教国⑬
討伐軍は一週間を費やし、ようやく村の近くまで移動していた。
進軍が遅れていたのは、村に続く峠の街道が狭く、左右を森で囲まれていたのが大きな要因だ。長く伸びた隊列で、スケルトンの襲撃に警戒をしなければならず、しかも森が深いことから、周囲に目を凝らしての行軍となった。
幸いスケルトンの襲撃はなかったが、当然のように遅々として兵士の歩みは進まない。他にも負傷者を抱えていたことも、行軍が遅れた要因の一つだ。
草原の戦いで大勝したとは言え、教国の兵士にも少なからず負傷者が出ている。回復魔法の使い手は同行していたが、一日で癒やせる数には限界があった。
傷ついた兵士を危険な場所に残すわけにもいかず、必然的に峠に入る前から、負傷者の足に合わせての行軍となっていた。
峠を越えた頃には一週間が経ち、討伐軍は村から少し離れた小高い丘に陣を構えていた。
ドミニクは見通しのよい崖の上に立ち、眼下に見える村の様子に、思わず顔をしかめた。
村の中は白一色に染まり、足の踏み場もなほど骸骨がひしめている。不自然なのは、スケルトンが村の外に出てこないことだ。
見れば今も、スケルトンを誘き出すため、数十人の部隊が村の正門に近づいている。既に門は破壊されているため、スケルトンは兵士の姿を確認しているにも関わらず、村から出る気配が全く見られない。
兵士が石を投げて挑発をするが結果は同じだ。
「う~む。誘き出すことは出来ないか……」
唸るドミニクの背中を見つめ、付き添いの司祭が不思議そうに首を傾げた。
「ドミニク大司教、何も回りくどいことをしなくても、至宝の力で村ごと焼き払うことが出来るのでは?」
背後の言葉にドミニクは振り返り、眉間に皺を寄せて難色を示した。
それはドミニクも考えていた。最も安全にスケルトンを処理するなら、直ぐにでも至宝の力を使うべきだろう。行動に移らないのは、今後のことを見据えてのことだ。
「出来れば村は残したい。何れ新たな住民がこの村にやってくる。その時に一から村を作るのでは、時間も労力も掛かりすぎる。村ごと焼き払うのは、最後の手段にしたいのだ」
「この村に住民を迎え入れるのですか? 危険ではないでしょうか、また新たなスケルトンが現れたら……」
不安そうに俯く司祭の反応は当然だろう。
例え全てのスケルトンを討伐できたとしても、また新たなスケルトンが生まれるかもしれない。村を蠢く骸骨の群れを見れば誰もがそう思うはずだ。
しかし、自然にこれだけのスケルトンが生まれるなど、有り得るはずがないのだ。
必ず召喚者はいる。大元を叩けば、再び平和な日常がトビの村にも訪れる。そうドミニクは確信していた。
「大丈夫だ。スケルトンを操る召喚者は必ず近くにいる。スケルトンが村から出ないことがよい証拠だ。その者を捕らえることが出来れば、もうスケルトンが生まれることもないはずだ」
「ですが、何処に――」
若き司祭は村の中に召喚者の姿を探した。
村を囲む高い柵が邪魔で全てが見えるわけではない。しかし、あの亡者の中に召喚者がいるとは到底思えなかった。
誰が好き好んで骸骨の傍にいたいと思うだろうか? もしいるとするなら、それは狂人の類いか、余程の異常者だ。
ドミニクもまた、村に目を凝らす司祭とは違う理由で、村に召喚者はいないと踏んでいた。
草原でのスケルトンの撤退を見れば、近くに召喚者がいたのは明白である。当然、至宝の力は見ているはずだ。
召喚者が村に留まることは、スケルトンもろとも至宝の力で焼かれることを意味している。愚か者でもない限り、そんな自殺行為を図るとは考え難いからだ。
二人の考えは、召喚者が村にいないと言う意味ではどちらも正しい。その証とも言うべきか、ドミニクの隣からは聞き慣れない声が聞こえた。
「あのスケルトンの大軍は、見ているだけでも気持ちが悪いですよね」
何時から其処にいたのか、黒髪の少年が隣で村を見下ろしていた。
ドミニクと司祭はギョッとする。
この場所にいたのは自分たち二人だけだ。いくら村に目を凝らしていたとは言え、常にスケルトンや魔物には警戒をしていた。
直ぐ隣で佇む子供に、気が付かないのはあり得ないことだ。
驚く二人に少年はニコリと笑いかけた。
「始めまして。僕はアスターと申します。以後、お見知りおきを」
何事も最初が肝心だ。
アスターはきちんと体ごと向き直り、丁寧に頭を下げて自己紹介をした。
ドミニクは少年の人相に聞き覚えがある。
年の頃は十二歳前後、黒髪で赤い瞳、黒の法衣を纏った少年。草原で斥候兵から報告のあった不審人物の一人だ。
険しい顔でアスターを見つめるドミニクを見て、司祭も異変を感じ取る。
「ドミニク大司教、お下がりください!」
僅かに腰を落として身構えた司祭に、アスターは「仕方ないか――」と、視線だけを向けて魔法を唱えた。
「[
地面の上に魔方陣が浮かび上がり、司祭の心臓に鎖が巻き付いた瞬間、司祭は膝から崩れ落ちた。地面に倒れるまでの僅かな間に、既に鎖は消えている。
ドスッと音を立て、地面に横たわる司祭を見て、ドミニクの表情は険しさを増す。鋭い眼光がアスターを射貫くように見つめた。
「何をした?」
ドミニクは怒りを孕んだ声で凄む。
初めて聞く魔法。ドミニクは司祭の安否を確かめるように、時折視線を下げては容態を確かめていた。
息はあるように見えるが微塵も動かない。外見からでは、生きているのか死んでいるのか判断は難しい。
「話の邪魔になりそうなので、少し眠ってもらいました。命に別状はありません。確かめてもらえれば分かります」
ドミニクは険しい顔で「むう」と唸ると、笑顔のアスターを見据えたまま、司祭の傍で腰を屈めた。
手探りで司祭の首に手を当て、脈があることを確認すると、そのまますっと立ち上がり、僅かに表情を緩めた。
「アスターと言ったな。何の要件だ?」
重く静かな、明らかに警戒した声。
「先ずは、このような場所で立ち話をすることをお許しください。本当は村の中で、ゆっくり座って話をしたかったのですが――。アレですからね」
アスターは視線を逸らして村を見下ろす。
スケルトンが密集する村の中は、座ることは疎か、立って話すことすら難しい。魔法障壁の中に、無理矢理スケルトンを押し込めた結果がこれだ。
「村の中で話か……、やはりスケルトンを召喚したのはお前か?」
ドミニクの眼光が痛いほど突き刺さる。
普通の人間はたじろぎそうなものだが、アスターは意に返さない。
「僕ではありませんが、僕の仲間が召喚したことに間違いありません。貴方には僕たちのことを、プレイヤーと名乗った方が分かりやすいでしょうか?」
「プレイヤー……」
「僕たちは貴方と敵対するつもりはありません。出来れば貴方の主と直接お話がしたいのですが――」
ドミニクの怒りに満ちた声がアスターの言葉を遮った。
「敵対するつもりがないだと? 一つ聞くが――、村の人間をどうした?」
「全て殺しました」
笑顔で当たり前のように告げるアスターを見て、ドミニクの体が怒りで震える。
「
「お怒りはごもっともです。ですが僕らも、今はスケルトンを下げるわけには行きません。こちらにも事情があります。ですが、貴方の主であるプレイヤーと交渉を行うことで、スケルトンを下げることが出来るかもしれません。ですから取り成して――」
ドミニクの怒声がアスターの言葉を拒んだ。
「何を言っている! 私が仕えるのはこの国と我らの神、ラファエル様だけだ! プレイヤーなど知らん!」
アスターは「ん?」と首を傾げた。
怒気を放ち、怒りで打ち震えるドミニクの姿は、とても嘘をついているようには見えなかった。
アスターは会話の最中も、ドミニクの視線や仕草から、嘘を見抜こうと細部に渡り注視している。今まで嘘をついた兆候は見られない。
「なるほど、ではプレイヤーという言葉は何処で聞いたのですか? 貴方がその言葉を知っていることは、既に調べがついています」
「プレイヤーは教国の敵だ。それ以上は知らぬ」
「話す気はないと言うことでしょうか? まぁいいでしょう。おおよその検討はついています。貴方に助言を出来る者、恐らくは教皇、もしくは神ラファエルか――」
教皇という言葉でドミニクの眉が僅かに上がる。
激高してるだけに反応も分かりやすい。前者か、アスターは心の内で密かに呟く。
「それはどちらでもいいでしょう。ですが覚えておいてください。貴方の持つアルカンシエルは、元々プレイヤーが所有していたものです」
「どういうことだ。お前の物だと言いたいのか?」
低く押し籠もった声で、ドミニクはアルカンシエルを持つ手に力を入れた。
「そうではありません。教国の内部にもプレイヤーはいるということです」
「そんな話に惑わされるか。聖杖アルカンシエルは、千年も前から教国に伝わる秘宝だ」
「千年前から? ――どうも話が噛み合いませんね」
ドミニクの仕草から嘘をついた様子はない。
アスターはそれだけに腑に落ちなかった。聖杖アルカンシエルは製造不可の、ガチャでしか手に入らない武器。それが千年も前からあるのは明らかに不自然だ。
「来た時代が違う? いや、洗脳されて既に記憶を改ざんされているのか――」
俯きながら独り言を呟くアスターに、ドミニクの怒りを押し殺した声が聞こえた。
「話は終わりだ。投降するなら命は保証しよう」
アルカンシエルを構えるドミニクは、明らかに臨戦態勢に入っていた。
杖に宿る魔法は気を失うため使用はできないだろう。しかし、杖に秘められた膨大な魔力は、弱い魔法の威力を数倍に高めることができる。
アルカンシエルを向けられたアスターは、困ったように眉を下げた。
「先ほども言いましたが、僕に戦う気はありません」
「では投降するのだな?」
「投降はしませんが、最後に一つだけ言わせてください。今はまだスケルトンを村から出しません。安心してください。それと、村には強力な魔法障壁を張っています。魔法と生物は通り抜けることが出来ません」
何らかの譲歩なのだろうが、ドミニクには関係なかった。
投降する気がないのであれば、捕縛するまでだ。
ニコッと笑うアスターに、ドミニクの魔法が発動した。
「お主の戯れ言は後でゆっくり聞こう。[
杖の魔力で強化された眠りの魔法が、アスターを襲う。
過去の経験から、耐性のある人間でも直ぐに眠りに落ちるはずだった。しかし、ドミニクが見たのは、その場に平然と佇むアスターの姿だ。
レオンの従者は全員状態異常に対する完全耐性を持っている。それをドミニクが知るはずもない。
「魔法が効かない?」
思わず驚きの声が漏れる。目の前のアスターは、何事もないかのように笑顔のままだ。
「僕はこれで失礼します。仲間と相談したいこともありますから。では――、[
瞬時に姿を消したアスターにドミニクは目を見張る。
「ば、馬鹿な。
それは失われた伝説の魔法の一つ。
風の噂で使える者が数人いると聞いたことはあるが、長く生きたドミニクでさえ、
緊張から解放されたドミニクは、憔悴した顔で「ふぅ」と、大きく息を吐いた。
「侮っていたわけではないが、まさか
決められた場所に転移する
アスターが消えた後を、ドミニクは口惜しそうに暫く見つめ続けていた。
そして数時間後、ドミニクは再び驚くことになる。アルカンシエルから発動した魔法が、村を守る障壁に弾かれたことによって。
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