教国⑫
草原の端で戦況を見つめる者たちがいた。
疎らに木の生えた小高い崖の上に、四つの影が並ぶ。最初に口を開いたのは、相手の戦力を分析していたアスターだ。
戦場を見つめては溜息交じりに肩を落とした。
「参りました。教国の戦力ならスケルトンが五千もいれば、いい勝負が出来ると思っていたんですけどね。勿論プレイヤーの介入は想定していたので、負けることは覚悟していたのですが……。まさかアルカンシエルを持っているとは想定外です」
アスターはお手上げとばかりに肩をすくめ、隣に立つ偉丈夫を見上げた。
立っていたのはスキンヘッドの大男だ。褐色に焼けた肌にネイビーブルーの瞳、迷彩柄のタクティカルジャケットを、はち切れんばかりの筋肉が内側から押し上げていた。重火器の類いが似合いそうな大男は、粘体の魔物、
太い首が下に傾き、鋭い眼光がアスターを見下ろす。
「先ほどの魔法の威力、やはりドミニクはプレイヤーか? 交渉に行くなら俺も同行するぞ」
厳つい顔を向けられたアスターは、首を左右に振った。
「残念ながらドミニクはプレイヤーではありません。確かに魔法の威力は高レベルのプレイヤーに匹敵しますが、あれは杖の力によるものです。杖の名前は聖杖アルカンシエル、杖本体の魔力が高いのは勿論のこと、MPを対価に上級魔法、
長々と説明をしたアスターとは対照的に、ゲルクは野太い声で短く返答した。
「分かった」
言葉少なめなのは相変わらずだ。
アスターとゲルクが戦場に視線を戻すと、オーガスケルトンを複数の司祭が囲み、一斉に魔法を発動していた。
アスターは周囲を探るように辺りを見渡すが、プレイヤーと思しき影は見当たらない。
「ゲルクさん、周囲にプレイヤーはいませんか?」
腕を組み戦況を見守るゲルクは、目の動きだけでアスターを一瞥し、直ぐに戦場に視線を戻した。
「俺の分体に強者の反応はない」
「そうですか――、シエラさんはどうです?」
アスターはゲルクの巨体越しに、一つ隣にいた女性の顔を覗き込んだ。
声が聞こえているにも関わらず、日傘を差した女性は興味なさげに自分の爪を弄っている。きめ細かな白い肌を覆うのは、黒と赤を基調としたゴシック様式のドレス。風が強いためか、銀色の長い髪が靡く度に、女性は憂鬱そうに顔を顰めている。
僅かに口から牙を覗かせる女性の名はシエラ。
程なくして溜息が聞こえると、何で私がこんなところにと、深紅の瞳を恨めしそうにアスターに向けた。
「私の眷属に反応はありませんわ。相手が戦いを優位に進めているのですから、プレイヤーは姿を現わさないと思いますわよ。もう私は帰ってもよろしいかしら? 風で髪が乱れて、とても不愉快なのだけれど」
身勝手な発言にアスターは顔をヒクつかせ、小声で毒を吐いた。
「何で十二魔将の女性はみんなアレなんだ。一人くらいまともな
「聞こえていますわよ。アスター」
無表情で見下ろすシエラに、アスターの口から咄嗟に謝罪の言葉が漏れた。
「す、すみません」
空笑いをするアスターを見ても、シエラは顔色一つ変えなていない。
「謝る必要はありませんわ。私は自分が我が儘だと自覚していますもの。だから私は帰りますわ。こんな所に長居はしたくありません」
当然のように言い放つシエラをアスターが素早く止めた。
「待ってください。相手は僕たちの想像より手強い相手かもしれません。この中で転移魔法を使えるのは僕だけなんですから、単独行動は控えてください」
「どういうことかしら? 私が他のプレイヤーに遅れを取ると仰りたいの?」
「相手が一人なら問題はありませんが、複数で襲われたらシエラさんも困るでしょ? それに相手は、アルカンシエルを所有するほどのプレイヤーです。誰もが手にできる武器ではありません。絶対に油断はしないでください」
「あの杖がそれほど希少なものだというの?」
「アルカンシエルは僕の持つ杖、テネブルの対に当たります」
予期せぬ言葉にシエラの表情が変わった。
アスターの杖はレオンから授かった最高級の一品だ。それと対になるということは、装備のレア度も同じということ。
「それは、まさか――」
アスターは何時になく真剣な眼差しをシエラに向ける。
「装備のランクは
瞬時にシエラの首がグルンと回り、地面に寝かされたドミニクに視線を移す。
傍に置かれた杖に狙いを定めると、縦に伸びた深紅の瞳孔が、怖いくらいに杖を凝視した。
「欲しいわね。あの杖――」
「言っておきますが、相手との交渉前に奪うなんて馬鹿な真似はしないでください。先ずはスケルトンを村まで下げて、相手を安全圏まで誘き寄せましょう。ここから先は僕たちの
直ぐに手に入らないと知るや、シエラは自分の爪をギリッと噛みしめた。その様子にアスターは怪訝そうに眉をひそめる。
「我慢してくださいね。それに、もし手に入ったとしても、僕たちの物になるわけではありません。レオン様への献上品になるんですからね」
「……分かっていますわ」
返答まで間があることから、本当に分かっているのか疑わしい限りだ。
アスターは、「やれやれ」と声に出して肩をすくめると、地面に体育座りをしているメアに視線を移す。
「メア、残っているスケルトンを下げて。これ以上は戦いにならない。相手をトビの村まで誘い込むよ」
普段は直ぐに頷くメアが首を縦に振らない、不機嫌な証拠だ。シエラひとりでも手に余るのに、こっちもかとアスターが項垂れた。
「メア、頼むから機嫌を直して。君の
懇願するアスターを、メアは半眼を更に細めた苦々しい目で見つめ、ようやくコクンと頷いた。
残っていたスケルトンが一斉に北西に動き出すと、戦場から沸き起こる兵士の歓声が、遠く離れたこの地まで届いた。
四人から見れば面白くない光景だ。ゲルクは顔は動かさず、目の動きだけで眼下にある草原の一点を見つめた。
「アスター、あの兵士は放っておいていいのか?」
ゲルクが指しているのは四人を監視する斥候兵のことだ。
「構いません。僕たちのことを知らせた方が、交渉の時に話が早いでしょう。最後にもう一度確認しますが、近くにプレイヤーはいませんよね?」
「いない」
「いませんわ」
改めてプレイヤーの有無を確認したアスターは、教国の動きを暫く見定めていた。
兵士が下がり追撃をする様子はない。かと言って街に戻る様子もなかった。
後続の部隊は天幕を張り、野営の準備を始めている。その一方で、斥候隊が北西に走るのを視界の端で捉えていた。
教国の動きから考えられることは、今は鋭気を養い、翌朝には追撃に入るための準備。
「もうここに用はありません。僕たちも撤退しましょう」
アスターは風の音を遮るため、耳元を手で覆い隠す。
草原の反対側で監視をするノワールに連絡を取るため。そして、トビの村まで撤退することを知らせるために。
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粗茶「久し振りに執筆活動を再開していますが、三章も長くなりそうです。よろしければ、これからもよろしくお願いします」
サラマンダー「これから僕の出番あるかな?」
粗茶「主人公ですらまだ出ていないのに、トカゲの出番があるはずがないだろ?」
サラマンダー「へぇ――――(´・ω・`)」
粗茶「ちなみに四章のタイトルはエルフの森。予定ではハーレムモードに入ります。主人公がようやく自分がモテモテだと気がつきます」
サラマンダー「ついに僕がハーレムに!」
粗茶「トカゲはハーレムではなく、ハムになります」
サラマンダー「ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル」
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