教国⑭

(本当にらちが明かない……)


 報告を受けたサタンの頭に、真っ先に浮かんだ言葉がそれだ。

 沸き起こる苛立ちから、伏し目がちに唇を強く噛みしめた。握り締めた拳を目の前の円卓に叩きつけたら、どれだけ溜飲が下がるだろうか――

 サタンは込み上げる怒りを抑えながら、円卓の面々に視線を送る。席に着くのは前回と同じ、アスター、メア、メリッサ、自分を合わせても四人しかいない。

 当然、サタンの深紅の瞳がアスターを向いて止まった。


「わざわざ時間を掛けた意味がないではないか。本当にドミニクは何も知らないのか?」

「残念ですが……。僕のスキル、観察眼で嘘は見極めていましたが、直接プレイヤーを知っているわけではないようです」

「くそっ! どうしろと言うのだ。教皇は何か知っているようだが、奴は首都の大聖堂から十年は出ていないと聞いているぞ」


 サタンは語気を強めるが、怒りを顕わにしたところで状況が変わるはずもない。アスターはいつも通り冷静に答えるだけだ。


「事前に調べた情報ではそうですね。首都の大聖堂は結界に守られていますし、手出しをするなとレオン様から厳命されています。教皇を大聖堂から出すところから始めなくてはなりません」


 何とも気の遠くなる話だ、サタンのイライラが自ずと募る。


「これでは敵の罠に嵌まった方が遙かにましだ! この国で行動を起こしてから既に一ヶ月半だぞ!」

「落ち着いてください。僕たちがプレイヤーの存在に気が付いてからは、まだ一ヶ月も経っていません。それに敵の兵士は引きつけています。レオン様から与えられた任務は滞りありません。もう少し様子を見ましょう」


 サタンは「クッ……」と、歯を食いしばり怒りを飲み込んだ。

 従者統括のアインスからの情報では、帝国が動くのは恐らく半年後だ。まだ時間に余裕はある。それを分かっているからこそのアスターの発言なのだ。

 サタンは瞳を閉じて深呼吸をする。日増しに怒りのはけ口を求めている気がする、悪い傾向だ。深呼吸をする度に表情は和らぎ、固く握り締めた拳を緩めた。


「……仕方がない。スケルトンを出せ。先ほどドミニクが魔法を発動させたと報告があった。アルカンシエルの再詠唱時間リキャストタイムは二時間。少なくともその間は、スケルトンが纏めて壊させることはないはずだ。それとドミニクは殺せ。何も知らないのであれば、奴はもう用済みだ」

「アルカンシエルは奪いますか? 恐らく相手プレイヤーの怒りに触れると思いますが……」

「構わん。教国に与しているなら既に怒り心頭だ。それに相手が交渉に応じる気があるなら、アルカンシエルを返すことで友好関係を結べるかもしれん」

「分かりました。ではそのように対応します」


 頭を下げたアスターは、メアに視線を移してご機嫌を窺う。

 メアは二人のやり取りをじっと半眼で見つめていた。普段は寝ているはずのメアが起きているのは珍しいことだ。

 不機嫌になられても面倒なため、アスターは心を込めてお願いをする。


「メア、出番だよ。それとちょっとだけ強いアンデッドを一体作れるかな? ドミニクを殺してアルカンシエルを奪うよ」


 メアは眠そうな顔で、間髪入れずにコクンと頷き返す。


「絶対に殺す」


 強い意志が込められた言葉。

 アスターとサタンは、思わず聞き間違いかと我が耳を疑う。

 メアの声を聞いたのはこれが初めてだ。三つ子の三姉妹だけあり、声色は次女のメリッサ、長女のメルと同じだが、僅かに声の音程トーンが違っていた。

 咄嗟の出来事に呆けていたアスターだったが、部屋を出るメアの後ろ姿を見て直ぐに後を追う。


「待ってメア!」


 しかし、今のメアにアスターの声は届かない。

 ドミニクはメアのスケルトン人形を一方的に破壊した許されざる存在だ。

 壊されたスケルトン人形の数はおよそ三千。ドミニクは百回殺しても殺し足りない相手だ。

 メアは眠そうな顔で密かに闘志を燃やす。

 自分のスケルトン人形を壊された恨みを晴らすために。そして僅かにほくそ笑む。今度はその死体で新たなスケルトン人形を作るのも悪くないと。

 隣に並んだアスターはメアの顔を覗き込み、思わず眉間に皺を寄せた。そこでは、目の下に深い隈を作ったメアの口元が、ニタリと不気味に歪んでいた。





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