教国⑫

 草原の端で戦況を見つめる者たちがいた。

 疎らに木の生えた小高い崖の上に、四つの影が並ぶ。最初に口を開いたのは、相手の戦力を分析していたアスターだ。

 戦場を見つめては溜息交じりに肩を落とした。


「参りました。教国の戦力ならスケルトンが五千もいれば、いい勝負が出来ると思っていたんですけどね。勿論プレイヤーの介入は想定していたので、負けることは覚悟していたのですが……。まさかアルカンシエルを持っているとは想定外です」


 アスターはお手上げとばかりに肩をすくめ、隣に立つ偉丈夫を見上げた。

 立っていたのはスキンヘッドの大男だ。褐色に焼けた肌にネイビーブルーの瞳、迷彩柄のタクティカルジャケットを、はち切れんばかりの筋肉が内側から押し上げていた。重火器の類いが似合いそうな大男は、粘体の魔物、血塗られたブラッティースライムのゲルクだ。

 太い首が下に傾き、鋭い眼光がアスターを見下ろす。


「先ほどの魔法の威力、やはりドミニクはプレイヤーか? 交渉に行くなら俺も同行するぞ」


 厳つい顔を向けられたアスターは、首を左右に振った。


「残念ながらドミニクはプレイヤーではありません。確かに魔法の威力は高レベルのプレイヤーに匹敵しますが、あれは杖の力によるものです。杖の名前は聖杖アルカンシエル、杖本体の魔力が高いのは勿論のこと、MPを対価に上級魔法、天空から振り注ぐ光の雨ザ・レイン・オブ・ライト・ポーリング・フロム・ザ・スカイを発動することが出来るんですよ。しかも、発動した魔法は使用者の魔力に影響されず、誰が使用しても高威力の魔法を発動させることが出来ます。問題はどんなに使用者の魔力が高くても、威力が変わらないことです。早い話が、レオン様が使用しても、この世界の弱い人間が使用しても、杖から発動した魔法の威力は全く変わらないということです。当然ですが、杖には再詠唱時間リキャストタイムと、一日の使用回数に制限が設けられています。使用者を代えて、連続で杖の力を発動することは出来ません。ドミニクがMP枯渇で倒れたところを見ると、彼自身のレベルは恐らく三十前後でしょう。プレイヤーは疎か、従者にしてもレベルが低すぎます。以上のことから、ドミニクはこの世界の人間で間違いありません。僕の見解はこんなところです」


 長々と説明をしたアスターとは対照的に、ゲルクは野太い声で短く返答した。


「分かった」


 言葉少なめなのは相変わらずだ。

 アスターとゲルクが戦場に視線を戻すと、オーガスケルトンを複数の司祭が囲み、一斉に魔法を発動していた。

 聖域サンクチュアリの光が地面に円を描き、中に捕らえたオーガスケルトンを聖なる力で弱体化させている。同時に司祭たちの神聖魔法の威力は高まり、無数の聖なる矢ホーリーアローが叩き込まれていた。決着は既に見えている。

 アスターは周囲を探るように辺りを見渡すが、プレイヤーと思しき影は見当たらない。


「ゲルクさん、周囲にプレイヤーはいませんか?」


 腕を組み戦況を見守るゲルクは、目の動きだけでアスターを一瞥し、直ぐに戦場に視線を戻した。


「俺の分体に強者の反応はない」

「そうですか――、シエラさんはどうです?」


 アスターはゲルクの巨体越しに、一つ隣にいた女性の顔を覗き込んだ。 

 声が聞こえているにも関わらず、日傘を差した女性は興味なさげに自分の爪を弄っている。きめ細かな白い肌を覆うのは、黒と赤を基調としたゴシック様式のドレス。風が強いためか、銀色の長い髪が靡く度に、女性は憂鬱そうに顔を顰めている。

 僅かに口から牙を覗かせる女性の名はシエラ。吸血姫ヴァンパイアプリンセスのシエラだ。

 程なくして溜息が聞こえると、何で私がこんなところにと、深紅の瞳を恨めしそうにアスターに向けた。


「私の眷属に反応はありませんわ。相手が戦いを優位に進めているのですから、プレイヤーは姿を現わさないと思いますわよ。もう私は帰ってもよろしいかしら? 風で髪が乱れて、とても不愉快なのだけれど」


 身勝手な発言にアスターは顔をヒクつかせ、小声で毒を吐いた。


「何で十二魔将の女性はみんななんだ。一人くらいまともな女性ひとはいないのか……」

「聞こえていますわよ。アスター」


 無表情で見下ろすシエラに、アスターの口から咄嗟に謝罪の言葉が漏れた。


「す、すみません」


 空笑いをするアスターを見ても、シエラは顔色一つ変えなていない。


「謝る必要はありませんわ。私は自分が我が儘だと自覚していますもの。だから私は帰りますわ。こんな所に長居はしたくありません」


 当然のように言い放つシエラをアスターが素早く止めた。


「待ってください。相手は僕たちの想像より手強い相手かもしれません。この中で転移魔法を使えるのは僕だけなんですから、単独行動は控えてください」

「どういうことかしら? 私が他のプレイヤーに遅れを取ると仰りたいの?」

「相手が一人なら問題はありませんが、複数で襲われたらシエラさんも困るでしょ? それに相手は、アルカンシエルを所有するほどのプレイヤーです。誰もが手にできる武器ではありません。絶対に油断はしないでください」

「あの杖がそれほど希少なものだというの?」

「アルカンシエルは僕の持つ杖、テネブルの対に当たります」


 予期せぬ言葉にシエラの表情が変わった。

 アスターの杖はレオンから授かった最高級の一品だ。それと対になるということは、装備のレア度も同じということ。


「それは、まさか――」


 アスターは何時になく真剣な眼差しをシエラに向ける。


「装備のランクはLRレジェンドレア。僕たちの装備と同じランクです。それを、この世界の人間に与えるなど正気の沙汰とは思えません。相手は高ランクのレア装備を、多数所持していると見るべきです」


 瞬時にシエラの首がグルンと回り、地面に寝かされたドミニクに視線を移す。

 傍に置かれた杖に狙いを定めると、縦に伸びた深紅の瞳孔が、怖いくらいに杖を凝視した。


「欲しいわね。あの杖――」

「言っておきますが、相手との交渉前に奪うなんて馬鹿な真似はしないでください。先ずはスケルトンを村まで下げて、相手を安全圏まで誘き寄せましょう。ここから先は僕たちの領域テリトリーです。トビの村であれば、プレイヤーの襲撃に備えて魔法障壁を張っていますし、転移阻害も行っています。そこでゆっくり話を聞きましょう」


 直ぐに手に入らないと知るや、シエラは自分の爪をギリッと噛みしめた。その様子にアスターは怪訝そうに眉をひそめる。


「我慢してくださいね。それに、もし手に入ったとしても、僕たちの物になるわけではありません。レオン様への献上品になるんですからね」

「……分かっていますわ」


 返答まで間があることから、本当に分かっているのか疑わしい限りだ。

 アスターは、「やれやれ」と声に出して肩をすくめると、地面に体育座りをしているメアに視線を移す。


「メア、残っているスケルトンを下げて。これ以上は戦いにならない。相手をトビの村まで誘い込むよ」


 普段は直ぐに頷くメアが首を縦に振らない、不機嫌な証拠だ。シエラひとりでも手に余るのに、こっちもかとアスターが項垂れた。


「メア、頼むから機嫌を直して。君のスケルトン人形が一方的に壊されたのは、僕にとっても想定外なんだ。頼むから、ね?」


 懇願するアスターを、メアは半眼を更に細めた苦々しい目で見つめ、ようやくコクンと頷いた。

 残っていたスケルトンが一斉に北西に動き出すと、戦場から沸き起こる兵士の歓声が、遠く離れたこの地まで届いた。

 四人から見れば面白くない光景だ。ゲルクは顔は動かさず、目の動きだけで眼下にある草原の一点を見つめた。


「アスター、あの兵士は放っておいていいのか?」


 ゲルクが指しているのは四人を監視する斥候兵のことだ。


「構いません。僕たちのことを知らせた方が、交渉の時に話が早いでしょう。最後にもう一度確認しますが、近くにプレイヤーはいませんよね?」

「いない」

「いませんわ」


 改めてプレイヤーの有無を確認したアスターは、教国の動きを暫く見定めていた。

 兵士が下がり追撃をする様子はない。かと言って街に戻る様子もなかった。

 後続の部隊は天幕を張り、野営の準備を始めている。その一方で、斥候隊が北西に走るのを視界の端で捉えていた。

 教国の動きから考えられることは、今は鋭気を養い、翌朝には追撃に入るための準備。


「もうここに用はありません。僕たちも撤退しましょう」


 アスターは風の音を遮るため、耳元を手で覆い隠す。

 草原の反対側で監視をするノワールに連絡を取るため。そして、トビの村まで撤退することを知らせるために。







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粗茶「久し振りに執筆活動を再開していますが、三章も長くなりそうです。よろしければ、これからもよろしくお願いします」

サラマンダー「これから僕の出番あるかな?」

粗茶「主人公ですらまだ出ていないのに、トカゲの出番があるはずがないだろ?」

サラマンダー「へぇ――――(´・ω・`)」

粗茶「ちなみに四章のタイトルはエルフの森。予定ではハーレムモードに入ります。主人公がようやく自分がモテモテだと気がつきます」

サラマンダー「ついに僕がハーレムに!」

粗茶「トカゲはハーレムではなく、ハムになります」

サラマンダー「ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル」






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