだ。結局はスケルトンの動き次第、出来れば村に引き籠もって欲しいが、それは恐らく無理だろうな)
後日、予想は見事に的中することになる。一万のスケルトンがルイビアの街を包囲することによって――
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